第3話 ここはまさしく〝魔法の国〟!

 エメリナ姫の所属するマジカリア国とやらは、恐らくこの世界でも大都市なのだろう。街は活気にあふれ、道の左右には空白を埋めるかのように露店が居並ぶ。


 特に興味深いのは、飲食を扱う露店――パフォーマンスのためだろうか、調理工程は露出して、そのどれもが〝魔法〟を使うものだった。


『〝炎よファイッ!〟』『〝炎よファイッ!〟』『〝風よウィンッ!〟』『ウェイッ!』『〝炎よファイッ!〟』

『ハイッ!』『いっちょ上がりだヨッ!』『〝水よアクアッ!〟』『飲めヨッ!』

『ハイッ!』『ハイッ!』『『『アーーーーーイッ!!』』』


(フム、途中の合いの手らしきものは、ロジカルに考えれば気合のようなモノか。まあ必要なんだろう。にしてもうるさいな。調理中に叫び通しってシュールだな)


〝魔法〟を基点とした文化形成というだけで、随分と変わるものだ。飲食店がどうというより、〝魔法〟への知的好奇心が尽きない。楽しい。


 何せ、道端みちばたの街灯ひとつを見ても違う。明らかに電力を利用していない。小高い位置に固定されて、それ以外に何と繋がっている様子もない、丸いガラスケースに収まっているランプらしきもの――それを指さし、私はエメリナ姫に尋ねた。


「エメリナ姫、あれは街灯の役割を有しているのだろうか? 果たして、どのようにして明かりを灯すのだろう?」


「え? ああ、あれは……〝魔法〟を使う必要もなく、簡単に魔力を流し込むだけで、いつでも灯せるのです。魔力に反応する魔道具を造る、国のお抱え職人がおりまして……城下町のみならず、領土に広く普及していますよ」


「フムフム、魔力ときたか……見た限り、こちらの世界では一般的なのだろう。別世界の人間たる私などは、恐らくそのような器官自体が存在しない、あるいは発達していないだろうから、魔法の使用は不可能だろうが……魔力の存在が一般的なら、文化はこのような形で進化するのか。なるほど……全くもってロジカルだ!」


「はわわ……何を仰っているのかは、何となくしか分かりませんが……ルーク様が楽しそうで、何よりですっ。ふふっ♪」


「フム」


〝くっ、殺せ!〟とか言う変な姫だが、なるほど、その微笑みからは確かに、高貴な気品がうかがえた。


 というか――やはり妻と、よく似ている。その笑顔を見て、特にそう思い。


 私は、(通りがかるたび民衆からすごく怪訝な目で見られる)マシンに腰かけたまま、何となしにエメリナ姫に言った。



「エメリナ姫、不躾ぶしつけで申し訳ないが―――血を頂けないか?」


「えっ。……えええええ!? な、何を急に申されるのです!? ハッ、ルーク様はやはり、わたくしを油断させて近づいてきた敵……恐らく吸血鬼! このわたくしの血を吸って眷属およめさん♡とし、この身を我が物にせんと企んでいるのですね!? おのれ何と卑劣な、望むところですっ! くっ、殺せぇーっ!」


「いや別に、一滴とかで良いし、血でなくとも皮膚のほんの数ミリ……なんなら髪の毛一本や爪でも構わないのだが」


「!? なっ……淑女レディの皮膚、あるいは髪や爪など求めるとは、何という歪んだ性癖! おのれ何と卑猥ひわいな、望むところですっ! くっ、殺せぇーえ!」


「フーム、〝望むところ〟の捉えようによっては、勇猛か蛮勇と思えなくもない。だが別に変な意味は全くない。ただ、分析したいだけだ」


「ぶんせき。……〝魔法〟にも分析魔法などありますし、相手の心身の状態などを精査するようなこと、でしょうか?」


「ロジカルに理解が早くて助かる。感情の起伏の上下は少々心配だが」


「な、なるほど、ルーク様の世界には、そのような文化が……わかりました、では髪の毛を一本。……あっ、あの、実はそういう趣味があるとかでも、構いませんよ? わたくし別に引きませんし、理解はありますしぃ~……」


「いや、まさに髪の毛一本ほどもない。必要だから頼んでいるだけだ」


「お、おのれーーーっ」


 なぜかエメリナ姫は憤慨しているが、言いつつ金色の絹糸のような髪を一本、手渡してくれる。


 それを私は、マシンに備え付けている愛用のタブレットを操作し、映像機能を通して保存、自作のプログラムを走らせて、成分を分析・解析する。


 横からタブレットを覗き込んでくるエメリナ姫は、目を白黒させていた。


「まあ、何て不思議な……見慣れぬ文字が浮かび上がって、移り変わって……まるで魔法の石版タブレットのようですわ……」


「フム、まさにタブレット石版ではある。石ではないが。……っと、分析が完了したようだ。どれ……フム、フムフム……フム、やはり」


 今しがた解析を終えたエメリナ姫に該当する成分と、あらかじめ入力されていた人物の成分を、


 私は、確信した。



「完全一致だ―――私の元いた世界の、愛する妻と同じ。

 即ちエメリナ姫は、私の妻の―――並行世界の同一人物と言える」


「えっ。……えっ、えええ!? そっくりさん、とかではなく!?」


「ウム、いくら何でもこれほど条件が一致すると、偶然では済まされない。フーム、となるとエメリナ姫が言っていた運命云々というのも、あながちバカにはできないな。何か未知の因子が働いたのか、あるいは〝魔法〟的な何らかの力に導かれたのか……いやしかし、私の世界には無い要素で……いやいや、あるいは……」


「……そ、そうですか、なるほど、それなら……え、ええとっ……」



 なぜかは全く分からないが、もじもじとしていたエメリナ姫が、頬を赤らめ上目遣うわめづかいで問いかけてきた。



「も、元の世界の奥様と同様に……ルーク様とわたくしが惹かれ合い、結ばれてしまう可能性も……無きにしもあらず、ですねっ……?」


「フッ、安心したまえ、エメリナ姫―――ソレとコレとは、全く話が別だ! そも私は別の世界の人間だし、妻のみを心底から愛しきっているし。ゆえにエメリナ姫と結ばれるコトなど、何があっても絶対に有り得ない! フーム、ロジカルだな!」


「クソが!!!」



 お淑やかとはかけ離れた言葉が姫から放たれたが、何だろう、こちらの世界では気合の雄叫びとかだったりするのかもしれない。じゃあ〝くっ、殺せ〟とかもそうなのかな。興味が尽きないな。


 まあでも、ロジカルに結論は出したし、問題ないだろう。元気なのは良いことだしな、と私は納得した。

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