エピソード 2ー6 マテが出来る白いもふもふ
「食べてよし!」
そんな言葉がダンジョンにむなしく響き渡る。
……いや、食べないからね?
まぁね? その辺の従魔なら、主人の許しをなく食べてしまうこともあるかもしれない、かなぁ? とりあえず、瑛璃さんが考えた作戦でないことだけはたしかだ。
私は溜め息を一つ、前足でマンガ肉を軽く蹴っ飛ばした。
「――なっ!? ……馬鹿な、百グラム600円を超える超高級お肉だぞ!?」
そういう問題じゃないと思う。あと、百グラム600円は超高級に入らない。
私はもう一度溜め息を吐いてグレイプニルの鎖を発動した。
虚空から伸びたあまたの鎖が男達を拘束する。
「なっ! なぜ俺を敵だと認識しているんだ!? ちゃんと餌付けをしたのに!!」
信じられないと言った顔をするリーダー格の男。
信じられないのは私の方である。
私はマンガ肉の骨部分を咥えて持ち上げ、リーダー格の男の前に歩み寄った。それから男を拘束するグレイプニルの鎖を操作して、彼の顔をマンガ肉のまえへと持ってくる。
「は? 食えってか? 馬鹿が、睡眠薬入りと知ってて食う訳が――へぶっ」
マンガ肉を放り上げ、クルリと一回転。尻尾でビンタをかました。それから落下してきたマンガ肉の骨部分を空中で咥え、再び男の鼻面に突きつける。
「い、いてぇ。なにを――ぶへっ」
もう一度マンガ肉を放り上げ、クルリと回って尻尾でビンタ。
「だ、だから食わねぇって――くっ。これくらいで――ぐはっ!?」
シールドがなかなか壊れないので、続けてもう一撃を加える。その瞬間、アルケイン・アミュレットのシールド破壊を確認した。
というか、なんかちょっと、リズムゲームみたいで楽しくなってきた。私はマンガ肉をちょっと後ろに放り上げ、今度は尻尾で往復ビンタ。背後でマンガ肉を咥えてターンする。
いまのは裏拍。次は表二連と組み合わせて、あ、やっぱり楽しい。
シールドを失った彼は、攻撃を受けるたびに顔が腫れていく。
「へぶっ。やめっ、や、やめて。わ、分かった。食う、食うから――っ」
顔をパンパンに腫らした男が根を上げた。
……もうちょっと遊ばせてくれてもよかったのにと思いつつ肉を差し出すと、男は泣きながらマンガ肉に食らいついた。
「……く、中に火が通ってねぇじゃねぇか。そうか、敗因は、これ、か……」
違うと、私がツッコミを入れる暇もなく、彼は眠りについた。
私は続けて残りの二人に視線を向ける。
「ひぃ、く、食うから酷いことはしないでくれ!」
……ちょっとは遊ばせてくれてもいいんだよ?
そんなことを思いならが、二人目の男に肉を食べさせた。
「――そこでなにをやっている!」
そう言って飛び出してきたのは管理局の局員――いわゆる、お役所勤めの探索者だった。ダンジョンの警備にあたっているであろう彼は、「なにがあった?」と問う。
「そ、そこの女が、俺達にいきなり魔獣をけしかけてきたんだ!」
まだ睡眠薬入りの肉を食べていない男が叫ぶ。
「ちょっと、嘘を吐かないでよ! そっちが襲い掛かってきたんでしょ! 警備員さん、聞いてください。突っかかってきたのはそっちの男達です!」
紗雪がきっぱりと否定する。
警備の男は紗雪と男達を見比べ、紗雪に視線を戻した。
「どうやら、嬢ちゃんは追い剥ぎをしようとしていたみたいだな」
「な!? 違います! 私は――」
みなまで言うことなく、紗雪は言葉を飲み込んだ。
警備の男が意地の悪い笑みを浮かべたからだ。
「……貴方、彼らの仲間ですね」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。俺は正真正銘、管理局に務める局員だぜ。ただ、ちぃっとばかし、副業をやってたりはするけどな」
男がペラペラと内情をぶちまける。
「……管理局に全部話しますよ!」
「無駄だよ。俺がここに来たときの光景は撮影済みだ。世間でなにかと話題の魔獣が、罪もない探索者を拘束して暴行、ずいぶん話題になりそうだよなぁ?」
「――っ、それなら私も配信を――」
紗雪は気付いたのだろう、配信用のカメラが鞄にないことに。
ただ、警備の男の態度は一変した。
「おっと、それでは局で詳しい事情を伺いましょう。もちろん、片方をひいきするようなマネはいたしません。両方の意見を聞いた上で公正に判断するのでご安心を」
カメラに撮られる可能性を意識してか、男が丁寧な口調で言い放つ。――と、そこにさらに管理局の警備がぞろぞろとやってきた。
「は? なんでほかの警備が? まぁいい。――いま、彼女がほかの探索者を拘束、暴行を加えているところを目撃、これから拘束するところだ。おまえ達、協力してくれ!」
警備の男が、増援に事情を話す。
――けれど、拘束されたのは彼の方だった。続けて、グレイプニルの鎖に捕らわれた男達も、そのままの状態で拘束されていく。
「お、おい、どういうことだ! なぜ俺を拘束する!」
警備の男がわめく。
その男のまえに、増援にきた警備の一人が配信の魔導具を突きつけた。ダンジョン配信ではなく、地上にいる人間と通話をするためのものだ。
『ふむ。勤務歴二年か。管理局の人間を名乗るだけの偽物だったのならよかったんだがな。貴様、よくも管理局の顔に泥を塗ってくれたな?』
「あ? 誰だてめぇ! なんで俺のことを――って、まさかおまえ、いえ貴方は!?」
『俺が誰か気付いたようだな』
「し、獅子原支部長がなんで!? ――っ、私になんのご用でしょう?」
『いまさら取り繕っても無駄だ。おまえの悪事は全部ライブで配信されてたからな』
獅子原さんがそう言うと、増援の男がもう一つのウィンドウを開いた。それは、さきほど私がクイックスタートで配信を開始した、紗雪のライブ映像だ。
配信を再開したのは襲撃の直前で――当然、いまこの瞬間も映像が流れている。
「――なっ!? てめぇら、配信の終了を確認しなかったのか!?」
警備の男が声を荒らげる。それがトドメとなった。
彼はしっかりと拘束されて、どこかへ連行されていった。
と、そこで警備の一人が私に視線を向ける。
「……わん?」
「いえ、その、彼らを連行したいのですが……」
そう言って増援が視線を向けた先には、グレイプニルの鎖に問われた男達。
「わん!」
彼らが既に別の手段で拘束しているのを確認して魔術の拘束を解いた。
「感謝します」
警備はそう言って会釈すると、男達をどこかへと運んでいった。
という訳で――
「わんっ!(一件落着、だね!)」
私は自信満々に吠えた。
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