エゴエティア

火乃焚むいち

一章・幽世の熾炎

1話 誰が為に

この世界には、人がいて、悪魔がいて、魔法がある。


世界中の幸せなんてものはなくて、誰かが泣いてる同じ空の下で、誰かは笑っている。


かけがえのない1日と、いつも通りの日常が、同じ日に同じ速度で流れていく。




私は世界の平和になんて興味はなかった。

それでも、小さい頃にはヒーローに憧れていて、家族の前で大きくなったらヒーローになりたいんだとよく話していた。

誰かを守れるかっこいいヒーローってやつになりたかった。


蜂蜜を飲み下すように甘ったるい、反吐が出るような小さい頃の夢。私はそれを今でも繰り返し見て、いつも吐気と共に目を覚ます。


目が覚めれば、竜車が心地良い揺れを提供しながら私たちを運んでいる。気分の良い現実が届けてくれる夢の世界なら、気分の良い夢にしてくれないものかと、筋が通っているかも怪しい悪態を心の中で吐きながら一つ伸びをした。


『あ、起きた?寝起きの顔ブッサイクだよクリジア』


目の前の赤い髪の少年が、ぼんやりとした頭にもわかる失礼な言葉を添えて話しかけてくる。


『うるさい。人のこと馬鹿にしないと喋れないのかよリアン』


『そんなことはないけど、馬鹿にするのは嫌いじゃないかな』


にやにやと笑いながらリアンが言う。

この顔は見慣れているが、それでもしっかり腹が立つからさすがだとは思う。ただ、本来もう一つ腹の立つ顔がいるはずなのだが、その姿が見えない。


『リオンはなにやってんの?というかどこ?』


竜車には私とリアン、そしてリオンの3人しか乗っていない。首を回さなくとも車内全てを見渡せる状態で、1人の姿が見えなくなるなんてことがあるのかと思っていると、頭の上から声が聞こえてきた。


『上にいるよ!暇だったからさ、気分変えて空でも見ようと思って』


どうやら荷台の屋根に登ってそこで寝転んでいるらしい。


『私が怒られるからやめてくんないかな』


『許可取ったよ、お前より話がわかる運転手さんだったってわけだね』


一言多いのはどうにかならないのかと思いつつも、結局それはいつものことなので口に出す気も起きず、諦めて天井から正面へ視線を戻す。

リアンはリオンの奇行ともとれる暇潰しを特に気にする様子もなく、のんびりと読書に勤しんでいる。


2人は言うなれば双子のような存在なのだが、赤い髪と青い髪、男と女ゆえの外見の差以外にも、性格や言動がかなり違う。

違う人間同士だから当たり前と思う気持ちもあるが、双子よりもさらに特殊な関係性の2人なので、ここまで違いが出るのかという気もする。

人を馬鹿にすることが好きなのは2人ともしっかり共通しているが。


そういえば、同じ両親に育ててもらったはずなのに、私も兄とはあんまり似てなかったなと、起きているのに昔の夢を見始めたころ、通信魔具の受信音が響いた。応答すると聞き慣れたぶっきらぼうな声が聞こえてくる。


『よう、調子はどうだ?』


『暇で死にそうっすよ。ミダスさんは?』


『お前らの後始末で多忙だわ』


『私たちはそこまで大問題起こしてないでしょ。だいたいはソニム先輩がやれ物壊しただの依頼人と揉めただのって感じじゃないすか』


『問題の大きさで言うとソニムだが、数で言ったらお前も相当だっつの』


大きな溜息の音が続いて聞こえてくる。

私は彼の率いる傭兵ギルドの元で依頼を受け、生活しているいわゆる傭兵業というやつだ。


私自身、傭兵として仕事の数も腕も一流の自信はあるが、傭兵ギルドなんぞに依頼を流す奴がまともなことは稀な話で、数が多ければ問題もやはり増えていく。その皺寄せは結局リーダーである彼、ミダスの元に来ているというわけだ。


実際、相当苦労をしているだろうし、面倒をかけているのだろうこともわかってはいる。ただ、仕事は仕事だし、依頼自体はしっかりやってるので大目に見てもらいたい。


『まあそんな話はいい……これ以上問題が増えねえように今回の仕事について言っとかねえとまずい話があって連絡したんだ』


『まずい話?』


私の今回の仕事というのは、なんでもこの辺りを縄張りにしているらしい野盗の討伐だった。荷物を運ぶキャラバンが襲われたとか、旅人がやられたとか、近隣の街が被害に遭ったとか、そこそこ派手に暴れてる様子で、掃討の依頼が流れてきた。その賊を探す為に暇を持て余しながら竜車に揺られていたというわけだ。


『ああ、お前らが今乗ってる竜車の運転手なんだが──


言い終わるより前に、轟音が響く。


なにが起きたのかわからないまま、身体が空に放り出され、荷台が地面と共に吹き飛んだのだと理解した頃に、私たちは全員地面に叩きつけられた。

痛みと混乱の後、魔具から話の続きが聞こえてくる。


──依頼の話とか何も知らない、普通にただの一般人だから怪我とかさせねえようにな』


『いや、今竜車ごと吹っ飛ばされましたけどね。私らも』


目の前にいたリアン、荷台の屋根にいたリオンはもちろん派手に吹っ飛んだようで、私のすぐ横で伸びている。それと一緒に、横転して目を回している荷台を引いていた竜種と、運転手が倒れている。荷台は完全に壊れてしまっていて、私たちを健気に運んでくれた心地の良い木の箱は、残骸となって散らばっている。

幸いにも、運転手は気を失っているが、多少の擦り傷や打身がある程度で、とりあえずは無事のようだ。これが逆だったら大惨事だったなと思いつつ、現状をミダスへ伝えた。


『マジかよ。無事でなによりだな』


『無事とまではいかないっすよ!注意事項どうも!あともう少し早く言って欲しかったけど!!』


笑いながら答えるミダスへ悪態をつきながら、通信を切る。


あたりを見回すと、明らかにガラの悪い、私たちは怖くて悪い盗賊団ですと主張するかのような外見の人間が十数人、私たちを取り囲んでいる。十中八九、件の野盗連中だろう。荷台を吹っ飛ばしたのはおそらく魔法道具だ。勢い付いてる賊だとは聞きていたが、あれだけ派手な火力の爆弾まで用意しているとは想定外だ。ああいう魔法道具は案外高いし、そもそも入手が面倒だった記憶がある。


吹き飛んだ哀れな竜車とその乗員を品定めするように眺めながら、他の連中よりも高そうな武器を携えた大男が前に出てくる。おそらくは頭領だろう。


『なんだぁ?ガキしか乗ってねえじゃねえか……身ぐるみ剥いで売り飛ばすか』


『テンプレートみたいなセリフで出てくるね。最近噂の野盗ってあんたらであってる?』


『知ってんなら話が早え。諦めて売られてくれや』


『知らなかったらここ来てないって。遠いんだよ結構』


緊張感のねえガキだと周りから怒り混じりのやじが飛ぶ。最近ノってる調子のいい賊だというのに、小娘相手に舐められてると感じて苛立っているのだろう。実際舐めてるわけだが。

私が今心配なのはぶっ壊れてしまった竜車を弁償しろとか、事情を説明しろとかを言われた時のことの方で、目の前の悪人愛好会には全然興味がない。いかにして私の印象は良く、竜車の件はお咎めもなく、なんなら追加でお礼をもらえる方法がないかを模索していた。


『……まあ全員潰して私が助けてあげましたって言えば感謝されないわけはないか』


そうと決まれば、運転手が目を覚ました時にゆっくり事情を説明したい気持ちがあるので、私のやるべきことは迅速に彼らを倒して仕事を終えることだ。

魔術鞘と呼ばれる、道具をしまっておける空間を開け閉めできる便利な魔具。そこから愛用の人斬り包丁を一対、取り出して構える。


『魔具…?ただの旅行客じゃあねえなガキ』


『そんなビビんないでよ、可愛い女の子が怖がりながら怯えて刀をもっただけじゃんか。今にも泣きそうで可哀想だと思わない?』


泣きそうな顔には見えねえと、頭領らしき男が声を上げ、周りの連中も構えを取る。


『1人でこの数相手にどうする気だ?』


勝ち誇ったような笑みで男は笑う。


『1人じゃないんだけどさあ……いつまで伸びてんの!!リオンにリアン!』


私は未だに地面に転がる2人を見る。

起き上がる様子はない。


おそらく、いや十中八九聞こえているし、おそらくもう起きているのだが、あの2人は、彼らはこういう性格だ。昔からの付き合いだからこそ、嫌になる程知っている。

私はため息の後、息を吸い、大声をあげる。


『……ダンタリオン!!起きろっつの!!』


瞬間、2人の体が霧散し、散った煙が私のすぐそばで一つの形にまとまっていく。

赤い髪と青い髪、半分が男で半分が女、2人を縦に真っ二つにして、繋ぎ合わせて1人にしたような見た目。そして先程とは違う、黒い眼球に紅い瞳、頭部に生える二本のツノ。彼らはこの世界でこう呼ばれている。


『悪魔……!?』


悪魔、人の願いを叶える願望機とも、意志を持つ太古の魔法とも、人の祈りが生んだ呪いとも呼ばれる存在。

どれが正しいのかは知らないが、1つだけわかっていることは、悪魔には強大な力があり、人に恐れられているということだ。

まさに狙い通りといった反応をする野盗を相手に、心底嬉しそうな様子でダンタリオンが向き直る。


『その通り!!"私たち"はダンタリオン、1人で2人、2本で1柱の願望機!』


大袈裟すぎるほどの身振りと合わせて、お得意の名乗り口上らしい自己紹介をするダンタリオンを見て、いつものことながらこんな奇抜な見た目をしていたら悪魔を知らなくてもちょっとはビビるよなとどうでも良いことを考える。


こいつらのことをよく知っている私からすると、こんな得意げな様子に石の一つでも投げつけてやりたい気持ちでいっぱいなのだが、当然初対面の野盗たちは恐怖と混乱でそんな気持ちは微塵も湧いてこない様子だった。それだけ、悪魔という存在は人からすると恐怖の象徴なのだ。契約者をしていると、そんな当たり前のことを忘れてしまう。


いや、それを抜きにしてもこんな満面のドヤ顔をかましてる、悪戯が成功して嬉しそうな様子の、ちょっと見た目が変わった子供にそんなにビビることはあるのだろうか。


『クリジア今めちゃくちゃ失礼なこと考えたよね』


『まさかぁ。気のせいでしょ』


『読めるんだから嘘つくなよ』


『じゃあいつも思ってることだから今更でしょに訂正するよ。ていうか敵さんの方に意識割いてよ』


『もう終わったみたいなもんだし、気にする意味ないでしょ』


言いながら、ダンタリオンが見てみろと指を指す。周りからは怒号と、悲鳴が飛び交い始めていた。

味方に斬りかかり、味方に斬られ、何が起きたのかわからないまま同士討ちを続ける野盗。見るからに正気ではないが、これも私にとってはもはや見慣れた光景の一つだ。


『こんなにハマることある?よっぽど悪魔が怖かったんだね』


お前ら何をしやがったと、頭領らしき男が木に向かって、鬼気迫る顔で怒声を飛ばしている。もちろんそこに私はいないし、ダンタリオンも、運転手も、竜さえもいない。

必死に剣を振り、怒声を飛ばしている様子を見るに、そこまで酷い悪夢を見ているわけではなさそうだ。おそらく、善戦しているか、あるいは私たちをズタズタにしているのだろう。夢の中では、だが。


『後始末よろしく、クリジア』


『ここまで無抵抗だとちょっと申し訳ない気持ちにもなるわ。楽なのはいいけど』


料理でとりあえず具材を手頃なサイズに切るように、もうそのくらい適当な動きで頭領の首を落とす。残った半狂乱で夢の中の奴らも、同じように処理して、今回の仕事は何の危機もなく終わってしまった。


一応、運転手に事情を話す時に八百長で金を騙し取ろうとしてるとか思われても嫌なので、ちょっと戦った風に土汚れとかを服につけて、一仕事終えました感を出しておいた。


『それこそ八百長じゃん』というダンタリオンのごもっともなツッコミは聞こえないことにして、ここからどう帰ろうかなどと考えて、壊れた竜車の荷台に腰掛け、運転手が目覚めるのをのんびりと待つことにした。





この世界には人がいて、悪魔がいて、魔法がある。


こうして人を斬って、人を助けて、人から報酬を受け取って私は生活をしている。


悪魔は恐れられる存在だが、昔から私の隣にいて、魔法は世界中に溢れかえっている。


私には魔法使いの才能はなかったが、魔具は使うし、多少の生活に使う魔法くらいなら自分でも使える。


それが私にとっての世界だ。


私は世界の平和には興味がない。


私は世界のヒーローにはなれない。


だから、せめて好き勝手に、自分にとってのヒーローくらいにはなってやろうと誓った。


誰かにとっては悪役かもしれない。


誰かにとっては脇役かもしれない。


きっと、誰もが自分勝手に生きている。




だからこそ、世界は

魔法の起源を知らなかった

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