第14話 手詰まりと、瀬戸際の、その先に

 さて、天才科学者こと私ルークは、以前にもエメリナ姫を救った時と同様に、小型の光線銃を手にしている訳であるが。


 そんな私に、背後から駆けてきた猫メイド・アビィが、慌てて声をかけてくる。


「オラァーーーッどけどけニャ魔物どもーーーっ! ふう……んでルークさま、ちょい待ちますニャ! 防具を……鎧かなんか、着てけっちゅーんですニャ! 敵地の屋内戦で電撃魔法は常道じゃニャイですから、今度こそ金属製の……」


「フッ、なかなかロジカルな提案――だが断る! 私は科学者、ゆえに体力的には貧弱! そんな重量級の鎧など身に着けようものなら、その重量にし潰されてしまうわ! ロジカルに論破! ハーッハッハッハ!」


「だからってオメー戦場に普段着で突っ込むヤツとか聞いたことあるんかニャ!? しかもココ敵地のど真ん中ニャぞ、危機感を持てニャア!?」


「普段着ではない、この白衣と眼鏡こそ、科学者の戦闘服―――それこそがロジカル、ゆえに私はこのスタイルを貫く―――!」


「アンタいつかロジカルそのものに殺されますニャんよ!?」


 猫メイド・アビィが割と遠慮なくツッコんでくる中、先ほど拘束から解かれたエメリナ姫が、こちらへと歩み寄ってくる。


「る、ルーク様……勝手な行動をとったわたくしを、それでも、救いに来てくださるなんて……わたくし、何と御礼すれば良いのか……」


「フム。……いや正味な話、急に変な行動を取られて困ったし、ロジカルでない行動は控えて欲しいモノだが」


「うぐうっ!? うう、安定の容赦なさ……こ、この上は、この身をルーク様に差し出し、お詫びとするしか……くっ、ころせっ♡」


「前にも言ったが私は妻のみにみさおを捧げている。だから絶対に断る」


「クソッ……いえ、おウ〇コ様が!!」


 そこの訂正は必要なのだろうか、とロジカルかどうか測りかねて悩む私の横から、アビィが呆れ顔で口を挟んでくる。


「はぁ~~~……ホンマそういうとこですニャよ、ルークさま……そんニャんだから、手紙に〝死んだら化けて出てやる〟とか書かれるんニャよ」


「へ? それは書いてな―――ゲフンッ。……あの、アビィ、それは何の話ですか?」


「あっヤベッ、これ〝存在しない行間〟だったニャ。クッソ、やたら主張が激しすぎて記憶に残りまくってんニャア……!」


「〝存在しない行間〟とは一体? なんでしょう、なんだかものすごく赤っ恥的な、不穏な気配がします。ねえアビィ、アビィ~?」


 呼ばわるエメリナ姫に、そっぽを向いて口笛を吹く猫メイド・アビィ(従者)――だがそこで、何やら巨大な二足立ちする山羊の怪物……恐らく話に聞いた魔王であろう存在が、腕組みしつつ語りかけてきた。


『バッフォッフォ……そろそろ良いだろうか? どうやらエメリナ姫の加勢に駆け付けたようだが、猫獣人と魔法使いが加わった程度で、〝闇〟の無限なる力を手中に収めた我に、勝てるとでも――』


「フム、魔法使いとは私のコトだろうか――違うな、私は魔法使いではなく、ただの天才科学者だ」


『? 天才……カガクシャ? 何だソレは、意味の分からぬ言葉で煙に巻こうとは、姑息な……ならば今しがた使った〝光の魔法〟は、何なのだと――』


「! そ、そうですっ……ルーク様、どうしてあなたが魔法を? その、ええと……、のようなものから……そういえば初めて出会った時も、魔法のような力でわたくしを助けてくださって……」


「フム、口の付いた小さな杖、とは面白い表現……なるほど、銃を知らねばそういう見方になるか。まあこの銃自体、私専用に開発したもので、形も一般的でなく光線銃のようだが――まあ、これが私に〝魔法〟を使わせていると仮定するのは、ロジカルではある」


 言いつつ、私は銃身部分にカートリッジを挿入する如く、弾倉の如き〝この世界のみ特製の一発の銃弾〟を装填リロードする。


 そう、これこそが、姫を救出しに来る直前――〝優秀な魔法使い〟に頼み、籠めさせていたもの。


 即ち。



「さて、ロジカルかつ迅速に、種明かしといこう。

 これぞ魔法と科学の融合――魔法銃である――!」


『なに? ……ム、ムウウッ!?』



 銃口から放たれたのは、斬り裂く〝風の刃〟――この世界の者が見も知らぬであろう技術に、魔王とて驚きを隠せぬらしい。


 無論、用意してきた魔法の種類は、多種多様――出発前に可能な限り、元の世界でクソ高価だった予備バッテリーを分解して作った、私特製の〝魔法の銃弾〟に詰め込んでいる。


「フム、今から既に、元の世界に帰った後の妻の怒りが怖いが……非常時ゆえ、大目に見てくれるコトを願おう。さて、簡潔ではあったが、私が〝魔法〟を再現した種明かしはこんなところである。手伝ってくれた優秀な魔法使いにして、姫の側近に感謝であるな」


「わたしが丹精込めて作りましたニャ(魔法の銃弾)」


 光線銃――改め、まさに魔改造したを構える私の横で、猫メイド・アビィがドヤ顔していた。


 だが、先の〝風の刃〟で大して傷も追っていない魔王は、嘲笑を発してくる。


『バフォフォッ、なるほど、面白い……面白い児戯じぎよ! 確かに見たことのない技術だが、だからどうした!? 精々、技術を独占して流通し、市場に流せばめっちゃ大儲けできそうだな……とか思う程度だ! 結局は単なる既存の〝魔法〟、我が〝闇〟の無限の力に敵うべくも――』


「ああ、先ほどもそんなコトを言っていたな。〝闇〟の力が無限とは大きく出たモノだが――別にそんなコトはない。〝闇〟を明確に存在するモノとして定義するなら、たとえ世界全ての闇とやらを総計して考えたとて、それは普通にだ。実際、出たり消えたりするワケだし」


『バーッフォッフォ…………えっ、そうなんですか?』


「そうだぞ(ロジカルに考えて)」


『えぇ……マジかぁ……そんな考え方あるんだー……どうしよ我、無限の力、無限の力、って部下とかにめっちゃ吹聴しまくってたわー……こんなん赤っ恥じゃんー……ヘコむわー……』


 何やらリアルなヘコみ方をしている魔王だが――人間ならざる大きな鼻から、ふんっ、と鼻息を吹き、気を取り直して手のひらを向けてくる。


『だっだがっ……結局のところ、この〝闇〟より抽出せし膨大な力に、貴様らが抗う術もないのは揺るがぬ事実―――この〝闇の魔法〟によって、貴様らを滅ぼし尽くしてくれるわァァァ!!』


 なるほど、技術テクニックで及ばねば、それを凌駕する圧倒的なパワーで圧し潰す――真に力業ではあるが、ロジカルとも言える。

 一方、姫は焦燥しながらも、毅然きぜんと大きな胸を張っていた。


「っ。……甘いですわ、魔王よ――こちらにおわすは世界すら超えし天才科学者! そのような力押し、ものともしない策を持って――」


「フム。……いや、それは、ない。ここまでだ」


「はい!! ………ほえ?」


 思いっきり目を丸め、気の抜けた声を発するエメリナ姫に、私は現状を隠すことなく告げる。


「大方は、魔王の言った通りだ――いくら私が天才といえど、圧倒的な力を前に、多少の工夫で及ぶべくもない。魔王の取った力業は、案外ヤツにとって最善だったと言える。フム……ロジカルだな」


「……えっ。ちょ、待っ……あのっ」


「フーム……出来れば良かったのだが、そう上手くはいかないか……ここが私の最期とは。まあ、仕方ない。ロジカルに諦めよう」


「ちょっと―――待ってください! ……な、なんで……」


 大声を上げ、私の独り言に割り込んだエメリナ姫は、恐怖――ではなく、むしろ私をおもんばかるように、見つめてきて。


「そんな、こと……ルーク様なら、初めから分かっていたはずなのに……なぜわたくしを助けに来たのですか!? 元の世界に戻り、奥様と再会せねばならないのに、なぜ……どう考えても、そんなの!」


「フム。……そうだな、ロジカルではない。だが、愚問である」


「……えっ?」


 詰め寄ってくる、エメリナ姫に――私は、当たり前のことを告げた。



「たとえ別世界の、とはいえ――妻と同一人物たる、エメリナ姫を見捨てるなど。

 私には、出来はしない――そんな真似をすれば、私は私を許せぬし。

 元の世界に戻れたとて、愛する妻と、笑って再会など出来ないからな――」


「! ……ルーク、様……っ」


「まあ、ロジカルとは言えない最期なのは、我ながら不満であるが……そういうコトである。私は、こういう人間なのだから、諦めるしかあるまい」



 やれやれ、と首を横に振る私に、エメリナ姫が涙を浮かべると――

 猫メイド・アビィが、軽くお辞儀しつつ、出入り口側へと足を進めて。


「あっ。わたしは普通に命が惜しいですニャので、この辺で失礼しますニャ。あとは皆様がたでがんばってくださいニャ。ほんニャら、スタコラサッサ―――」


『バッフォッフォ……見よ、これが全てを吸い寄せ逃がさぬ〝闇の力〟! この無限……ではなくどうやら有限らしい闇の中で、永遠に彷徨うが良い――!』


「フギャーーーッ!? なんか引っ張られて逃げれんニャーーーッ!? こんニャとこ来んじゃなかったニャーーー! どチクショーーーイっ!!」


 何だか元気な声が響く、魔王城の最奥で。


 来たる終焉を前に、エメリナ姫は。


「……ルーク様。巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません……けれど。あなた様が、わたくしを見捨てず、救いに来てくださったこと……本当に、嬉しかったですわ。来世も来来世も、結ばれはしないそうですが……それでも」


 ちょっぴり恨み節が入っている気がしないでもない、その言葉の後に――それでも、エメリナ姫が。



「せめて、再び出会い……愛することくらい、許してくださいませ――」



 私の愛する妻を思わせる、美しく穏やかな微笑を浮かべ。


 ついに―――魔王の〝闇の魔法〟が、放たれようと―――


『さあ、これにてしまいぞ―――〝闇よ〟―――!』



『――――〝闇よ、射手より放たれし闇よ、我が敵を撃ち抜け〟

 ―――《闇の魔弾ダークネス・バレット》―――』



『ハ? ………ヌ、ヌオオオオオオッ!?』


「…………え?」


 この短い間に、何度目だろう――呆然とする、エメリナ姫。

 それもそのはず、訪れようとしていた終焉の〝闇〟は――今まさに、何者かの魔法――いや、〝魔術〟によって、射抜かれたのだから。


 私とて、驚いている。……いや、私だからこそ、だろうか。


「フム。……ああ、そうか……そういうコトも、あるのか」


 ただ、納得はした―――この瀬戸際に、訪れた者は、その男は。



『……フム、人ならざる魔王が〝闇〟の研究を成したコトは、ともかく……まさかこの時代に、私以外にも〝魔術〟を発想し、実現する者が存在しようとは。そしてそれが、かのエメリナ姫とは――運命とは、かくも数奇か!』



 私の白衣とは対照的な、漆黒の――ローブと呼ぶべきそれを纏う、使とした男が、クイッ、と眼鏡を指先で持ち上げながら。


 自身に満ちた口調で、上げる名乗りは―――!

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