第13話 孤軍奮闘の姫君 (※視点・エメリナ姫)

 拝啓、皆様、お元気でしょうか。


「―――くっ殺ぉーーーすっ! はあ、はあ……魔王よ、覚悟なさい!」


 わたくしエメリナは、恥知らずにも昨晩ルーク様に迫った恥をすすぐべく、単身にて魔王城へ突貫とっかんし、今まさに魔王の眼前にまで辿り着きました次第。


 正直、魔王軍の途中くらいで、諦めの〝くっ殺せ〟も覚悟していたのですが、やれば案外いけるものですわね。恋心はそうはいきませんでしたけれど。フフッ。


 まあ先日の〝雷龍〟様を捕縛しているのと、魔王軍の大勢を撃破したのも効いているのでしょう。そしてルーク様から教えたまわった〝魔術〟も絶好調。強いですわねコレ。相手にとっても未知の技術ですから、対応できないようですし。


 ですが、こと悪の首魁しゅかいたる魔王に及んでは、そう簡単にはいかないご様子。

 巨大な角を持つ山羊のような頭、巨人の如き体躯、蝙蝠こうもりを思わせる大翼――禍々まがまがしく伸びた爪持つ両手の平を天にかかげ、六つの目を向けてきながら、重く響く声が放たれました。


『バッ、フォッフォッ……大国マジカリアの姫君よ、聞きしに勝る勇猛ぶり、まさか単独でこの魔王城に攻勢を仕掛け、我が喉元にまで迫ろうとは……いや、我も見知らぬ謎の魔法技術、その対応が成される前に、たとえ強引なる拙速せっそくでも攻めるべきという計算か……なるほど知恵も回る、策士よのう……!』


「えっ? ……アッハイ。そ……その通りです、魔王よ!」


『そして無謀とも思える単身での突貫は、民や臣下を巻き込まず、犠牲を最小限に抑えようという意志の表れであろう……蛮勇ではあるが、清廉潔白な人柄という噂も本当であったようだな! バーッフォッフォ!』


「アッハイ。そんっ……な感じ、ですね……」


 どうしましょう。何だかよく分かりませんが、物凄く前向きに解釈してくれています。逆に困るのですけれど。


 まさか〝失恋の痛手のやけっぱち〟が動機とはつゆほども思っていないご様子。

 まあ一国の現・最高責任者がそんなことするなんて思わないでしょうね。ロジカルに考えて。


 ですが、今まさに敵に迫られていながら、余裕を崩さない魔王。


 それも、そのはずでしょう――悪魔の如き威容いようから、惜しむでもなく撒き散らかす、膨大な魔力。魔法使いであれば誰でも、絶望的な差を突き付けられ、戦意など保てようはずもありません。


 この世界では、まだわたくししか扱えぬ〝魔術〟を知る、わたくしとて――そんな恐れを見透かしたように、魔王は黒目が横長の山羊の如き眼球で睨んできます。


『だが聡明なる姫とて、我が力の根源は見抜けなかったようだ……そう、貴様ら人間共が研究すれど、いまだ成しえていない研究……我は〝闇より魔力を抽出する〟ことに成功し、無限に等しい魔力を得ているのだ――!』


「なっ……なん、ですって!? そんな、まさかっ……」


『バーッフォッフォ! 信じられぬなら、見せてやろう――〝闇よ〟!』


 魔王が声を響かせると同時に、何もない空間から飛び出した〝闇〟のつるが、わたくしの手足を拘束しました。漆黒で、存在感すらあやふやで、それなのに引きちぎれるという〝手応え〟すらなく、絡みついて離れない――


「っ――〝風の刃よ、戒めを裂け、解放せよ〟――

 ―――《風裂刃ウィンド・ブレード》―――! ……くっ……」


 発生した風の刃は、けれどほとんどすり抜けるよう通り過ぎ、闇の蔓を微かに揺らめかせただけに終わります。


 焦燥に顔を歪めるわたくしに、魔王は愉快そうに、恐ろしい笑い声をあげ――


『バッフォッフォ……バーッフォッフォ! 実力主義のマジカリア国は、我らにとって長年の仇敵……その決着を、今こうして迎えようとは! さあエメリナ姫よ、己が勇敢ゆえの果断かだんを悔やみ、嘆きの声を上げるが良い! なんじの断末魔の瞬間こそが、マジカリア国の終焉と同義と知れ――!』



「っ。……ああ、わたくしは、何という愚かな真似を……っ、ひ、一思いに――

 くっ、殺せえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



『バフォフォ……それにしてもこの〝くっ殺せ〟だけは、本当に全然わかんないんだよな……なんだろ、スケルトン兵とかも引いてたし、人間特有の文化とか呪いの言葉とかなのかな……人間、怖っ……』


 何だか失礼な魔王ですが、窮地のわたくし、それどころではございません。今まさにトドメとばかりに、魔王の繰り出す〝闇の魔法〟による漆黒の炎が。


 わたくしを、焼き尽くそうとした――――


 ―――その、寸前―――



「聞こえたぞ、エメリナ姫―――――奇特な悲鳴が」


「―――――――えっ?」



 最期に都合の良い幻聴が聞こえたのかと、わたくし自身の耳を疑うも。


 声の直後、一閃、迸った光線――即ち〝〟が、わたくしを縛る〝闇〟のいましめを切り裂き。


 力が抜けて床に手をついたわたくしが、かろうじて振り返り、見たのは。



「……ルーク様、まさか……わたくしを、助けに来てくださったのですか?

 勝手な行動をしたわたくしを……初めて出会った時のように、またっ……」


「フム。助けには来たが……思いあまって非ロジカルな行動をされなければ、こんな手間がかかるコトも無かっただろうにな、って少々思ってはいる」


「ウフフ、そのロジカルに容赦のない言動、間違いなく完全にルーク様ですわね……ですが、ああ、ですが……なぜ―――」



 そこにいたのは確かに、清廉な白衣を羽織って、知的かつあまりにも似合いすぎる眼鏡(性癖フェチですわ♡)をかける、ルーク様その人。


 けれど、他には誰もいない――ただ、ルーク様お一人で。


 それこそ出会った時に見た、そもそも何なのでしょう、アレは……手持ちサイズの〝口の付いた小さな杖?〟のようなものを持っているだけで。



「なぜ、ルーク様が―――〝魔法〟を使えるのですか―――!?」



 わたくしは、今しがた起こった信じがたい事象を、驚愕と共にただただ叫ぶしかありませんでした――……。


 敬具。

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