エピソード 2ー4 白いもふもふの育成プラン
モンスターハウスを突破した後、紗雪達は中層のフロアボスを目指してダンジョンを進んだ。途中にベーシックの魔物はもちろん、中ボスなんかも登場する。
だけど――
「――わぉん!」
ユリアが吠えれば、グレイプニルの鎖が魔物を拘束する。そこにベーシックか中ボスかなんて関係ない。ユリアの拘束魔術のまえには、等しく動きを封じられていった。
「わんわんっ!」
いまのうちにトドメを刺して! と言わんばかりに見上げてくる白いもふもふ。可愛いか、可愛くないかで言えばすごく可愛いのだけれど、紗雪はまったくやることがない。
いや、罪悪感に苛まれながら魔物にトドメを刺すという作業はあるのだけれど。
「――って言うか! ユリア、ダメだよ! 私のやることがなくなっちゃうじゃない!」
「……わん?」
なんでと言いたげに首を傾げる。
「ぐぅ……可愛い」
『チョロすぎワロタw』
『むちゃくちゃ頼りになるけど、頼りになりすぎて紗雪が戦えなくなりそうだなw』
「そうなんだよね。……あのね、ユリア。手伝ってくれるのは嬉しいし、トドメを刺させてくれるのも嬉しいんだけど、このままじゃ私、養殖探索者になっちゃうよ……」
養殖探索者。
それは、強い人に魔物を倒させて、ラストアタックなどを譲ってもらうことで経験値だけを稼いでレベルを上げた探索者のことだ。
レベルが高いので一般人よりは格段に強くなるけれど、技術面で同レベルの探索者とは比べものにならないくらい弱くなってしまう。紗雪はそれを危惧しているのだ。
「……くぅん」
ごめんなさいとばかりにユリアが顔を伏せた。
「あ、怒ってる訳じゃないよ。ただ、過保護すぎるのは困るかなって」
『過保護すぎワロタw』
『どっちが主人か分からない件』
――と、紆余曲折あったけれど、次から遭遇した魔物との戦闘では、ユリアはすべての敵を拘束するのではなく、一体だけ拘束せずに紗雪に戦わせるようにした。
『一体だけ残すのかよw』
『教導官かなにかかなw』
『絶対言葉通じてるだろw』
そんなコメントが流れる中、紗雪はベーシックのブラウンガルムと戦闘を繰り広げる。
とはいえ、紗雪は元々ソロで中層を探索できるレベルの探索者だ。ベーシックのブラウンガルムが一体なら敵にはならないと、危なげなく撃破する。
そして――残りの拘束されたブラウンガルムにトドメを刺す作業は変わらない。紗雪が戦った一体以外のブラウンガルムが拘束されて死んだような目になっている。
「……ユリア、もうちょっと私を信じてくれてもいいんだよ……?」
『草しか生えないw』
『って言うか、トドメを刺されるだけのブラウンガルムが、戦って撃破されたブラウンガルムを少し羨ましそうに見てた気がするのは気のせいか?w』
『いや、俺もそんな気がした』
『せめて、戦いの中で散りたかったんだろうなw』
『俺、魔物に同情したのは初めてかも』
『安心しろ、俺もだw』
コメントが流れる中、紗雪が「半分! せめて半分は私に任せて?」と交渉する。ユリアは「わぉん……」と、不服そうな反応をする。
リスナーから『保護者かw』なんてツッコミも入るけれど、紗雪が「ちゃんと訓練しないと、いざというときに逆にあぶないでしょ?」と説得すると「わん……」と応じた。
そうして、紗雪は襲い掛かってきた魔物の半分を相手にすることになった。それでも、もともとソロで中層にいた紗雪は難なく敵を撃破する。
そのまま順調に奥へと進み、フロアボスの部屋へとたどり着く。
「という訳で、ボスに挑んでいくんだけど……ユリア、拘束したらダメだからね?」
「わふ……?」
え? と言いたげな顔。
『いや、さすがにボスは拘束できないだろ……出来るの?』
『イレギュラーで下層のボスを拘束してたからな……』
「ユリア、ホントにダメだからね? さっき言ったよね、私のためにならないって。だから、私がピンチになるまっでは手出し無用だよ?」
『従魔に言い聞かせる紗雪可愛いw』
『普通、言い聞かせる内容が逆なんだよなぁ……』
『なぁ、気付いたんだけどさ。白いもふもふがいたら中層を鼻歌交じりに周回できるだろ? それってつまり、レベルアップも高収入も思いのままってことじゃないか……?』
『トップ層並みに稼げそうだなw』
コメントが盛り上がっている中、紗雪はユリアにボスを拘束しないようにと説得する。ユリアが「わん」と頷くのを確認して立ち上がった。
「という訳で、一人で挑戦してみるね!」
『という訳で(二人だとユリアが瞬殺しちゃうから)』
『という訳で(このままじゃ活躍できないから)』
『という訳で(フラグを回収したくないから)』
「そこ、ホントのことを言われると傷付くんだよ!」
紗雪の本音に、リスナーの笑うコメントがたくさん流れる。
「もう、今度こそ挑戦するからね!」
『はーい』
『紗雪なら大丈夫だと思うけど気を付けてね!』
『がんばれーっ!』
リスナーの声援が流れる中、紗雪が中層のフロアボスに挑む。
中層のフロアボスもガルム種だ。ただし、中層のベーシックとして登場するブラウンガルムよりは二回りほど大きく、体長は紗雪の身長よりも長い。そんなフロアボスと向き合いながら、紗雪は片手で細身の剣を構え、魔術を使って自分の身体能力を上昇させた。
戦姫ユリアと同じ戦闘スタイルだ。
「それじゃ、行くよ!」
剣を身体の後ろに隠し、フロアボスに突撃を掛ける。
間合いに入って横薙ぎの一撃を繰り出すが、後ろ足で立ち上がったフロアボスに回避される。そして次の瞬間、立ち上がっていたフロアボスがのしかかるように倒れ込んできた。
紗雪はこれをバックステップで回避、刹那の攻防は互いに紙一重で凌ぎきった。
続けて紗雪は剣を振るい、スカートを翻して回し蹴りを繰り出す。息を吐かせぬ連続攻撃に、けれどフロアボスも負けじとカウンターの一撃を繰り出した。
再び一進一退の攻防が続く。
『紗雪、がんばれ!』
『全部避けてるけど、見ててヒヤヒヤする』
『紗雪はアルケイン・アミュレットをちゃんと強化してるから、一撃でシールドが破られることはないって分かってるけど、それでもハラハラさせられるよな』
レベルが上がったからだろう。
今日の紗雪はいつもより紙一重で見切って回避している。その分だけ反撃の機会が増え、フロアボスに少しずつダメージを負わせていた。
『……危なっかしいな』
普段なら誰も気に留めずに流れるであろうコメント。
だけど、その投稿者の名前に反応したリスナーがいた。
『あれ、獅子原 征二がいるぞw』
『え、誰?』
『管理局の支部長だよ。白いもふもふの従魔適性検査をしてただろ』
『あぁ、あのおっちゃんか!』
『生きる伝説をおっちゃん扱いかw』
『好きに呼んでくれ。白いもふもふが気になって見に来ただけだからな』
『白いもふもふのファンだったかw』
『それより、獅子原さん、危なっかしいって言うのは?』
『ああ。彼女は中層のフロアボスを討伐経験がるのだろ? 普通、慣れれば余裕を持って回避するはずだ。なのにギリギリで見切っているように見える。レベルアップで無意識に増長しているんじゃないか? だとしたら、思わぬミスをする可能性があるぞ』
獅子原がそういった直後、紗雪がフロアボスの引っ掻き攻撃を紙一重で回避した。そうしてフロアボスに生まれた一瞬の隙に横薙ぎの一撃を振るう。
その一撃が届く――直前、フロアボスが踏み込んだ。
軽自動車並みの質量を持つフロアボスの体当たりだ。とっさに回避しようとするが間に合わず、紗雪は体当たりを食らって吹き飛ばされてしまう。
『あああああっ!』
『大丈夫か!?』
『シールドには余裕があるはずだ、落ち着け!』
紗雪は地面を転がりながらも飛び起きた。すぐさま追撃に備えてフロアボスを睨み付ける。その視界を――白いもふもふが切り裂く。
そして……フロアボスがよろめいた。
前足の片方があり得ない方向に曲がっている。
「……え?」
『ちょ、いまのなんだ? 白いもふもふが画面を横切ったと思ったら、ボスが大ダメージを受けてるんだが?w』
「わんわんっ!」
ユリアは続けてフロアボスに飛びかかった。
フロアボスも負けじと、残った三本の足で前に出る。
互いに一歩も引かず、真正面からぶつかり合った。軽自動車と三輪車くらいの体格差があるにもかかわらず、仰け反ったのはフロアボスの方だ。
そして、地面に降り立ったユリアはジャンプ。
仰け反ったフロアボスの鼻先に迫り、右前足を無造作に振るった。子犬がじゃれたようにしか見えないその一撃は、けれどフロアボスの顎を砕く。
鈍い音とともに、フロアボスは白目を剥いて倒れ伏した。
あっという間の攻防。
ユリアはフロアボスの背中に上り、紗雪に視線を向けてたしたしとフロアボスを叩く。
「ええっと……その、なんというか……ありがとう?」
色々と言いたいことを飲み込んで、ユリアにお礼を言う。けれど、とうのユリアは早くトドメをと言わんばかりに、気絶したフロアボスの背中をたしたし叩いている。
『白いもふもふが強すぎる件w』
『やっぱりフラグだったじゃねぇかw』
『でも拘束はしなかったな。殴り倒したけどw』
『とんちかよw だとしたら絶対言葉を理解してるじゃねぇかw』
『中層のフロアボスじゃ相手にならないなw』
『質量w なんでぶつかり合って勝つんだよw』
『それより、トドメがさきだ。意識を取り戻したらやっかいだぞ』
「そ、そうだね。じゃあ、その……えい!」
気絶したフロアボスに剣を突き立てた。ビクンと震えて絶命するフロアボス。紗雪の中にフロアボスのラストアタックを含む経験値が流れ込んでくる。
「……わ、わーい! フロアボスの撃破に成功したよー」
『棒読み再びw』
『まあ、お疲れw』
『無事でよかったー!』
こうして、紗雪とユリアによる、中層のフロアボスの挑戦は無事に終わった。
当然のように、すごい勢いで切り抜きが拡散されていったという点を除けば。
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