第7話 〝魔法〟×〝計算式〟=〝魔術〟―――即ち〝呪文の詠唱〟である!

 白衣を羽織り、クイッ、と眼鏡を指先で上げ、私が姫の隣に立つと。


 ……猫メイド・アビィが簡易な防具を持ち、慌てて駆け寄ってくる。


「ちょちょちょ……ルークさま、待ちますニャッ。んニャ無防備で前に出ると、その辺の魔物の爪先がかすっただけでも死にますニャ。金属は雷がアレして一発ボーンですニャから、せめて皮の胸当てでも付けてくですニャ」


「フッ、そんなものは無用―――科学者の戦闘服は、白衣ゆえに!」


「いや意味ワカランこと言ってんじゃねーですニャ。防御力が足んねーってんですニャ。いいから装備しとけですニャ」


「フッ、ハーッハッハッハ! 実にロジカル! だが科学者の誇りゆえに断るもまた、ロジカルなり!」


「つーか、そのロジカルも意味わかんねぇんニャよ。素直に装備すりゃイイのにしねぇのは、どう考えてもロジカルじゃねーですニャ」


 この天才にロジカルを説こうとは、なかなかの傾奇者かぶきものではないか――と感心しつつ重そうな防具は絶対に身に着けない私に、エメリナ姫が改めて問いかけてきた。


「あ、あの、ルーク様……それで結局、どうすれば良いのでしょう? 〝魔法を科学で進化する〟と申しましても、わたくし〝科学〟はさっぱり……」


「フム、承知の上だ――時にエメリナ姫。貴女は……

〝魔法〟に〝魔法〟を、作用させるコトは可能だろうか?」


「へ? 〝魔法〟に〝魔法〟を? ……? ??

 いえ、ちょっと……良く分かりませんし、聞いたことも……?」


「フッ、その答えは予測の範疇。だが、出来るはずだ。なぜならば」


 私は彼女らが〝魔法〟を放つのを模倣もほうして右手をかざし、説明を続けた。


「例えばエメリナ姫は〝炎よ〟と叫び〝魔法〟を放つ際――ただ単純に炎を発生させているだけではなく、その炎に〝飛ばす〟という性質を持たせている。でなければ飛んでゆかず、炎がフワフワと浮くか、ポトリとその場に落ちるのみであろう。他の人間の〝魔法〟も同様に何らかの指向性をともなうのを見る限り、ほぼ無意識だろうとは思うが」


「え、あ……言われてみれば、確かに……で、ですが〝魔法〟はそういうものだと、誰もが常識として学んでいるはずですし……」


「ウム、それは当然の成り行きであろう、別段そこを責めるコトなどない。理屈より感覚が重要なのは、文化形態からも理解できる――これは単純に、世界の違いによる〝思考の方向性〟の差異ゆえに。……、だ。――別世界の天才科学者たる私が、新たなる思考の方向性をロジカルに与えよう――!」


 さて。

 目下の対応が必要となるのは、〝雷龍〟。


 長大な体躯たいくでありながら、天空を舞い、数多あまたの雷を放つ存在に。


 エメリナ姫の〝魔法〟を届かせる――そのかいに行き着くためには。


「エメリナ姫。〝魔法〟を、このようにして使えるだろうか。ゴニョゴニョ……」


「え……ひゃあんっ!? あっだっダメです、そんなっ……耳元で囁かれるとエメリナは、もう、もうっ……困ってしまいますぅ……くっころせぇ……♡」


「オイ国の危機ニャぞ。マジメにやれニャ」


「アッハイ、ゴメンナサイ、アビィさん(従者)。えっと、それでルーク様……ふん、ふん……え、ええっ!? そんな、そんなこと……どんな魔法使いでも、歴史上、行った試しがないのですが――」


 不安そうな顔をするエメリナ姫に――私は、はっきりと告げる。



「必ず出来る、条件は揃っている。

 私を信じろ―――ロジカルに!」


「! ……もちろんですっ――わたくし、ルーク様を信じます――!」



 エメリナ姫の瞳から、迷いは消え。

 膨大な魔力を集束させ、集中を深めているのが、見て取れる。


「〝炎よ〟。………〝炎よ〟、〝炎よ〟―――」


(〝魔法〟というのは――それ一つを発生させただけで、ある程度は術者の思考に沿い、自動で働くプログラムのようなものだろう。ゆえに〝魔法〟の発展は、より強く、より大きく、と考えるのは当然。だが〝科学〟は違う――もっと別のコトが、新たなコトが可能なのだと、一つの現象に別の方向性を働かせ、事象を多岐に渡って引き起こす)


「〝炎よ〟。……〝〟――――」


(つまり単発で終わらせず―――〝魔法〟に〝魔法〟を、作用させれば)


 私が彼女へと述べた、新たなる〝魔法〟使い方とは。


 いわゆる〝〟であり―――それを成す、具体的手段とは。


「〝炎よ〟×〝大蛇の如く〟×〝獲物を追尾し〟―――」


 即ち。



「〝炎よ、大蛇の如く、獲物を追尾し、焔の牙を突き立てよ〟―――!」



 ―――〝呪文の詠唱〟である―――!



「――――《炎の大蛇フレイム・サーペント》―――!」



 今この瞬間、この世界に、恐らく初めて成されたであろう、これを。



〝魔法〟×〝計算式〟――〝魔法の算術〟、即ち〝魔術〟と名付ける――!



 そうして、エメリナ姫の眼前に形成された幾何学模様きかがくもようの魔法陣から放たれた、龍にも劣らぬ巨大な炎の大蛇が。


『クハハ、この〝魔法の時代〟において、雷と天空を支配する我は無敵――ムッ!? な、なんだ、この炎の龍は……お、追ってくるぞ!? 馬鹿な、このような〝魔法〟、我は知らぬ……こ、こんな……こんなッ――!』


〝雷龍〟に巻きつき――雷と炎、激しい分子運動の衝突音を、天空でかき鳴らし――その果てに。


『ふ、浮力を、保てぬッ……ぐ、ぐッ……グオオオオッ……!?』



 ―――〝雷龍〟は、地に墜ちた。

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