第2話 〝魔法の世界〟は―――

 さて私は、助けた姫に連れられて、彼女の城へ向かう途上。


「まあ、あなたはルーク様、と仰るのですね……カガクシャ? というのが、どのような魔法の使い手なのかは、良く存じませんが……」


「フム、また間違っているぞ。魔法ではない、科学は科学だ」


「あっ、も、申し訳ございません……その、良く理解できず……」


 しゅん、とうなだれるエメリナ姫には、何度か説明したが、この調子である。まあ文化形成が随分と違うようだから、無理もない。魔法などという非科学的なものを、信じているくらいだし。


 ちなみに先ほど、エメリナ姫を掩護えんごに来たという近衛兵の一団とやらが合流し、帯同して付いてきている。彼女は本当に姫だったのだな、とようやく実感した。


 私のマシン――彼らいわく異形の鉄の馬車は、今は彼らが用意した荷台にチェーンで固定して乗せ、三頭の馬に牽かせて運んでくれている。初めは随分と驚いていたが……今は姫と会話している私を、怪しく胡乱うろんな者を見る目で眺めてきていた。失敬である。


 一方、天井部のハッチを開いたままマシンに座る私に、エメリナ姫は割と臆することもなく相席し、疑問に首を傾げていた。


「それで、ええと……ヘイコウセカイ? という国、ではなく……別世界からルーク様は、いらっしゃった、ということですが……あっいえ、疑っているわけではありません。この異様な風体の鉄の馬車……とはいえ車輪さえ付いていない三本足のかなえで、突然に現れたのを、少なくともわたくしは見ていますから」


「フム、確かにこのマシンは、走る機能など無いからな。空間跳躍でもしない限り、移動手段は無い。ロジカルな理解が早くて助かる。どうもありがとう」


「えっあっ、いえいえ? ろ、ロジカルかどうかは、分かりませんが……ですが、その……わたくしを助けた際、この……? のエネルギーは、尽きてしまったのだとか。な、なぜ、その……見ず知らずのわたくしのため、そこまでして……」


 助けたのか、と問いたいのだろう、なぜか頬を赤らめている彼女に――別に隠す理由もないので、ハッキリと答える。


「私の元いた世界にいる、愛する妻に、エメリナ姫の見た目が似ていたからだ」


「えっ。……えっ!? る、ルーク様は、妻帯者でいらしたのですか!?」


「フム、そうだが、何か」


「あ……そ、そうでしたか、そうなのですね……」


 なぜかしょんぼりしているエメリナ姫に、全く理由が分からず首を傾げていると、彼女は勢いよく顔を上げて詰め寄ってきた。


「で、ですがっ……愛する奥様と、わたくしは……その、似ているのですね!? な、なんだか、運命のようなものを感じませんかっ?」


「いや別に。そも、似ているのは見た目だけだし。私の妻は、おしとやかで、おっとりとしていて、常にほんわかとしていて、近くにいるだけで癒されて、のんびり間延びした口調が逆に可愛らしい、世界一の嫁であるからして」


「めちゃくちゃ愛妻家ですねぇ!? で、でもわたくしだって、王女ですしっ……お淑やかさなら、負けてはいないと思いますがっ?」


「フム。……ウム、少し考えてみたが、妻の足元にも及ばないと思う。妻はレイピアを振り回したりしないし、変なコト叫ばないし」


「一国の王女に対して容赦なさすぎでは!? 無礼が限界突破して、逆に斬新ざんしんですよねぇ! くっ、殺せぇ!」


「軽はずみに命を投げ出すの、ロジカルじゃないからやめないか? そういうトコだぞエメリナ姫」


「くっ……こ、こほん。……ところで、姫と付けて呼ぶのは、おやめください。命の恩人に敬称で呼ばれるのは、その、気が引けますしぃ――」


「断る。私が呼び捨てで呼ぶのは妻だけだ」


「チ、チ、チックショーーーッ!」


「フム……やはり妻の淑やかさの足元にも及ばないな……やはり私は、正しかったようだ……!」


 私は満足だが、エメリナ姫は不満らしい。ままならないものだな、世の中は。


 まあそもそも、と私はもう一つ、要素を挙げる。


「それに妻も、私と同じく科学者の身―――〝魔法〟などという非科学的な、を信じはしないし」


「ぐぬぬっ……え? ……〝魔法〟が存在しない、とは……どういうことでしょう?」


「フム、言葉通りだが……」


「ええと。……もしやルーク様の元いた世界には、〝魔法〟がない……とか?」


「フム? まるでこちらの世界には、〝魔法が存在する〟かのような言い分。何やらよく分からない骨は動いていたが、それにも恐らく何か仕掛けが――」


「え、ええと。そのー……いえ、もう、お見せした方が早いですね。本当は、もっとゆっくりお話しをしていたいところでしたが……よいしょ、っと」


「ム? エメリナ姫、なにを―――」


 止めるも聞かず、姫はスカートの裾を軽くまくりつつ、ハッチの縁に足をかけ。


 手をかざし―――小さく、呟くと。



「―――――〝風よウィンドォ〟!」


「フ。……ム、うっ―――!?」



 姫の声には、不思議ながかかったようで――次の瞬間には、まるで言の葉に呼ばれたかのように、突風が――!


 突風は、三頭立ての馬ごと加速させるように、マシンを乗せた荷台ごと押し飛ばす。乗用車などより、よほど速度が出ているだろう、異様な現象。


 近衛兵たちも慌てて付いて来ているが、どうやら先ほどの姫と同じく、風を吹かせて馬を加速させているらしい。何がどうなっているのだ。


 まさか、本当に――と思考する私に、証明するかの如く、更にエメリナ姫は。


「うふふ、いかがですか、ルーク様? おっと、魔物が行く手を塞いでいますね……ですがお任せくださいっ。―――〝炎よフレイムゥ〟!」


『グハハハ姫ヨ、覚悟―――チョッ待ッテクダサイヨォ~! 名乗リモ聞イテクレナインスカァ~!? アンマリッスヨォ~!』


 何か巨大な牛の鬼のような怪物が現れたが、一撃で炎に巻かれてしまった。今頃こんがりステーキになっているのではなかろうか。何か言っていた気はするが、ロジカルは特に感じないのでスルーする。


 そも、今やそんなことよりも――目の前で起こる、この、この超常現象に。


 私の天才的頭脳は、たかぶぶりのままに推察する―――!



「よもや、よもや―――この世界には、本当に〝魔法〟が存在するのか! 即ち、私の世界で〝科学〟が発展するのとは別に、この並行世界では〝魔法〟を発展させる道を歩んだと――そういうコトなのか!」


「うふふ、へーこーせかいは、いまだに良く分かりませんが……さすがはルーク様、その理解力、こういうことですわねっ―――ロジカル、ロジカルですっ!」


「この姫も、先ほど変な骨に襲われ〝くっ、殺せ!〟とか言っていたのと同一人物とは思えぬ力の持ち主ではないか!」


「いえそれはだって挟み撃ちされたかと思っていましたし!? あ、焦っていただけですし、忘れてください~~~!?」



 嗚呼、何ということだ―――文明レベルが低いのではと、そういう並行世界もあるかもと、この天才ともあろう者がするなど、反省せねばなるまい!


「ならば先ほどの変な骨たちが筋線維の一つも無く動いていたのも、〝魔法〟の力で……? 何と、そんなもの、科学でも実現できぬ奇跡……否、そういう文化形成か……! ならば極める道の根本が違うだけで、この世界の文明レベルは……そう、私が思うより、この〝魔法の世界〟とやらは……!」


 思考の間に、突風に運ばれまたたく間に森を抜けた、私の目に。


 小高い丘から見えたのは―――。



 荘厳そうごんにそびえ立つ王城を中心に、近代では滅多に見ぬゴシック調の建築物が居並ぶ、さりとて近代では生まれ得ぬ、華美かびにして重厚な城塞都市―――!



 エメリナ姫の国であろう、絢爛けんらんな光景を見つめながら、私は思わず。



「〝魔法の世界〟は―――思った以上に、ロジカルかもしれない―――!」



 興奮のままに、そう叫んだのだった―――………。

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