2話 除け者の巣

『で?どうだったんだ仕事の方は』


目の前の男が、酒の入ったグラスを片手に聞いてくる。机の上には何やら書類が少量の束になっており、おそらく今回の私の仕事の依頼書やそれに関するものだろう。


何故か天を向き、重力に逆らっている紫の髪。睨むだけで気の弱い人間なら殺せてしまいそうな目つき。身なりは割としっかりしていて、良い生地を使った服を着ているのが素人目にもわかる。

背丈も大きく、ガタイもしっかりとした男が、その風体で酒を飲みながら、頬杖をついて聞いてくるのだから、慣れてなければ泣くか逃げるかしている恐怖絵図だと思いつつ、これを言ったら確実に怒られるのでここに関しては口を閉ざした。


『まったく問題なし!!何ならお礼にご飯とか奢ってもらっちゃいましたよ。いやぁ人助け、気持ちいいっすねー』


今回の仕事については近年稀に見る大成功と言っても過言ではなかった。本当に何事もなく終わったし、依頼人とは揉め事が起きてないし、加えて竜車の運転手にはささやかなお礼にと帰りの運賃と食事を賄ってもらえた。

これを大成功と言わずして何と言うのか、そんな得しかしなかった仕事だったというわけだ。


『……みたいだな。依頼人からも礼があったし、いつもみてえな怒声もなしだった。いつもこれで頼むぜマジで』


『それは依頼人サイドにも問題あるやつですって。ろくでなしに物頼むやつはろくでなしってことっすよミダスさん』


『だとしても面倒は極力少ねえ方がいいんだよ』


『なぜなら面倒事ってのは面倒臭えからな』と言葉を続けながら、印を押した依頼書と報酬の入った麻袋を私に渡す。


『何を当たり前のことを』と軽口を叩きながら、差し出されたものを受け取る。依頼書は残しても捨ててもどちらでも構わないのだが、私はなんだかんだで記念に残してる。


『依頼書こまめに残してんの、うちじゃお前くらいじゃねえか』


『成果には形があった方がわかりやすいじゃないっすか。こんだけやりましたよって、自分のこと褒めやすいでしょ?』


『そこはとやかく言わねえが、依頼書残すくらいなら稼いだ金も少しは残せよお前』


ちょうど報酬でパーっと楽しもうとしていた私は、苦い顔をしていたかもしれないが、正論すぎる言葉を聞かなかったことにして、ミダスさんの部屋を後にした。




傭兵ギルド・除け者の巣。

メンバーの数は少なく、規模としてはかなり小さいが、私とソニム先輩の傭兵としての仕事っぷりと、ミダスさんともう1人、いわゆる副長がいるのだが、この2人の手腕でそれなりに名の知れた傭兵ギルドとなっている。

ただ、名の知れたの内訳に関しては、建造物への被害がでかいとか、依頼人と揉めただとかの悪評と、腕が立つ連中だという好評が五分五分くらいで出回っているわけだが。


建物は二階建てで、一階は大広間兼食堂となっている。二階には居住用の部屋がいくつかと、ミダスさんの仕事部屋。私はここで寝泊まりしてるので、仕事をしてなければほとんどはここにいる。


食堂は大騒ぎしてる時もあれば、静かな時もあってまちまちだが、今日は少なくとも私1人ではないようだ。長い金髪を首の後ろあたりから三つ編みにしてまとめた後ろ姿が見え、私は手を振りながら声をかけた。


『ソニム先輩じゃないすか。こっちにいるの珍しいっすね』


『おかえりクソガキ。わたしがどこに居てもいいでしょ』


ギラリと光る血のように赤い瞳が私を睨む。ソニム先輩は私よりも小柄なのだが、そんな風には思えないほど圧が強いし、普通に怖い。なんでも、あまり人と関わるのが好きじゃないらしく、基本的に話しかけた時は不機嫌になる。もう慣れたが、最初の頃は本気で怖かった。


それでも、行く宛がなかった私を除け者の巣に引きずってきたのもこの人だったし、不思議と子供にも好かれる良い人の類だ。加えて、傭兵業なのに人を絶対に殺さない。そしてそれを突き通すだけの実力がある。私がこうなれるかと言われるといろんな理由を含めて不可能だが、素直に尊敬できる人の一人だと思う。


『悪いとは言わないですけど。なんか仕事受けてたとかです?』


相席してもいいですかとかをここで聞くと、天地がひっくり返りでもしてない限り、確実に間違いなく何百回聞いたとしても『どっかいけ』と言われるので、話を振りつつ勝手に向かいの席に腰を下ろす。そうすると、ソニム先輩は相席については何も言わない。


これは私が数年間研究してきたこの人と飯を食うとか、同じ時間過ごす時に何がベストかという行動の一つだ。


『……野暮用で顔出したらここの女将に捕まって渋々飯食わされるとこ』


『あ、じゃあ今日はベラさんが食堂やってんすね』


『そうね』と言いながら、不機嫌そうに頬杖をついた先輩が厨房の方を指差す。その指の方を向くと、片手におたまを握ったオレンジの髪を束ねた女性、ベラさんが立っている。


傭兵の仕事については主にミダスさんが仕切っているが、生活に関して言えばこの人。ベラさんが仕切っていると言っていい。言うならば彼女は生活関連のリーダーというわけだ。


『おかえりジアちゃん。ソニムもしっかり待ってて偉いじゃないか』


『ただいまママさん。ソニム先輩のことそんな犬みたいに言うことミダスさんでもないよ』


『この子ほっとくとご飯食べないからね。細いし偏食だし、たまに顔見せたら食ってけっていつも言ってんのさ』


ソニム先輩が吐き捨てるように『うるせえ』と言っていたのが聞こえたが、私は突っ込めないし、ベラさんは気にする様子もない。ソニム先輩もそれ以上は何も言わず、相変わらず不機嫌そうに頬杖をついている。


他人嫌いで気難しく、怒りっぽいソニム先輩でさえ、ベラさんには文句を言いつつも逆らわない。もっと言うのなら、除け者の巣のリーダーのミダスさんも食事とかに関してはベラさんには逆らわない。そんな様子からついたあだ名が"ママさん"だったりする。


あだ名の理由は他にも親しみやすさとか、さっぱりした性格とか、色々あるにはあるが、1番はやっぱり誰も逆らわないことが大きい。


『ジアちゃんは……その様子だと仕事はうまくいったみたいじゃないか』


『いやぁ珍しく揉め事もなかったんでミダスさんにも褒められたんだよね。併せて節約しろとは言われたけど……』


『それはしなよ。あんたあの双子の食費とかもあるんだから……って、そういやその双子は?』


ダンタリオンのことはギルドの人たちはみんな知っている。それどころか、普通に生意気な子供みたいな扱いで可愛がられている。

悪魔は普通の人からすると無条件で恐ろしいものなのだが、昔から慣れ親しんでることもあって、ダンタリオンについては本当に何とも思ってないらしい。心が読めるダンタリオン本人が不貞腐れながら言っていたのだから、間違いない。


『疲れたから寝るっつって部屋にいるよ。悪魔ってそういう感覚とかないって話聞いてたんだけどね』


『そうかい。起きてきたらなんか作ってやらないとねぇ。あんたらの分はさっさと作っちゃうから、もう少しだけ待ってな』


ひらひらと手を振りながら、ベラさんは厨房に戻っていく。ダンタリオンに対してもそうだが、ベラさんは除け者の巣の中でも特に、誰に対しても親しげに接してくれる。


傭兵なんて界隈はまともな奴なんて一握り、他は全員訳あり難ありの稼業な分、ああいう接し方をしてくれる人間が身近にいるのは自分で思ってる以上に助けになる。勝手な想像にはなるが、ソニム先輩がベラさんを突き放さないでいるのも、私と似たような理由なのだろう。


『……あの女将、本当に母親のつもりなのかしら』


『いやぁ、実子いますからねベラさん。私らのことまで本当の子供と同じくらい面倒見てたら倒れますよ』


『それもそうね。お節介焼いてる暇あるなら育児に集中してりゃいいものを……』


『お、気遣いですか?』


『お互い迷惑が減るって話よクソガキ』


またまたと、少しだけおちょくると、露骨な舌打ちの後にソニム先輩は黙ってしまう。これ以上言うと明日の朝日が拝めるかが怪しくなる。かといって、このまま沈黙の中で料理を待つのも流石に空気が悪すぎるので、別の話題を選んで私は口を開く。


『そういえば、最近悪魔だとか、とんでもない威力の魔法道具だとかの話が増えてるのって知ってます?』


『多少は。魔物の掃討とか、強いて言えば護衛とかしか受けないからあまり関係ないのよ』


『わたしはあんたみたいな戦争屋じゃないから』とソニム先輩は続ける。私も戦争屋とまではいかないつもりなのだが、この不安定な世界情勢にあやかって、美味しい思いをしているのは事実だ。あまり強く否定もできないし、彼女が嫌味でこう言ってるわけではないことも分かっていたので『戦争屋はやめてくださいよ』と笑って、適当に流す程度で話を続ける。


『まあ私よりは直接関係ないかもしんないですけど。魔物の行動周期がおかしいとか、護衛も護衛でなんか雰囲気が物々しいことが増えたって思いません?』


実際、今回の私の仕事でもそうだ。その辺の賊が持っているようなレベルではない魔具が使われた。というのも、日用品としての魔具は各所から流通しているが、戦争の道具の類となってくると話は変わる。


当たり前の話だが、そんなものは表立って流通してこない。となるとルートはいわゆる闇市や密輸の類だ。しかし、強力なものを大量に作り、売り捌くにはそれ相応の技術、資金が必要になる。やろうと思えばできる国はもちろんあるが、このご時世にわざわざ無策に火種をばら撒く意味がない。敵を作るよりも大人しくしていた方が賢い時代だ。


百歩譲っても国と国の秘密裏の取引止まりだろう。間違えても野盗だとか、小さなテロ組織のような連中の手に届く位置には流さないし、流しても得がない。それどころかそんなところに流せば、巡り巡ってその兵器で自国がめちゃくちゃにされる可能性だってある。


例えばだが、学術都市と呼ばれ、世界最大の貿易国であるサピトゥリアか、魔法に関しては彼の国に勝る者なしとまで呼ばれる奇国、魔導国家ヴィーヴ・マギアスが、世界を混乱に陥れようと思い立ったのならあり得るかもしれない。だが、前者は世界連合の本拠地だ。連合が機能しているのかは怪しい所なのが玉に瑕だが、そもそもが裕福で強大な大国が、そんな迂闊な真似はしないだろう。


後者は少し特殊な国柄で、技術は惜しみなく外に出すが、魔法関係で騒ぎが起きた際、国に関係なく対処する世界連合部署"マギアス魔導評議会"の本拠地、というより魔導評議会そのものと言える国だ。彼らが本気でそんなことをしようとしたのなら、とっくに今以上にひどい大混乱が起きている頃合いだろう。そうなってない現状を踏まえると、そんなことはしていないのだろうし、魔法技術の抑止力がわざわざ火種をばら撒く意味もない。


『なんか事件だなんだとか、噂話も物騒なのが増えてるんですよ。それもここ最近で急激に。どっかの国が派手な戦争を始めたってわけでもないのに』


『……あんたみたいに、悪魔を使う奴が増えたとか』


『使いたいって言って好き勝手に使えるなら今頃世界中焼け野原になってますよ多分……』


私の他にもう一人、悪魔の契約者が除け者の巣にはいる。その人は"魔女"と呼ばれる特殊な人で、悪魔の側の世界に干渉できる力を持っている。その力のおかげもあって契約者になっているのだが、逆に言うのなら、そうでもしないと人間と悪魔は滅多に遭遇しない。


『悪魔側は自分の意思で自由に現世に来れないから、契約者探しも運次第なのが大半。だからあんなめちゃくちゃなのがいても世界が灰になってないし、国も悪魔を持って何かしようなんてしないんじゃないすか。そもそも、呼び方もわかってないんだし』


人間と悪魔はそもそも、存在している世界が異なるらしく、例えるなら一枚の紙の表と裏にそれぞれ存在しているような関係らしい。稀に、人間の側、現世と呼ばれている側に悪魔の影が映り、そこから契約者を得ることで悪魔の側、幽世から現世へと出てくる。そうでなければ、悪魔は人間に関わることすらできないらしい。


『フルーラの奴が説明してくれた話ね。それでもたまに出てきたり、昔話に載ってたりもするでしょ。現にあんたもダンタリオンといるじゃない』


『まあそうですけど……いやでもあいつらが71番目って自分たちのこと言ってるの知ってますよね?少なくともあと70、このご時世に一人で国落とせって言われてもやれそうなのが自由にしてるとか、冗談でも目眩がする話っすよ』


傭兵稼業が儲かっている、ということは世界中が荒れているということに他ならない。ここ数年で世界各地での特殊な力を生まれ持った存在である"魔女"と呼ばれる人間の誕生がおこり、魔法への関心が高まったことで魔法の技術が著しく発展した。その結果、力を得た人間のやることというのは単純なもので、安定した大国以外ではあらゆる場所で資源や技術、そして欲と野心を賭けた戦火が上がった。


私はもちろん学者じゃないし、なんなら魔法使いの才能は全然ないのだが、どこか引っかかっている話が


"世界が荒れ始めた頃、悪魔の話をよく聞くようになった"


という話だった。これは色々な場所で、色々な人から、色々な戦火の中でしばしば聞いていた話だ。


なにか関係があるのではないかとか、なんとなく疑いたくなる話で、現状も踏まえるとどうにも他人事とも言い難い。ダンタリオンに聞いたこともあったが、当たり前のようにそんなの知るわけがないと一蹴された。


『……こうして悩んでみても、わたしやあんたに解明できる話じゃなさそうだわ』


ソニム先輩が大袈裟に手を広げ、やれやれといった様子で首を振る。私もそれに続いて『そうっすよね〜』と机に突っ伏した。世界平和に興味はないが、純粋に身の安全のために対策が練れればと思ったのだが、解決どころか迷宮にでも飛び込んだ気分になってしまった。


私たち二人がそんな様子でノックダウンしていると、食欲をそそる香りと共に足音が厨房から近づいてきた。


『そんなに腹減ってたのかい?あんたら』


ベラさんが私たちを怪訝な顔で見ながら言う。


『いや、空腹でこうなってるわけじゃ……お腹は空いてるけど』


『それならとりあえず、食べながら聞こうかね』


言うが早いか、とりあえず食えと言わんばかりに私たちの目の前に料理が置かれる。厚く切って軽く焦げ跡をつけたパンと、ふんだんに野菜を入れたクリームシチュー。シチューには肉の代わりに魚が入っていて、肉嫌いのソニム先輩のためにわざわざ作ったことが伺える。


いただきますと挨拶をして、まずは一杯シチューを掬ってそのまま口に運ぶ。熱さに少し戸惑いはするが、優しく広がる味と暖かさが幸せな時間を運んできてくれる。ここに流れ着いて良かったと思う瞬間の一つに、食事が美味しいことがあるくらいには、ベラさんの料理は絶品だ。


向かいに座っているソニム先輩も、表情は相変わらず無愛想な様子だが、そこそこ早いペースでシチューを口に運んでいるのを見るに、ベラさんの料理はやはり好きらしい。


『……クリジアが魔法道具だの悪魔騒ぎだのが増えたのが気になってるらしいわよ』


何口か食べ、一息ついた頃合いでソニム先輩が先程の話についてベラさんに伝える。私もそれに合わせていくらか実体験も踏まえつつ、こんな話をしてたのだと先程の話と悩みを再度説明した。


『ああー……その辺の話は私にゃわかんないねぇ……』


『で〜すよねぇ。いや、そんなに深刻じゃないんだけどさぁ。実際ちょいちょい、なんでこんなもんが?みたいなのに遭うんだよね』


ベラさんと私は揃って腕を組んで、うーんと唸る。ソニム先輩は話自体は聞いているが、自分で考えてもわからないことはもうわかっていると言わんばかりに、再び食事と向き合っている。

しばらく無言の空間が続いた後、ベラさんが再び口を開いた。


『悪魔についてなら、やっぱフルーラに聞いてみるのがいいんじゃないかい?あんな特殊な子、世界中探してもいないだろうしさ』


『悪魔についてというかなんというかなんだけど……いや、でも聞いてみようかな』


『フルーラ、明日はこっちに来て食堂手伝うって言ってたから、そん時に聞いてみな。あの子でわからなかったら誰もわからんって諦めもつくだろ?』


ベラさんの言う通り、フルーラさんは悪魔に関しては除け者の巣の中で、間違いなく一番詳しい。私の他にいるもう一人の契約者で、生まれつき特殊な力を持って生まれた魔女。そしてそれを差し引いても、話にある通り"あまりに特殊な人"だ。訳あり難ありの除け者の巣のメンバーの中でも、一、二を争うだろう。


あの人にわからないなら、少なくとも私の知り合いに、この疑問について答えを出せるような人はいない。あの人は悪魔とそれだけの関わりがある。


『ただなぁ……』


『何渋ってんのよ。あんたフルーラのこと苦手だっけ?』


『いや、フルーラさんのことは全然苦手じゃないっすよ』


悪魔と関わりが深く、契約者ということは、当然私にダンタリオンがいるように、フルーラさんにもフルーラさんの悪魔がいる。


『怖いんすよね……あの人の悪魔の方は……』


割と真剣かつ、正直な気持ちの暴露だったのだが、二人は何も言わず『まあそこは頑張れ』と言いたげな顔で私を見る。


私は私で、そうなることはわかってはいたので『ですよね』という意味と心を込めて、溜息を一つついてから、ひとまず未来の不安よりも目先の幸せだと、料理と向き合うことにした。


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