第8話 〝魔法の国〟の姫、魔王軍を打ち破るべく、叫ぶ――!

 手出しできなかった天空とは違い、地上戦に持ち込まれた〝雷龍〟に、もはや絶対的な優位性などなく。


 あまつさえ〝魔法〟ならざる〝魔術〟を使うエメリナ姫に対して、抵抗の余地さえなかった。


「〝氷のかせよ、いましめの杭を穿うがち、敵を封じよ〟

 ――《凍土の楔フローズン・ウェッジ》――!」


『グッ……グウウウウウッ! よせ、貴様ッ……ヤメロォ! 何を……何をしているのか、分かっているのか!? 魔王軍は……魔王軍はな!』


 エメリナ姫の〝魔術〟による氷の戒めで、長大な体躯を地にめられ――恐るべき〝雷龍〟が、大口から牙を剥きだし叫ぶのは――!


『魔王軍は―――労災が全く出ぬのだぞォォォォ!

 クソッ、クソッ……もう、もう我は、帰りたいッ……

 なぜならば時間外労働の手当ても無いからだァァァ!!』


「えぇ……なぜそんな……悪条件で契約をしてしまったのです……?」


『だって我、空中戦では無敵だから怪我とかしないと思ってたし……侵攻とかも適当に雷を落としとけばいいから、時間外労働とかも無いと思ってたし……』


(フーム、力にかまけておごってしまったのが現状、と……そうなれば予測外の事態に対応できないのも当然。ロジカルだな。おっと、それより……)


 思考していた私だが、〝雷龍〟へ向けてロジカルに問いかける。


「〝雷龍〟よ。尋ねるが、おまえは魔王とやらと契約しているとのコトだが……その契約を破棄はきする手段は、何かあるのか?」


『! おのれ人間、この我が尋問された程度でホイホイと情報を吐くと思ったか!? だからこれは尋問の結果などでなく、誇り高き我のであるが……仮に魔王が討たれることがあれば、契約も無効となるであろうなァ!』


「フム。……ちなみにそうなった場合、おまえは無職となるだろうが、気持ちをあらためて人間の側に鞍替えする気などは?」


『なァ~~にィ~~~!? 人間めが舐めた口を……いや人間さんがお舐めになられたお口を利きおってぇ~~……! 正直、魔王軍の雇用形態には不満しかないゆえ、充分な報酬と適切な休暇が約束されるのであれば、満更でもないがなァァァ! あ~どうなんだろうなァ~!?(チラッチラッ)』


「なんだかわたくし、チラチラ見られている気がするのですが……」

「ンニャァ……被雇用者側の気持ちはめっちゃ分かりますニャ」


 微妙な表情のエメリナ姫と猫メイド・アビィだが、私は構わず〝雷龍〟に聞いた。


「フム。……それで充分な報酬の、具体的な内容とは?」


『我は魔力を食糧とする生物なので、魔法銀が欲しいです』


「フム、なるほど……それで鉱脈を持つ魔王と契約を。ならば魔王を倒すコトは、私の目的とも重なるな……ロジカルに話がととのったぞ」


 うむ、と私が頷くと――〝雷龍〟は、その巨体なら何とか破壊できそうな氷の枷を、岩石の如き巨大な瞳で、ジッ、と見つめ。


『ムムゥ。……グ、グオオオッ! 何と強固なる氷の枷! この我の力を持ってしても、一切の身動きが出来ぬとは!! これではしばらくの間、囚われの身に甘んじるしかあるまい! 魔王軍の最高戦力たる我が不在の間に、魔王様が討ち滅ぼされでもしたらと思うと、気が気でないなァ~~~ア!?』


「えっ。そこまで硬い拘束でもないので、何度か重ね掛けしないとな~、と思っていたのですけれど……?」


「姫様、ちょい空気読んで黙ってますニャ。人には釈明が必要な局面もありますんニャ。今がその時ですニャン」


「は、はあ、そうなのですね……」


 と、このようにロジカルに話がまとまったところで――しかし城門が破られたのだろうか、都市部へと魔物がなだれ込もうとしてくる――!


 その対応に出ているであろう騎士団は、しかし。


『ッ、せっかく姫様が〝雷龍〟を打ち倒したというのに、次から次へと……!』

『フッ、案ずるな……貴様らも見ただろう! 我々も姫にならい、〝魔術〟で敵を薙ぎ払うのだ!』


『見せてやろう――〝炎よ、大蛇の如く、獲物を追尾し、焔の牙を突き立てよ〟

炎の大蛇ふれぇむさぁぺんと》ぉぉぉ! ……アレッ? ……あれ、出ないぞ?』


『ほ……〝炎の大蛇よ〟! ……〝氷の杭よ〟! 〝風の刃よ〟ォォォ! ……もう〝何でもイイから出てくださいよ〟ォォォ! ぎゃ、ぎゃーーー!?』


(フム、なんかエライことになっているな……しかし、なるほど)


 騎士団は一方的に魔物にボコられているが、まあそれはそれとして、私は冷静に状況を分析した。


「どうやら〝魔術〟は……誰もが簡単に真似できるモノではないようだ。理屈や方法を知った上で、即ちセンスが大きく作用する模様……フム、エメリナ姫は言動は色々とだが……まさしく天才である。さすが我が愛する妻のそっくりさん」


「天才かどうかは、分かりませんが……可能なのは、当然です。なぜならわたくしは……ルーク様の御言葉を、心から信じておりましたので!」


「フム。……〝可能と信じる〟のも、重要な要素なのかもしれないな。〝魔法の世界〟……まことに興味深い」


 うんうん、と私が頷いていると――エメリナ姫は腰に下げた細剣を抜きつつ、民の住まう都市に迫ろうとする魔物達の方へ、足を踏み出した。


「さて。……わたくしも、責務を果たしませんと」


「ム――エメリナ姫、まさか貴女が、自ら前線に?」


「もちろんですわ――マジカリア国は実力主義、お飾りのトップには誰もついてきません。……アビィ、ルーク様の護衛、任せましたわよ」


 エメリナ姫が珍しく(失礼)毅然きぜんとした態度で述べると、アビィは背筋と尻尾をピンと直立させ、うやうやしく声を上げた。


「! 分かりましたニャ、ルークさまの身は、このアビィが側近の誇りにかけてお守りしますニャッ! でもわたしの身に危機が及ぶと判断した時は迷わず逃げますニャンので、そこんトコあらかじめご了承くださいニャ」


「フム、まあ猫だからな」

「猫なら仕方ありませんわね」


「ご理解いただき、恐縮ですニャ」


 あらかじめ注意点を挙げてくれる猫メイド・アビィ、ロジカルに話がスムーズなので、私から文句は特にない。


 と、考えている間にエメリナ姫は〝風の魔法〟で飛ぶように前進し――慌てふためく騎士たちの中央に到達し、リンと響く声を上げる。


「――聞け、マジカリア国の勇猛なる騎士共! 汝らは元より屈強、慣れぬ戦法に頼る必要などない! 己が磨いた〝魔法〟を存分にふるい、眼前の敵を打ち滅ぼせ!!」


『! え、エメリナ姫様……そうだ、その通りだぞ皆!』

『この程度の魔物に、マジカリア騎士団が遅れを取る理由など皆無!』

『剣をかかげ、陣を組め! 今こそ我が国の武威ぶい、示す時!』


「その意気や、良し! 皆、このわたくしに続きなさい!

 全軍―――今こそ、我らに歯向かう、愚かなる敵めらを!」


 エメリナ姫が、天を突くように掲げた、細剣を―――


 魔物の群れへと、勢いよく振り下ろし―――!




「―――――くっ殺せぇぇぇぇぇぇ!!!」




(そんなブッ殺せみたいな使い方)


『『『―――オオオオオオオオオオ!!!』』』


(上がるんだ、士気。なんだろう、やっぱり文化の違いなのかな。ロジカルに興味が尽きないな)


 ―――さて、こうして、姫が自ら率い、勇猛を示した騎士団の働きによって。


 魔王軍の脅威は、完膚かんぷなきまでに退しりぞけられたのであった―――………。

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