もふもふ姿で逃亡中の戦姫様、ダンジョンでストレス発散しているところを配信されてバズってしまう

エピソード ３ー１０ 白いもふもふは肉を焼く

「はぁ……恥ずかしかった」

　ぺたんとダンジョンの床に座り込んだ結愛が、手の平で風を送り、火照った頬を冷ます。というか、小生意気なスタイルは完全に予想外だった。

　いや、キャラ付けとしてはそれなりにちゃんと出来ていたと思うけれど、もとの性格と乖離しすぎじゃないかな？

　そんなことを考えつつも、私は結愛のもとへと駆け寄った。

「ユリア～」

　結愛が私を抱き上げ、そのままギュッと胸に抱き寄せた。

「はぁ～、緊張したよ～。キャラを作るのがあんなに大変だとは思わなかった。というか、お姉ちゃん、いつもこんな大変なことをがんばってるんだね」

　結愛が私を抱きしめたままぽつりと呟く。

　そこに、側で見守っていた瑛璃さんが歩み寄ってきた。

「結愛、お疲れ様、よく頑張ったわね」

「瑛璃さんも、初配信を見守ってくださってありがとうございます」

「さっきも言ったけど、これもお詫びの一環だから気にしなくていいわよ。ただ、さっきのキャラには驚いたけどね」

「あはは……あれは、訳があるんです」

　ぺたんと座ったまま、結愛がそう言って苦笑する。

「なにかあるの？」

「……その、瑛璃さんは、うちの事情をご存じですか？」

「ええ。姉がダンジョン配信で二人の生活を支えているのでしょ？　三年前のダンジョンブレイクでご両親を失ったのよね」

「ですです。お姉ちゃん、最近はすごく成功してて、以前よりたくさん稼げるようになりました。でも、何度も死にかけてて……」

「ダンジョンは危険なところだからね」

　その言葉に、結愛は少し悲しげに頷いた。

「私は少しでもお姉ちゃんの助けになりたい。そのためならなんだってする。でも、それで私が危ない目に遭ったら、お姉ちゃんが心配しますよね？　だから、心配掛けないようにするにはどうしたらいいか？　その答えがこれなんです」

「……なるほど。キャラクターの魅力で盛り上げるって訳か」

　まぁたしかに、無難な性格の子が、無難なところで狩りをしてても、配信者としての人気は出にくい。戦闘で無理をしないのなら、ほかでがんばるしかないというのはその通りだ。つまり、結愛は紗雪を心配させないために小生意気なスタイルで配信をしているのだろう。

　……まあ、別の意味で心配させそうなんだけどね。

「そんな訳だから、もう少し訓練をしてもかまいませんか？」

「ええ。もちろんかまわないわ」

　――という訳で、結愛は引き続きボアを狩る練習を続けた。

　私はそれを横で見ているのだけど、やっぱり筋がいい。目に見えて剣の扱いが上達している。

　それに伴って魔石の効果も引き出しているようで、攻撃をするたびにボアが爆散したり、炎に包まれたり、なんかヤバいことになっている。なにより、配信のときはキャラが強烈すぎて気付かなかったけれど、結愛は一生懸命にがんばっている。

　結愛は護られるだけのお姫様じゃないんだね。なんてことを考えながら結愛を眺めていると、彼女が何体目かのボアを倒したときにドロップ品が落ちた。結愛はそれを拾って駆け寄ってくる。

「ユリアユリア、ボアがお肉をドロップしたよ！」

「わん！（おめでとう！）」

　一層でお肉がドロップするのはちょっとだけ珍しい。

　ちなみに、そこそこ美味しかったりする。

「でもこれ、どうしよう。持って帰ったら、どこで手に入れたのかとか、お姉ちゃんに聞かれるよね。そうしたら、私がダンジョンに行ったことがバレちゃう」

「わん（そうね）」

　さすがにそれはまずい。

　少し考えた結愛は、私に向かって生肉を差し出した。

「ユリア、食べる？」

「……くぅん（生肉は食べたくないよ）」

　首を横に振る。

　焼いてあれば食べるけど――っと、そうだ！　私はグレイプニルの鎖を発動、私の顔の高さより少し高い位置に、細めの鎖を網目状に張り巡らせた。

「……ユリア、なにをしてるの？」

「もしかして、お肉をここに置けって言ってるんじゃない？」

「わんっ！」

　瑛璃さんの言葉に肯定の意を示す。

「お肉……ここに置くの？　これでいい？」

　それを見届け、私はお肉の下で炎の魔術を弱めに発動した。

「――えっ、ユリア、もしかしてお肉を焼いてるの……？」

「わんっ！」

　じゅーっと、お肉の焼ける音が聞こえてくる。懐かしいな。私も駆け出しのころは、食費を浮かそうと一層でお肉を焼いたものだ。

　というか、探索者の多くがそういう経験をしている。

　後は――と、私は瑛璃さんの足をたしたし叩く。

「……え？　どうしたの？」

　瑛璃さんが私のまえにしゃがみ込んだ。私は瑛璃さんにしか見えないように、こっそりと塩胡椒とフォークを異空間収納から取り出した。

「……ちょ、まさかと思うけど、これを私が？」

「わん！」

　すごく物言いたげな目で見られる。その視線を受け止めていると、瑛璃さんは溜め息を吐いた。それからこほんと咳払いを一つ。

「あ、そうだった！　私、こんなこともあろうかと、塩胡椒とマイフォークを持ち歩いてるのよ！」

　……すっごい棒読みだ。というかマイフォークって。もうちょっとほかに言い様はなかったのと見上げると、結愛から見えない角度で頭をぐりぐりされた。

「え、塩胡椒ですか？」

「ボアのダンジョンに挑むと聞いてたから、焼き肉をする機会もあるかなって」

「……ええっと、よく分かりませんが、使わせていただきますね！」

　ということで、結愛がお肉に塩胡椒を振りかける。そうしてお肉を焼いているあいだ、ときおり探索者が微笑ましいものを見るような目をしながら通り過ぎていった。

　やっぱり、ダンジョンでお肉は定番だよね～

「うわぁ、美味しそうな匂いがしてきたよ！」

　結愛の声で我に返ると、香ばしい薫りが漂ってきた。それを確認した私はタイミングを見計らい、グレイプニルの鎖を操作してお肉をひっくり返す。あとは、どうやって切り分けようと思っていたら、瑛璃さんが短剣でお肉を切り分けてくれた。

　私はそれを横目に、焼き加減がちょうどになったところで火の魔術を止める。

「焼け具合はよさそうね。それじゃ、結愛、最初の味見、どうぞ」

「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて！」

　結愛はフォークを使ってお肉を頬張った。

「～～～っ。このお肉、塩もなにもつけてなくても美味しいっ」

　彼女はそう言って幸せそうな顔をすると、今度は私にお肉を差し出した。

「ユリアも、あーん」

「わん」

　結愛の差し出したお肉を咥え、パクリと頬張った。口の中にじゅわっと肉汁が広がる。塩胡椒だけで味付けされたお肉は、だからこそ素材の旨味が強く感じられた。

　……うん、久しぶりに食べたけど、すごく美味しい。でも、上層のお肉ってここまで美味しかったっけ？　下層に行くほど、ドロップ品の品質は高くなるはずだけど……

　と、二人と出会うまえの私は、ほとんど一人で食事をしていたことを思い出す。

　そっか、美味しく感じるのは、誰かと一緒に食べるからか。

「瑛璃さんもどうぞ」

「じゃあ一口だけ。～～～っ、焼き加減が最高ね。上層のお肉もなかなか美味しいじゃない」

　そう言ってチラリと私を見る。

　私はもちろん聞こえないふりで視線を逸らした。

「ユリア、一緒に食べるお肉、美味しいね」

「わん！」

「いつか、お姉ちゃんとも一緒にお肉、食べたいね」

「わんっ！」

　そのときはきっと、いまよりももっとお肉が美味しく感じられるだろう。そんなことを考えながら、残ったお肉を三人で平らげる。

「ん～、美味しかった。瑛璃さん、ありがとうございました。ユリアも、ありがとね」

「どういたしまして」

「わん！（ごちそうさまでした）」

　こうして、結愛の初探索は無事に終わった。だけど、そのまま帰路についた私と結愛は気付かない。結愛のチャンネル登録者数がポツポツと増え始めていたことに。

　そして――

「結愛、落ち着いて、まずは配信を切りなさい」

　帰った私達を出迎えたのは、リビングで待ち構えていた紗雪だった。