エピソード 4ー2 白いもふもふは分身しない。代わりに……

 紗雪は私を抱っこしたまま結愛の部屋を訪ねた。


「結愛、さっきはごめん」


 その問いに返事はない。

 それでも部屋の中に結愛がいるのは間違いない。紗雪は扉越しに「ほら、お姉ちゃんざこざこだから、ちょっと言い方を間違っちゃって」と訴えた。

 部屋の中からボスンと、布団を殴るような音が聞こえてくる。

 それからほどなく、結愛が扉の隙間からちょこんと顔を覗かせた。


「……お姉ちゃん、もしかして私のこと、馬鹿にしてる?」

「ちがっ、違うよ! 正直びっくりしたけど、別に笑ったりしないよ。それに、配信者が視聴者を集めるのがどれだけ大変か、私はよく知ってるから」

「……そう、だよね。私こそごめん。入っていいよ」


 結愛はそう言って扉を開いてくれた。

 案内された結愛の私室は普通に可愛らしい。これがあのメスガキちゃんの部屋か~とか考えると笑いそうになるので我慢。私は何食わぬ顔で、ソファの上にお座りした。

 紗雪と結愛もローテーブルを挟んで向かい合って座る。


「それで……なんのよう?」

「単刀直入に言うわね。貴女がダンジョンに潜るときはユリアを連れて行きなさい」

「えっと、そのつもりだったけど、もしかして、お姉ちゃん……」


 ユリアを連れていかないつもりなのかと、結愛が警戒する素振りを見せた。それに気付いた紗雪が慌てて「あぁ、違うよ」と否定する。


「私がダンジョンに潜るときもユリアは連れていくよ」

「……ええっと、ユリアって分身できるの?」

「わふ!?」


 予想外の言葉にびっくりする。たしかに、私が分身して二人についていけば問題は解決だよね。いや、さすがに分身はできないけど。


「いやいやいや、さすがのユリアも分身は無理だと思うよ。じゃなくて、私が言いたいのは、交互にダンジョンに潜ればどうかなってこと」

「え、でも、そうするとお姉ちゃんの配信頻度が下がっちゃうんじゃない?」

「多少はね。でも、もとから毎日配信してた訳じゃないから大丈夫だよ」


 紗雪の提案に結愛が少し考える素振りを見せる。

 たしかに悩みどころだよね。紗雪が危険な目に遭う頻度は下がるかも知れないけれど、配信頻度が減れば間違いなくいまよりは人気が落ちる。

 それは結愛の望むところじゃないだろう。


 だったら――と、私はソファの上から飛び降りた。

 それから「わぉん!」と吠える。

 すると、私の影の中からキツネが跳びだしてきた。


「え、キツネ!?」


 紗雪がとっさに警戒態勢を取る。


「わん!(お座り)」


 私が吠えると、キツネはすぐにお座りをした。

 この子は私がとあるダンジョンの最深部でテイムした九尾の狐だ。


「え、可愛い!」


 結愛が九尾の狐のまえに膝を突いて、そっと手を伸ばした。


「結愛、危ないわよ!」


 紗雪が慌てて結愛を止めた。

 私は大丈夫だよという意味を込めて、紗雪の足をたしたし叩く。


「……もしかして、ユリアの友達?」

「わん」


 正確には従魔だけど、まだ従魔登録はしていない。瑛璃さんと喧嘩をして飛び出す直前に使役したので、登録する暇がなかったのだ。

 でも、ちょうどよかったかも知れない。


「わん!(結愛――その子を護りなさい。ただし、私の許可なく人間の姿になっちゃダメよ。絶対びっくりされるから)」

「きゅい!」


 命令を意志に乗せると、それに応じる声が返ってきた。言葉自体は通じないけれど、たぶん「任されてあげるわ」とでも言っているのだろう。

 彼女はおっかなびっくり伸ばされた結愛の手にすり寄った。


「わぁ、可愛い!」


 結愛が九尾の狐を抱き上げる。


「ねえ、ユリア。この子の名前はなんて言うの?」

「わふ?」


 そういえば名前をつけてなかった。どうする? 結愛につけてもらう? と意志を飛ばせば、九尾の狐はそれに応じるように頷いた。

 九尾の狐がたしたしと結愛を叩く。


「……もしかして、私が名前をつけてもいいの?」

「きゅい!」


 九尾の狐が応じると、結愛は紗雪にも視線で同意を求めた。


「ええっと……まあ、ユリアが問題なければ?」

「あ、そうだよね。ユリア、私が決めてもいいの?」

「わん!」


 可愛い名前をつけてあげてと吠える。

 結愛は「それじゃあ……」と少し考え込んだ。


「そうだ、こゆきにしよう!  玉藻野(たまもの)こゆき」


 まさかの名字付き。

 ……まあ、人間の姿にも変身できる女の子だから問題はないかな? 貴女もそれでいい? と九尾の狐に意志を飛ばすと、「きゅい!」と応じる鳴き声が上がった。


「よーし、それじゃ貴女は今日からこゆきね!」

「きゅいきゅい!」

「かーわーいーいーっ!」


 結愛がこゆきを抱きしめて頬ずりしている。

 その姿は見ていて微笑ましい。

 そうして眺めていると、不意に結愛と目が合った。


「ねえユリア、この子、私がダンジョンに連れて行ってもいいの?」

「わん!」


 もちろんと応じるけれど、それに慌てたのは紗雪だ。


「え、ちょっと待って。結愛、その子は戦えるの?」

「じゃないかな? だって、ユリアが分身したら――って話してたときに、ユリアが呼び出したんだよ? これでただ可愛いだけ、なんてことある?」

「そう言われるとたしかに……え? じゃあこの子、ユリアと同じくらい強いの?」


 紗雪が信じられないと言いたげな顔で私とこゆきを見比べた。



 という訳で、明日の放課後、ダンジョンでこゆきの実力を確認することになった。それを聞いた私は、紗雪と結愛が寝静まった後、こゆきを自分の部屋へと招いた。

 そこで私は変身を解いて人の姿に戻る。私は異空間収納から出したワンピースを纏い、こゆきにも元の姿に戻るように命じる。


 それに応じ、こゆきが人間の姿に変身する。

 ネープルスイエローの髪と瞳。好奇心が旺盛そうな小学生くらいの――つまり、私よりも小さな女の子が現れた。

 そんな彼女がツンとして、肩口にこぼれ落ちたロングヘヤーを手の甲で払い除ける。


「久しぶりね、ご主人様。このまま呼んでくれないのかと思ったわよ」

「悪かったわね、色々あったのよ――と、まずは服を着なさい」


 異空間収納から、手頃な私のワンピースを取り出して渡す。私のだから少し大きいかも知れないけど、まぁいまだけだからいいでしょう。


「あら、ありがとう。……うん、ちょうどいいサイズね」


 彼女はワンピースを身に着けてそう言った。

 ……そ、そう言えばこのワンピース、買ったのは一年くらいまえだったよね。だから、いまの私にはちょっと小さすぎたような気がする。

 ということで、気に入ったのなら上げるわとプレゼントした。

 閑話休題。


「それで、貴方を呼び出した理由だけど、結愛のことを護って欲しいの」

「いいわよ」


 さっきも思ったけど、九尾の狐が素直に応じるのは少し意外だ。いまでこそ大人しいけれど、深淵のボスとして私のまえに立ちはだかったときはかなり凶暴だったから。


「もしかして、あの子のことが気に入った?」

「ええ。ご主人様と違って、護りがいがありそうだもの」

「そう、なら結愛と結愛が大切にするものを護りなさい。私は基本、紗雪の側にいるから」

「了解、全力で護るわね」


 ――と、そこで私は気付いた。

 これ、私と同じミスをするパターンだと。


「こゆきに言っておくことがあるわ」

「……ん?」

「全力を出すのは止めなさい。絶対、騒ぎになるから」


 私を見習ってちゃんと手加減するのよと言い聞かせた。

 

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