エピソード 3ー8 結愛の目的は……

 探索者になりたい。

 結愛のその言葉に、嵐華さんはわずかに表情をこわばらせた。


「それをわたくしに相談すると言うことは、つまり……」

「はい。お姉ちゃんには反対されています」

「そう、ですか……」


 現代においては、たとえ未成年だったとしても、探索者になるのに保護者の許可などは必要ない。それが、ダンジョンブレイクを防ぐために必要なことだから。


 ただし、ダンジョンに入るには、アルケイン・アミュレットや武器を用意する必要がある。それらは親の力なくして手に入れるのは難しい。

 つまり、実質的には親の許可が必要になる、というのが現状だ。


 紗雪の場合は両親がいないので、自分ですべて用意することで問題をクリアした。だが、紗雪が反対している限り、結愛が自力で入手するのは難しい。


「なぜ探索者になりたいのか、理由をお聞きしても?」

「お姉ちゃんばっかりリスナーにちやほやされてズルい……っ」


 拳を握りしめて言い放った。その言葉を聞いた私は『……なんて?』と思った。


「……すみません、結愛さん、もう一度言ってくださいますか?」

「はい。私もお姉ちゃんが探索者になったのと同じ歳になりました。だから、いつまでもお姉ちゃんに護られるだけの妹でいたくないんです」

「わん……」


 結愛、そんなことを思っていたのね。

 ……とはならないからね?

 さっきと言ってること違うじゃない! そう思ったのは嵐華さんも同じだったようで、「……どちらが本音ですか?」と聞いた。


「どっちも私の本音です。みんなのまえで堂々と話すお姉ちゃんを見て羨ましいってずっと思ってました。でも、お姉ちゃんが危ない目に遭っているのは知っているし、少しでも助けになりたいって思うのも本音です」


 そういう結愛の言葉に嘘は感じられない。まあ……ようするに、紗雪の手伝いをしたいと思っているということでいいのよね、たぶん。


「……事情は分かりました。ですが、探索者以外の道でも、貴方の目的を果たすことは出来るのではありませんか?」


 嵐華さんの言うとおりだ。たとえちやほやされたいのが本音だとしても、ダンジョン配信者になる必要はない。そう思っていたら、結愛が私の耳を押さえた。


「……わふ?」


 どうしたのと思っていると、結愛はそのままの状態で話を再開する。


「ユリアを譲って欲しいって連絡が、お姉ちゃんのもとに毎日のように届くんです。もちろんお姉ちゃんは断っているけど、強引な手段を執る人もいると思います」

「……その可能性は否定できませんね。ですが、ユリア様をどうこうできる人間はほとんどいないでしょう。それは紗雪様にいたっても同じことです」

「だと思います。でも……私は?」


 その問いに嵐華さんはピクリと眉を跳ね上げた。


「ユリアを従わせたければ、お姉ちゃんを従わせればいい。そしてお姉ちゃんを従わせたければ、私を従わせればいい。そう思う人がいないって……言い切れますか?」

「……いいえ、あり得ない話ではありませんね。ですが――」


 紗雪や私が結愛を護る。

 嵐華さんがそう言おうとしたのを結愛が遮った。


「私はそうやってお姉ちゃんに守られるだけなのは嫌なんです」


 結愛、そんなふうに思ってったんだ。

 ……というか、これ、私が聞いててもいいのかな?

 私は聴覚を強化するスキルがあるから、耳をふさがれてても周囲の声って聞こえるんだよね。気遣ってくれたのになんかごめん、とか思っていたら、結愛は私の耳から両手を離した。


「それに、さっきも言いましたけど、私はダンジョン配信者になりたいんです」

「……お気持ちは理解いたしました。ですが、創世ギルドとしましては、紗雪様の機嫌を損ねることはいたしかねます」


 紗雪の意志に反することは出来ないと嵐華さんは結論づけた。けれど、結愛にとって、その答えは想定のうちだったようだ。


「つまり、お姉ちゃんの機嫌を損ねないのなら協力してくれると言うことですね?」

「……それは、もちろんです。けれど、紗雪様の意志に反すると分かっているからこそ、貴女はわたくしに相談をしているのではないですか?」


 嵐華さんの言うとおりだ。

 紗雪は結愛をダンジョンに入らせないように立ち回っていた。それなのに、嵐華さんが結愛をダンジョンにいけるように手伝ったとなれば、決してよい感情は抱かないだろう。

 結愛はその答えとして私を抱っこした。


「ユリアを護衛に連れていきます」

「……わふ?(え、私?)」

「お姉ちゃんが後から知ったとしても、ユリアが一緒だったなら許してくれると思うんです」


 いやいやいやと、心の中で突っ込んだ。

 いくら姉妹とはいえ、他人の従魔を連れていくとか聞いたことない。そもそも、従魔がいれば安全とかいう問題じゃない。なにがあるか分からないのがダンジョンだ。

 少なくとも、紗雪はそう思うはずだ。


「……たしかに」


 いや、たしかに、じゃないよね? なんで納得してるのよ? そんなふうに思っていると、結愛が私の身体をクルリと回転させ、正面から目をじぃっと覗き込んでくる。


「ね、ユリア、お願い。お姉ちゃんの足を引っ張りたくないの」

「わ、わん(それは、分かるけど……)」

「だから、ね? 私が強くなれるように手伝って」

「……くぅん(わ、分かったわよ)」


 結愛は私が原因で危険に晒されている。

 なのに、結愛は私を責めなかった。どころか、私に聞こえないように配慮までした。それなのに、協力できないなんて言えるはずがない。

 だからと応じると、結愛は「ありがとう!」と私を胸に抱きしめた。


 ……あぁ、絶対後で紗雪に怒られる。

 でも……仕方ないか。

 紗雪が結愛を心配するように、結愛も紗雪の心配をしてるもんね。


 それに、結愛の考えも間違ってはいない。

 探索者と一般人のあいだには身体能力にかなりの開きがあるし、アルケイン・アミュレットの有無だけでもかなり違う。


 結愛がダンジョン探索者になった方が人間による襲撃に対する危険度は下がる。そしてダンジョン内での危険については、私が見張っている限りは問題ない。


「という訳です。嵐華さん、改めて協力してくれませんか? もちろん、必要な経費とかは後で必ず返しますから」

「……いえ、その辺りは問題ありませんし、ユリア様を同行させるというのなら協力もやぶさかではありません。ただ、ユリア様は普段、紗雪様がお連れになっているのですよね?」

「はい。だから当面は、お姉ちゃんが探索をお休みの日にと考えています」


 それは、難しそうだなぁ。

 休みの日に限って毎回、結愛が私を連れて出掛けてたら怪しまれるに決まってる。嵐華さんも同じことを考えたようで、「ふむ……」と眉を寄せた。


「では、創世ギルドが紗雪様に週一で訓練を提案する、というのはいかがでしょう?」

「訓練、ですか?」

「はい。彼女はユリアの協力でレベルを先行してあげているのでしょう? ならば、その技量を上げるために訓練をおこなうのは理にかなっています」

「わん!(それはいいかも!)」


 結愛のためだけじゃなくて、紗雪のためにもなる。

 魔物との実戦で覚えるのも悪くないけれど、やっぱり先生がいた方がいい。正体を隠した私じゃ無理だから、誰かを派遣してくれるならとても助かると吠えた。


「ユリア様も賛成のようですが、結愛様はどう思いますか?」

「えっと、いいんですか? お詫びというには、その……お世話になりすぎているような」

「問題ありません。未来ある者達への先行投資とでも思っておいてください」

「先行投資……」


 結愛が少し不安そうな顔をする。


「わん!」


 大丈夫だよと吠えれば、結愛ははっとした顔になった。それからきゅっと拳を握りしめ、まっすぐに嵐華さんに視線を向ける。


「嵐華さん、必ず期待に応えて見せます。だから、私に先行投資、してください」



 ――という訳で、結愛は創世ギルドからの協力を取り付けた。

 武器とアルケイン・アミュレットは即日支給され、帰宅した結愛は、それを紗雪に見つからないように、こそこそと自分の部屋へと運び込んだ。


「結愛? 帰ってきたの?」


 こんこんと、扉がノックされて結愛が飛び跳ねる。


「お、お姉ちゃん? ちょっと待ってね!」


 慌てふためいて、結愛は武器とアルケイン・アミュレットをベッドの下へと押し込んだ。それから、「ど、どうしたの?」と扉を開けた。

 その対応に紗雪はちょっと驚いた顔をした。


「いや、いつの間に帰ってきたのかなって……というか、用事はどうだった?」

「よ、用事って!?」

「え? 私の代わりに、確認に行ってくれたんでしょ?」

「あーあーあーっ、そうだったね! その、実はお姉ちゃんのサインじゃないとダメだってことで、サインが必要な書類をもらってきたよ! という訳で、リビングに持っていくね!」

「え、うん、いいけど……」


 結愛はそう捲し立て、紗雪の背中を押してリビングへと向かった。それを見送り――私はベッドの下に隠された武器をグレイプニルの鎖で引っ張り出した。


 武器は――蒼光鋼石を使った、上層で入手可能な中では最高の武器だね。しっかりと通常の強化も終えてあり、初心者が使うには十分以上の仕上がりとなっていた。


 けど、私としてはもう少し強化しておきたい。

 たしか異空間収納に……あった。

 ひとまず、結愛の武器を異空間収納に回収し、ダミーの武器と入れ替えた。


 そうして、何食わぬ顔でリビングへと顔を出す。ちょうど、紗雪が書類にサインをしているところだったので、私はそれを横目にソファに飛び乗った。


「あ、ユリア、置いてきぼりにしてごめんね」

「わん!(大丈夫よ)」



 ――という訳で、夜。

 二人が寝静まるのを待って、私は玄関で人の姿に変身した。

 紫掛かった長い髪に、グリーンの瞳。服も元通り――なんてことはないのでいまの私は素っ裸だ。ひとまず素肌の上にローブを纏い、呼び出したエレベーターに乗り込んだ。

 そこでボタンの横にあるカメラへと視線を向ける。


「私の部屋へ」

『声紋、および虹彩パターンを確認。ユリア様の部屋へ向かいます』


 認証をクリアし、エレベーターは私のフロアへと移動する。


「――ただいま」

『おかえりなさい』


 スマート家電が私の言葉に応じ、フロアの明かりをつける。目の前に広がるのは、紗雪達のフロアと同じ作りの玄関。だけど、やはり自分の家はどことなく懐かしい。


「さて、あまり時間がないから急がないと」


 工房へと移動して、結愛の武器を取り出した。

 通常の素材による強化はされているけれど、魔石による能力アップのオプションが付いていない。だから――と、異空間収納から山積みになるくらい魔石を取り出した。


 私が深層を周回したときにボスから集めた魔石だ。魔石には様々な種類があって、個別に能力が異なっている。その中から攻撃に特化した魔石を選び出す。


 後は私の持つ魔導具師としての能力を使用して――うん、成功。ロングソードの鍔にある台座に魔石を填め込んで、その魔石に込められた能力を引き出す。


 これで、世界最強の初心者用武器が完成した。


 あとはバレないように元に戻すだけ。

 簡単なお仕事である。ということで、エレベーターに乗って紗雪達のフロアへと帰還――しようとしたら、認証が通らなくて帰れなくなった。


「……え?」


 そうだ。私、自分のフロアの登録はしてあるけど、紗雪達のフロアの登録はしてないよ。ど、どうしよう……?

 た、助けて瑛璃さーん! と事情を書いたメッセージを送ったらあきれ顔の顔文字が帰ってきた。ほどなく、エレベーターが遠隔操作で紗雪のフロアへと移動した。

 た、助かった。後で、紗雪に登録してもらおう……


 ということで、フェンリルの姿で帰宅した私は寝静まった結愛の部屋へと忍び込み、ダミーとしておいていた武器と強化した武器を入れ替えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る