第17話 決着の一撃は、実質、二撃

 羊の如き黒目の、六つの眼球をギラつかせながら、魔王が語るのは。


『さて、新たに闖入者ちんにゅうしゃが現れたようだが、それが何だという……人間でありながら我と同様に〝闇の魔法〟を扱えるのは確かに驚きで、〝魔術〟とやらも驚異……だがルーンとかいう貴様とて、大した魔力は感じぬ。我が無限……ではなく有限らしいが膨大な〝闇の魔力〟の前に、かなわぬのは事実――』


 まだ勝負もつかぬうちから勝ち誇る魔王に――答えたのは天才魔法使いのルーンではなく、天才科学者たる私、即ちルークである。


「フッ―――いいや、もう充分であろう。魔王よ、時間稼ぎは終わったようだ。おまえの〝闇の魔法〟とやらは、いまだ十全じゅうぜんに機能しているか?」


『? バフォフォ、何を愚かな、当然で――――ハ? ……な、に……な、!? 貴様、まさか――!』


「? え……あの、ルーク様、一体何が……? ??」


 焦燥の声を上げる魔王に、理由も分からず目を白黒させるエメリナ姫。


 ならば、私は答えるだけだ―――ロジカルに!


「さあ、ロジカルに答え合わせといこう―――そも、魔王よ、おまえがそれほど圧倒的な力を持つなら、その〝闇の魔法〟をふるってマジカリア国をさっさと攻め滅ぼせばよい。だが、それをしないのは、なぜか――単純に、出来なかったからだ。おまえは〝闇の魔法〟を、魔王城でしか使えない。なぜか? その解は!」


『バ、バフォッ!? そ、それ以上ほざくな―――』


「魔法銀―――おまえは多量の魔法銀による魔力を利用し、〝闇の魔法〟を実現しているのだろう! その答えさえ予測できれば、ここで時間稼ぎをしている間に……地下深くの鉱脈へ向けて、足の速い先遣隊を走らせ、後詰ごづめに兵を投入し、魔法銀を押さえれば良い! 私はこの世界の人間ではないゆえ、そこまで詳しくはないが……アビィ氏、魔王の様子を見る限り、聞くまでもなかろうが、手はずはどのように?」


「はいですニャ、隊員と事前に打ち合わせていた通り、〝風の魔法〟で合図が届いてきましたニャ――意味は、成功。ばっちぐーニャ」


「フム、というコトだ。察するに、地下の鉱脈には、おまえに魔力を送る仕組みがあるのだろう……ならばそれを、破壊すれば良いだけだ!」


「ウニャ……仕掛けとか、ぶっちゃけ半信半疑だったんニャけど、ホントにあったんだニャア……魔法陣で魔力、送ってたみたいで、ソレぶっ壊したらしいですニャ」


『なっ、なっ……なぜ、そんなことまで……魔王軍でも我以外には知らぬ、秘中の秘ぞ! き、貴様は一体、何者ッ……まさか、名うてのとでも――』


「フッ、バカを言え! この程度、ロジカルに突き詰めていけば、容易に思い至るコト! 軍師などではない―――私こそ」


 問われれば、答えを返そう、ロジカルに―――!



「私こそ、天才科学者にして、即ちロジカルの申し子―――

 パラレル・ワールドよりの来訪者ルーク=アロイス――!!」



 堂々と名乗りを上げた私に、魔王は小さくよろめきつつ――魔物じみた大口で、ギリッ、と歯噛みした。


『ま、また天才科学者だとか、訳の分からぬことを……しかも、パラレル・ワールドだと……? クソッ、クソッ……おのれ、意味が分からぬ! ええい、もうよい! 供給が途絶えたとて、まだ魔力はある……この上は魔王城を覆い尽くす〝闇の魔法〟によって、我以外の生命を滅してくれよう!』


 山羊のような面構えに反し、肉食獣の如き咆哮ほうこうを上げ、言葉通りに〝闇の魔法〟を発動せんとする魔王に――エメリナ姫が顔を上げ、制止する。


「なっ……ま、待ちなさい、魔王! この魔王城には、あなたの部下たる魔物とているのでしょう!? そんなことをすれば、あなたの仲間まで――」


『バッフォッフォ……大国の姫が、何を間の抜けた発言を! 部下など、あくまで使い捨ての駒! 仲間と思ったことなど一度もないわ――絶対的な力を持つ我さえいれば、事足りる! 部下など失っても、また適当に集めれば良い!』


「なっ……あ、あなたは、何というっ……」


 魔王の身勝手な言葉に、怒りを滲ませるエメリナ姫――だが、そんな必要もないのだと、私は魔法銃を構えながら言う。


「エメリナ姫、こうなってしまえば、もはや言葉は無意味――どちらにせよ、かの魔王による〝闇の魔法〟とやらは、なのだから」


「ですがっ! ……へっ? ルーク様、今、なんと……?」


「フム、この私が、ただ一般的な〝魔法〟を再現するために、魔法銃を開発したと? フッ、ハハハッ――エメリナ姫、貴女に〝魔術〟の使い方を提言したのは、誰であるか!?」


「! まさか……まさかっ!」


 目を見開くエメリナ姫に、そのまさかだ、と――私は、魔法銃を、まずは一発放ち。

 中空で殻を破るように発動した〝炎の魔法〟が、魔王に着弾する、が。


『バフォッ? ……ハッ、この程度の小火ボヤが、何だという――』


。―――発した炎に、〝蛇の如く〟と指向性を及ぼし」


『バッ? ……ヌ、オオッ!? なんだっ、炎が風に巻かれて、蛇のようにッ……う、鬱陶しい! 我に纏わりつくなッ――』


「更にもう一発――〝焔の牙〟を放つとしよう」


『エッ。……いっだだだアッチチチ痛いし熱い!? な、なんなんスかクッソ次から次へと~~~!?』


「即ち、魔法銃の連射による――《炎の大蛇フレイム・サーペント》である。フッ、フフッ、〝魔法〟って使ってみると、楽しいであるな♪」


 とても楽しい。そんな私に、魔王は怒りをあおられたらしく。


『きっ、貴様っ……末期まつごを悟っての嫌がらせか、コレは!? ええい、もう良いわ! まだ不完全だがッ……今すぐに〝闇の魔法〟を発動させ、貴様らを――』


「フム。さて……私が気を引いている、その隙を。……果たしてが、見逃すであろうか?」


『なっ。……き、貴様……ルーンとかいう魔法使い――!』


「フム。いかにも私はルーン=アローズ。私も〝闇の魔法〟を研究したのは、先ほど証明した通りだが――ゆえにこそ、その力を魔法によって遮断、及び封印する術くらいは心得ている」


『……バッ、バフォなっ……いや、バカなっ……』


「フム。ロジカルに考えて、もし魔法銀の鉱脈を押さえぬまま、魔法の供給が続いていれば――魔王よ、おまえが言う通りの圧倒的な魔力で、我々は成す術もなかっただろうな。無限とはいかぬまでも強大な〝闇の力〟が、まさしく有限と化したワケだ」


『ッ、や、やめろっ……同じ顔と同じ声で、交互に喋って我を困惑させるのは、やめろォォォォォ!!!』


 魔王の悲痛な叫びに、フム、と私とルーンが首を傾げると。


 魔王のリクエストにお応えした訳ではなかろうが――エメリナ姫が、毅然きぜんとした声音で告げる。


「魔王よ――あなたは絶対的な力を持つ自分さえいれば、他は不要と言いましたが――あなたがそうして追いつめられているのは、この場にいる人間だけの力でなく、鉱脈を押さえたわたくしの臣下たちの……即ち、あなたが軽視した、部下の力もあってこそ、です」


『ッ……こ、小娘が、偉そうに何をッ……』


「お黙りなさい、魔王――いいえ、あなたは王たる者の器ではない。部下とは、一方的に全ての命令に従って当然、などという存在ではありません。それが分からぬからこそ、あなたは軍そのものさえ、制御できていなかった。役職名など、ただの役割を示すもの――絶対的な従属関係だなどと、勘違いするな!」


 ばっ、と手を振り上げ、エメリナ姫は意気軒昂いきけんこうに言い放つ――!



「臣下の、部下の、それぞれの意思を尊重し、共に苦労を分かち合う――

 最高責任者たる者ならば、部下をおもんばかることなど当然の責務と知れ――!」


『――――ッ! わ、我は……間違っていた、というのか……? 部下はトップに従って当然と骨すら酷使し、契約を軽んじ、戦が主の職場でありながら傷病手当すらおろそかにしていたのが……我は……我は―――!?』


(なんか企業同士の経営論バトルみたいになっているな……)



 何となくぼんやり考えてしまう私に――今まさに魔王の〝闇の魔法〟を封印せんとするルーンが、声をかけてくる。


「さて、―――どうやら魔王の魔力はいまだに精強、最後の一押しが必要らしい。せっかくである、やるか?」


「ああ、―――異論はない。別世界の私同士で手を組むなど、二度とはなかろう機会だ。では、やろうか」


 フッ、と笑い合った、別世界の私同士が。


 片や、科学を改良して作った〝魔法〟を放つ銃を構え。

 片や、〝魔法〟に計算式を施す、即ち〝魔術〟を揮い。


「ロジカルにして、マジカルに」

「マジカルにより、ロジカルに」


 私の呼吸を知る、私達が、同時に―――



「「これにて――――決着である!!」」



 この、パラレル・ワールドで―――最後の一撃を、放った。

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