エピソード 4ー1 結愛@配信切り忘れ?

 リビングに行くと紗雪が待ち構えていた。

 これ、もしかしてダンジョンに行ったのがバレた? と、私はもちろん、たぶん結愛も思った。だけど、紗雪の言葉は私達の予想を超えていた。


「結愛、落ち着いて、まずは配信を切りなさい」

「……え? はい、しん?」

「そう、配信」

「……配信は終了したよ? だって、コメントとか、ちゃんと消えてるもん」


 現実を否定するように、結愛は首を横に振った。


「結愛、たぶんそれ、配信用のデバイスを外しただけ。配信自体は終わってないから」

「そ、そんなはずは……」


 そう言って、配信用のデバイスを装着する。

 刹那、結愛の顔が真っ青になった。たぶん、紗雪の言うとおり、配信が切れてなくて、いま彼女の視界にはコメントが見えているのだろう。

 そういえば、デバイスは外したけど、カメラは止めなかったもんね。


「うぇぇえぇぇぇぇぇええぇぇぇえええええええええええええええ、なんでええぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇええぇぇぇぇぇぇっ!?」


 結愛は悲鳴を上げて四つん這いになった。

 ……分からせられるの、早かったなぁ。


 そんなことを考えていると、結愛は「ふ、ふふふ」と笑いながら立ち上がった。それから虚空(たぶんそこにカメラがある)に視線を向けて小悪魔のような笑みを浮かべる。


「な、な~んてね! わざとに決まってるじゃない。ふふん、引っ掛かった? これだから先輩達は、チョロすぎですよ? ざーこ、ざーこ、ということで、今回はここまで!」


 結愛はそう捲し立て、今度こそ配信を切った。それを目にした紗雪がなんとも言えない顔をしている。


 ……衝撃だよね、結愛のこのキャラは。

 と、紗雪が固まっていると、結愛が不意に頭を下げた。


「お姉ちゃん、ごめんなさい」

「え? あ、いや、まぁ……色々と言いたいことはあるけど、誰でも、そういう失敗はあるから気にしなくていいよ。幸い、カメラのプライバシーモードはオンになってたみたいだし」

「うん、そこは最初に確認したよ。万が一があったら困るからね」

「……万が一、早かったねぇ」

「うぐぅ」


 紗雪の容赦ないツッコミが結愛の心をえぐった。

 ちなみに、プライバシーモードというのは、ダンジョン外に出ると背景が別の背景に差し替えられて、現在地が分からないようになるモードのことだ。紗雪が自宅で配信するときなどに使っている機能である。


「それよりお姉ちゃん、もしかして私のせいで迷惑とか掛けちゃった?」

「え? うぅん、それは大丈夫。それどころか、なんかすっごいバズってて、チャンネル登録者数がいまも増えてるよ。結愛も増えてるんじゃない?」

「そっか、よかった……」


 結愛は安堵の息を吐いて俯くと小さく笑った。……って、ちょっと待って。

 いま、背筋がゾクッとした。


 結果的に、紗雪と結愛のチャンネル登録者数が増えたんだよね? そして、それはたぶん、結愛と紗雪が姉妹だという事実や、二人が苦学生で、しかも姉妹で支え合っているといった事情が、配信切り忘れという不慮の事故で明らかになったから、だよね?


 ……まさか、わざと配信を切り忘れた、とか言わない……? いや、さすがにそんなことはないか、ないよね?


 でも、結愛はさっき配信で堂々と『わざとに決まってるじゃない。引っ掛かった?』と言ってた。実は、誤魔化したように見えたあの発言こそが真実という可能性も……ある?


 ……え、怖!

 っていうか、これ知ってる! 結局どっちかわからなくて本人に聞いたら、夕陽をバックに後ろ手を組んで前屈みに「ふふっ、先輩はどっちだと思いますか?」ってあからめた顔で聞き返されて、結局答えがわからないやつだ! 瑛璃さんの蔵書で見たことある!


「それはそうと、結愛、とりあえず――正座」

「……ふえ?」

「ふえ? じゃない。結愛、ダンジョンに行ったでしょう?」

「う、それは……その……ごめんなさい」


 結愛がリビングの絨毯の上で正座する。


「どうしてダンジョンに行ったの?」

「それは……お姉ちゃんのお手伝いが出来るようになりたくて」

「必要ないって言ってるのに……」


 紗雪が溜め息を吐く。だけど頭を振って、「仕方ないわね」と微笑んだ。


「……お姉ちゃん?」

「私はいまでも、結愛に危ない目に遭って欲しくないって思ってるよ。でも、結愛はダンジョン配信者になりたかったんだよね? こんなのを見せられたら、ダメなんて言えないよ」


 紗雪がそう言ってテレビを付けた。そこには、配信が終了して停止した動画投稿サイトの画面が表示されている。

 紗雪はそこにリモコンを向け、『最初から再生』を押した。


『――いえーい、みんな、見てるー? JC配信者の結愛だよ。みんなには、デビュー当時から結愛を推してる先輩という称号を上げちゃうから感謝しなさいよね!』


 小生意気な結愛のセリフが静かなリビングに大音量で再生された。


「結愛がこんなキャラになりたいって思ってるなんて知らなかったよ」

「い、いや、それは、その、知らないままでいて欲しかったというか、なんというか……」


 結愛の顔がみるみる赤くなり、彼女の視線があちこちに彷徨い始めた。紗雪は「それに――」と少しだけ動画を先に進める。


『ばーかばーか、そんなセンシティブなシーンを見せる訳ないでしょ? 私は先輩達と違って慎重なの。まずはしっかり一層で訓練して、二層に行くのはそれからよ』


「なんだかんだ言って、ちゃんと安全に気を遣ってるみたいだから安心もしたよ。配信中には姿が見えなかったけど、ユリアが側にいたんでしょ?」

「そ、それは、そう、なんだけど……」


 羞恥が限界なのか、結愛の目がぐるぐると回り始めた。


『な、な~んてね! わざとに決まってるじゃない。ふふん、引っ掛かった? これだから先輩は、チョロすぎですよ? ざーこ、ざーこ、ということで、今回はここまで!』


「まあ私は恥ずかしくて出来ないけど、結愛はがんばってると思うよ。だから――」

「――おっ、お姉ちゃんのばかあぁあぁぁぁあぁっ!」


 結愛はものすごい勢いで自分の部屋へと掛けていった。

 ……分からせられるの、やっぱり早かったなぁ。

 

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