エピソード 2ー5 そのとき彼は言った「食べてよし!」
紗雪はダンジョンブレイクで両親を失った、私と似た境遇の女の子だ。しかも私に救われたとことずっと覚えていて、殺人容疑を掛けられた私のことを信じてくれている。
紗雪、いい子!
という訳で、私は紗雪を全力で護ると誓った。
でも、私はいつ正体を暴かれ、瑛璃さんに連れ戻されるか分からない。だから、それまでに、紗雪を誰にも負けないように育成するのが当面の目標だ。
なので、魔物は片っ端からグレイプニルの鎖で拘束していった。ラストアタックを譲れば、紗雪をレベルアップさせられると思ったからだ。
だけど――
「ユリア、過保護すぎ! 私のやることがなくなっちゃうじゃない!」
「……わん?(なにを言ってるの??)」
小首を傾げたら、このままだと養殖になっちゃうと力説された。けど、それは紗雪の勘違いだ。レベルだけ上げれば養殖になってしまうけれど、自ら研鑽を重ねれば問題はない。
重要なのはレベルを上げた後の行動だ。
ただ、いまの私はそれを説明する手段を持たない。ひとまず、紗雪の思うようにするのがいいだろうと従うことにした。結果、紗雪はフロアボスの一撃を食らって吹き飛ばされた。
推測だと、アルケイン・アミュレットのシールドが削れたのは二割くらいだろう。
だけど――
「わん!(紗雪のスカートが翻ったでしょ!)」
たとえ下に穿いているのがスパッツだったとしても、カメラに映り込んだら拡散されるのは目に見えている。そんなことになったらどうしてくれるんだと突撃。
フロアボスの片足を叩き折った。
「わんっ!(ぶちのめすわよ!)」
警告するけれど、フロアボスの戦意はまだ失われていない。私が一歩を踏み出すと、フロアボスもまたまえに出た。真正面からぶつかる私とフロアボス。
結果、仰け反ったのはフロアボスだった。
ぶつかる瞬間、戦技で足場を作り、フロアボスの質量を撥ね除けたのだ。
そうして地面に降り立った私は続けて床を蹴り、フロアボスの顎に右前足を叩きこんだ。脳を揺らされたフロアボスは気絶して動かなくなる。
そのまま倒れたフロアボスの背中に乗ってトドメを刺せと催促すると、紗雪は視線を彷徨わせた後、なんとも言えない顔でフロアボスに剣を突き立てた。
「……わ、わーい! フロアボスの撃破に成功したよー」
棒読みだった。
まあ……配信者として見栄えを気にするのは分かるけどね。
でも、紗雪の動きを見た感じ、中層のフロアボス程度に後れを取るレベルじゃなかった。なのにあんな一撃を食らったのはきっと、急激なレベルアップに馴染んでいないせいだ。
……やっぱり、ある程度レベルを上げてから、一気に身体を慣らす訓練をした方がいいと思うんだけどね。
でも、配信を考えると……そうもいかないのかな?
そんなことを考えながら、紗雪がフロアボスのドロップを回収するのを見守る。
本当は異空間収納に死蔵しているあれこれを、ドロップしたように見せかけて渡したいんだけど……さっきの宝箱と違ってごまかせないんだよね。
いつか機会があったらなんとかしよう、とか考えているうちに、紗雪はドロップの回収を終えた。それから、リスナーに上層へと戻る旨を伝える。
雑談をしながらの帰還。
その途中で、私はいくつかのこそこそと動く気配を察知した。
ブラウンガルムじゃないし、イレギュラーの魔物でもない。
この気配は人間だ。
ダンジョンでほかの探求者と出くわすのは珍しくない。
ましてや、紗雪は人気配信者だ。道中で声を掛けられることも珍しくないし、リスナーが場所を特定して突撃してくると言うこともあるだろう。
ただ、今回の気配は複数で、さきほどからこちらの様子をうかがう素振りを見せている。ただのファンにしては動きが不穏だと警戒する。
そんな中、「という訳で、今日の配信はここまで!」と、紗雪が配信を終了。配信用のデバイスを取り外した。直後、周囲に潜伏している者達が動き始める。
あ、これ、ダメな奴だ。そう判断した私はカメラをしまおうとしている紗雪に飛びかかった。そのまま押し倒して紗雪の上にのしかかる。
「ひゃんっ! ちょっと、ユリア? くすぐったいよ!」
紗雪に頬ずりをして注意を引きながら、転がり落ちたカメラをたぐり寄せて肉球で操作する。ダンジョン配信用のカメラはショートカットですぐに配信を開始できるから便利だ。
そうして配信が開始するが、紗雪は既に配信用のデバイスを外しているので、紗雪の視界にコメントが映ることはない。
「くすぐった! もう、ユリア、ダメだって! ……メッ、だよ!」
両脇から手を入れられて抱き上げられた。
でも、配信の開始には成功した。
ほどなく、曲がり角の向こうから三人組の探索者が現れた。
荒々しい雰囲気を持つ連中で、私の知らない顔だ。
追っ手かどうかは分からないけれど、少なくとも私の知る星霜ギルドのメンバーじゃない。
とはいえ、油断は出来ない。私の正体をいぶかしんでいる瑛璃さんが、探りを入れる意味で送り込んだ末端という可能性もあるから。
そんな連中が嫌な笑みを張り付かせながら近づいてきた。
「よう、嬢ちゃん、ずいぶんと景気がいいみたいだな」
「……誰ですか?」
紗雪は私を横に下ろし、いつでも腰の剣に手を伸ばせるようにする。そうして警戒心をむき出しにするも、男達はさらに距離を詰めてきた。
「俺達にもその幸運をお裾分けしてくれよ」
「そこで止まってください。それ以上近づいたら大声を上げますよ」
「大声か。上げてみろよ。近くの通路は仲間が見張ってるから助けは来ねぇぜ」
「――っ」
紗雪がびくりと身を竦めた。
その横で私がうなり声を上げる。
「おっと、そういや白いもふもふがいたな。だが、残念だったな。その白いもふもふの対策はネットで調査済みだ。――おい」
リーダー格らしい先頭の男が隣の男に指示を出した。
「ああ、もちろん用意してきたぜ」
呼ばれた男が鞄の中に手を突っ込んだ。
……なにかしら?
魔導具や使い捨てのアイテムの中には、下層のフロアボスに大ダメージを与えたり、無力化するような強力なモノもある。もし、瑛璃さんがバックにいるのなら油断は出来ない。
そんなふうに警戒していると、男が鞄の中身を取り出した。
……マンガ肉?
男が取り出したのは、骨付きのでっかいお肉だった。
男はそれを私に向かってぽいっと投げた。
コロコロと転がったお肉が私の鼻先で止まる。
「ブラウンガルムにすら効くと言われている強力な睡眠薬入りのお肉だぜ。さあ、存分に食って眠っちまいな!」
彼は得意げに説明すると、勝利を確信した顔で言い放った。
「――食べてよし!」
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