第16話 運命との、真実の邂逅

 漆黒のローブをまとう、私とほぼ同じ顔であろう――ルーンと名乗る男が。


 ……私ことルークと目が合い、一瞬だけ驚いた顔をする、と。


「フムッ? ……この場にありて、私と同じような顔……見慣れぬ衣装ではあるが、果たして偶然と呼ぶにはあまりにも不可解。貴殿は一体?」


「フム、冷静に状況を判断しようとする姿勢、やはり共感を覚える……私はルーク=アロイス、から来た貴殿の、と言って理解できるだろうか?」


「別世界から……フム、それ即ち、世界は些細な選択により無数に分岐し、別の可能性を持つ……まさに並行世界が存在し、貴殿はそこから訪れた、私の同一人物というコトで……認識に間違いはないだろうか?」


「フム、その通りである。ロジカルに理解が早くて助かる」


「否、次元に干渉する〝魔法〟の研究も存在する、実現は困難であるが――だからこそ魔法的解釈で理解しているのだ。即ち、マジカルである!」


「フフッ、なるほど、マジカルか!」


「フフッ、理解が早いな、なるほどそれがロジカルか!」


「ちょちょちょ待てニャ、待てニャ……クッソややこしいですニャ、オメーら同時に喋んなマジでこんがらがるニャン! そんで互いに理解が早いニャンね、逆にオカシイんちゃうかオメーら!」


 何やら猫メイド・アビィが文句を言ってくるも、私とルーンが「?」と同時に首を傾げると、「クソが!」と悪態あくたいをつかれた。不如意ふにょいの意。


 が、それはそうと――エメリナ姫は、何やら呆然としていて。


「――――えっ? あな、たは……ルーン、と? えっ……そんな、わたくし……あなたと、どこかで……確かに……」


「フム。……エメリナ姫、まさか昔、私と出会ったコトを、朧気おぼろげにでも覚えているのか? そうか……幼い日の話であったのに、聡明であるな。そう……アレは、十八年前の話である――あっ、今しゃべっている私はであるが」


 さすが並行世界の私、ロジカルに気が利くが――そんなルーンが語るのは。


 ◆ 回想開始 ◆


 ルーンが語ったのは、エメリナ姫が赤子で―――同じくルーンも赤子だった頃、王宮で一度だけ出会ったという思い出話だった。


『バブー(フム、宮廷魔法使いを引退し隠居していた両親に連れられ、何やらとうとい御方の生誕の祝辞に訪れたワケであるが……好奇心にかせ、生後三か月にして縦横無尽のハイハイを敢行した結果、道に迷ってしまった模様。まあ一度進んだ道は覚えている、いざとなれば戻れば良いが――ムッ、何やら中庭から赤子の声が……?)』


『――――キャッ、キャッ♪』


『―――バブフムーッ!?(てっ――天使だァァァ!? 赤子にして既に輝くような気品、聖女の如き笑顔! このルーン=アローズ、今まさに運命に出会ったと言って過言であるまい! 嗚呼、決まった……我が生涯、彼女を守り愛すために、捧げると誓おう! そう、この奇跡こそ、奇跡こそッ―――)』


『……あら? 見知らぬ赤ちゃんが……どうしたのかしら、まさかこんな小さいのに、一人で来たわけじゃないでしょうし……近くにきっとご両親が――』


『バブッ――――マジカルゥゥゥゥゥ!!』


『キャアアアアアア!? シャベッタァァァァァァ!!』


 ◆ 回想終了 ◆


「―――という訳で私ことルーンはその日から(生後三ヶ月)、いつか姫の役に立てるようにと、魔法の研究を始めたのだ。そして近頃の魔王軍の侵攻が激化したコト、更には姫の危機を知り……研究の成果をたずさえ、此処ここへ来た。人類では初の〝闇〟の魔法と、魔法をかけ合わせ作用する〝魔術〟によって、エメリナ姫を救うために」


「……おーし、次はわたしの仕事ニャ。耳かっぽじって良く聞けニャ」


 ルーンの事情説明が終わるや否や、猫メイド・アビィが――声高こわだかに叫ぶのは。


「―――いや生後三ヶ月でどんだけハッキリ記憶とかあんニャ!? おかしいニャろ早熟って問題じゃニャーぞ! つか〝バブー〟一つにどんだけ意味籠めてんニャ万能言語か! そんなん納得できる人間ばっかじゃニャーぞ世の中!」


「フム、分かるぞルーン氏―――私も胎児の頃の記憶とかハッキリあるし」


「ここニャ変な奴しかいねぇニャア! どいつもこいつもだニャ全く!」


 何やら猫メイド・アビィは憤然ふんぜんとしているが、元気で良いことだなと思う。


 と、事情を聴いたエメリナ姫が――〝ハッ〟としながら口を開いた。


「……あ、ああ……ああっ! わたくしも……薄っすらと、覚えています! さすがにあやふやですが……暖かな陽だまりの中、わたくしも、〝~ジカル〟という言葉を聞き……運命を、確かに感じたこと……さすがに! あやふやですが!」


(エメリナ姫も結構、覚えているような気もするが……まあ彼女も天才の類だしな。とはいえ無粋なので、黙っていよう)


「そうです……わたくしはルーク様と、初めて出会った気がしていなかった……それはルーク様が、あなたの……ルーン様の、並行世界の同一人物だったから……? ああ、わたくしは……わたくしは、何という間違いを……!」


「ひ、姫様っ、仕方ないですニャッ。そんな赤ちゃん頃ンこと覚えてるヤツらのがオカシイんニャ。むしろ結構、覚えてるだけでも大したもんニャよ、いやガチで」


 猫メイド・アビィに励まされるも、エメリナ姫は両手で顔を覆い――そこで、敵対者たる魔王が重低音の声を発してきた。


『バッフォッフォ……そろそろよろしいでしょうか?』


「アッハイですニャ。すんませんニャ、こっちで勝手に盛り上がっちゃって。では、どうぞですニャ」


『いえいえ、存在を忘れられてないんなら、まあ良いです。さて……バッフォッフォ、どうやら変わり種の助っ人が現れたようだが……まさか貴様ら、それでこの魔王に、勝った気になっているのか?』


 いまだ自信の衰えぬ口調で、魔王は巨大な口をゆがめ、禍々まがまがしい笑みを浮かべる。

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