エピソード 3ー6 白いもふもふの物件見学

 紗雪が引っ越しをすると配信中に宣言した。

 原因はマンションがペットが禁止だから。

 つまり、私が原因だってことだ。


 それを申し訳なく思った私は、紗雪やカメラから見えない位置で異空間収納からスマフォを取り出し、前足でたしたしとタップして操作。

 紗雪の動画のURLと一緒に、助けてーと泣いてる女の子がデフォルメされたスタンプを瑛璃に送りつける。それからほどなくして瑛璃さんがコメント欄に現れ、物件の紹介をする旨を投稿した。

 ――ということがあり、紗雪の引っ越しは瑛璃さんが面倒を見てくれることになった。


 そして翌日。

 紗雪と私は物件選びに出掛けることになった。

 結愛は学校の用事があるとのことで別行動だ。候補がある程度決まったら、結愛も連れて見学に行って、最終的に決定するという手はずになっている。



 やってきた待ち合わせ場所。私は見覚えのある男装の麗人を見つけた。セピア色の髪にローアンバーの瞳。知的な雰囲気を纏う彼女は瑛璃さんの秘書だ。

 彼女はこちらに気付いたようで、すぐに歩み寄ってくる。


「紗雪様ですね」

「あ、はい。あなたは……?」

「申し遅れました。わたくしは葵(あおい) 嵐華(らんか)。瑛璃様にお仕えする秘書でございます。本日は瑛璃様より、お二人の物件選びにご協力するようにと仰せつかっています」

「秘書、ですか?」


 紗雪は小首を傾げた。

 嵐華さんが執事の格好をしているからだ。


「あの……秘書、なんですよね?」


 どうして執事の格好を、とまでは聞かずに飲み込んだようだ。


「わたくしが執事の格好をしているのは――瑛璃様の趣味でございます」

「……え?」

「瑛璃様の趣味でございます」


 そこははっきりしておきたいとばかりに繰り返した。


「なるほど、瑛璃さんの趣味なんですね。あ、それから、今日は物件探しにご足労いただきありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」


 紗雪は笑顔で話を変えた。

 さすが配信者、触れちゃいけなさそうな話題に対するスルースキルが高い。


「こちらこそ。それでは、早速案内いたします」


 という訳で、嵐華さんが案内をしてくれる。彼女の用意した3ナンバーのごっつい車に乗り、最初にやってきたのは豪邸だった。


「こちら、瑛璃様のおすすめの物件です」

「いや、おっきすぎだよ!?」


 紗雪が思わず突っ込んだ。

 最初に案内されたのは、庭付き、プール付きの豪邸だった。


「ご希望に添いませんか? こちら、セキュリティは完璧ですよ?」

「えっと、その、セキュリティがどうのという以前に、さすがにこんな家の家賃を払える気はしません。それに、三人で住むには管理が大変すぎですから」

「ご安心を。この物件は、護衛付きの中古物件でございます」

「安心できる要素が一つもないよ!? というか、護衛付き? 人が一緒に売られてるとか言わないよね?」

「いえ、護衛はDランクの魔獣です。家主でもあり、従魔の主である探索者が自宅でなんらかの獣に襲われて死亡し……」

「怖いよ! というか、その魔獣が怪しいよ! そんなところ紹介しないで!」


 紗雪のツッコミが冴え渡っている。

 まぁでも、たぶんこれは嵐華さんの配慮だろう。そういう問題のある物件だから――と言うていでなら、格安で譲り渡すことが出来るから。

 でも、紗雪は困った顔で「もっと普通のところでお願いします」と口にした。


「かしこまりました。では、次はその辺りも考慮して案内いたします」


 と、再び車で移動することに。

 次はどこへ案内するつもりだろう? たしかこの道は……あぁ、察した。という訳で、案内されたのは星霜ギルドの所有するマンションの一つだった。


「わん(一ヶ月ぶりくらいかしら?)」


 ここは私や瑛璃さんの住んでいるマンションだ。


「うわぁ……大きなマンションですね」


 紗雪が空を見上げて呟いた。


「こちらのマンションは、創世ギルドの所有するマンションの一つで、主にギルドメンバーの関係者が住んでいます」

「え? そんな場所に、私達が住んでも大丈夫なんですか?」

「ええ。それはもちろん――」


 嵐華さんはチラリとケージの中にいる私に視線を向けた。

 これ、瑛璃さんから聞いてるのかな?

 ……うぅん、瑛璃さんは私の秘密を勝手に話したりしないよね。嵐華さんはA級の探索者で、瑛璃さんの優秀な秘書でもある。きっと自力で私の正体にたどり着いたのだろう。


「嵐華さん?」

「いえ、失礼いたしました。住居の件も、先日のお詫びの一つとお考えください」


 彼女はそう言って、案内いたしますと歩き出した。

 マンションのロビーにはコンシェルジュのお姉さんが控えていた。嵐華さんはお姉さんに会釈をして、それからエレベーターホールへと私達を案内する。


「では、目的の階に参りましょう」


 ここは星霜ギルドが所有する高級タワーマンション。

 下の方はワンルームの物件で、上に行くほど部屋が大きくなる。そして屋上の一つ下は、一フロアをぶち抜いた瑛璃さんのプライベートルームとなっている。

 そして嵐華さんが特殊な鍵を使って指定した階は――


「わん(やっぱり、そんな気がした)」


 瑛璃さんの四つ下のフロア、ワンフロアぶち抜きの階だ。最初は気付かなかった紗雪も、エレベーターがどんどん上昇するにつれて、あれっという顔をするようになった。


「――あの、嵐華さん」

「はい、なんでしょう?」


 嵐華さんは澄ました顔で小首を傾げる。

 これ、絶対分かってて分からない振りをしているよねって感じの仕草だ。


「その、気のせいだったらごめんなさい。こういうマンションって、上に行くほど部屋が大きくなっていくって聞いた気がするんですが……」

「ええ、紗雪様のおっしゃるとおりです。上に行くほど部屋が広くなっていて、上層の五フロアは、それぞれ一住戸となっています」

「……ですよね。それで、いま、向かっている階は……」

「上から五番目のフロアです」

「なんで!?」


 紗雪が悲鳴混じりの声を上げるが――


「それより上のフロアは既に住んでいる人がいますので」


 嵐華さんは一から四番目のフロアではない理由を告げた。


 ……たぶん、紗雪が聞きたいのは、そういうことじゃないと思うよ?


 そんなふうにも思ったけれど、なんとなく瑛璃さんの考えが読めたので見守ることにする。


「いえ、あの、私が言いたいのはそういうことではなくて――」


 紗雪が言い終えるより早く、エレベーターが停止した。

 そうして開いた先は――玄関である。


「……え? ここは?」

「該当フロアの玄関でございます」

「玄関……?」


 エレベーターを降りたら玄関という、直通のエレベーターが珍しかったのだろう。

 紗雪が呆けた顔になっている。

 でも、衝撃に捕らわれていたのは最初だけだ。紗雪はすぐに我に返った。


「あのっ、嵐華さん! 素敵なおうちだとは思いますが、私達、こんな大きな部屋に住むお金なんてありません。もっと普通の部屋でお願いします!」


 紗雪が焦るのも無理はない。もしこのフロアを買い取るとなれば、九桁の半ばくらいは必要になるし、月払いだとしてもすさまじい金額になる。

 詳しい金額は分からずとも、学生に手が出ない物件なのは想像に難くない。


「たしかに、ここは決して安くいない物件です。けれど、いまの紗雪様になら、決して手が届かない物件ではないはずですよ」

「そんなはずは……」


 ないと、紗雪が言い切れなかったのは、この数日の稼ぎを自覚しているからだろう。

 だけど、紗雪は少し考え、ふるふると首を横に振った。


「たしかに、ユリアのおかげで、ここ数日はすごく大きな収入がありました。でも、これからもそんな金額が入るか分からないし……」


 紗雪がそう言って私を見た。


 たしかに、私がいなくなれば紗雪の収入は激減するだろう。以前の収入まで戻ると言うことはないはずだけど、それでもいまよりはずっと減ると思う。

 ……って、待って。

 もしかして、私がどこかへ行くと思われてる?


 たしかに、瑛璃さんとのわだかまりが解消され、身を隠す必要はなくなった。

 私のそういう内心を感じ取ったのかも知れない。


 でも、だからって……

 いや、そっか。私が身を隠すのを止めると言うことは、紗雪の従魔ではなくなると言うことだ。そうなれば当然、いまのような関係は終わりを迎えることになる。

 それは……なんか嫌だな。


 ……そっか。

 私、この関係が気に入ってるんだ。


「わんわんっ!(しょうがないわね。紗雪が私と同じくらい稼げるようになるまで一緒にいてあげるわよ!)」

「……ユリア?」


 もちろん、私の言葉は通じない。

 紗雪は少し戸惑った顔で私を見下ろしている。


「――僭越ながら紗雪様。その白いもふもふ、ユリア様のためにも、このマンションに引っ越しするべきだと具申いたします」

「ユリアのためにも、ですか?」

「こう言ってはなんですが、その方の価値は計り知れません。たとえば……そうですね。コンビニのまえに、数十億を背負った子犬が繋がれているところを想像してみてください」

「……それは、たしかに危険ですね」


 まっとうな人間でも、衝動的な欲望が脳裏をよぎることだろう。

 不要な犯罪を引き起こしかねない。


「その点、このマンションのセキュリティは完璧です。著名な探索者がここに住んでいると明かしてもまったく問題のない仕様です」

「問題を避けるために、セキュリティに気を付けた方がいいというのは分かります。でも、どうして創世ギルドの所有するマンションに?」


 ギルドに勧誘されているのかと、紗雪は思ったようだ。

 ちなみに、紗雪くらい優秀な探索なら、囲い込む価値はあると思う。ただ、瑛璃さんの目的はそれじゃないだろう、たぶん。

 というか、紗雪の自由を奪えば、私が怒ると分かっているはずだ。


「なるほど。余計な心配をおかけしたようですね。紗雪様にその気があるのなら、創世ギルドは貴女の加入を歓迎いたします。ですが、無理に勧誘する意図はございません。この件はあくまで、先日の件のお詫びです。それと言い忘れていましたが……」


 嵐華さんはまるでいま思い出したと言いたげな口調で、上層部に直通エレベーターの仕様についての説明を始めた。

 上層の数フロアで共有しているため、上層部の居住者同士は出くわすこともある、と。


「それは、分かりますけど、なぜいまその話を?」

「いえ、特に意味はないのですが――上のフロアにユリア様が住んでいますので」

「ここに住みたいです!」


 紗雪が思いっきり食いついた。最近気付いたんだけど、紗雪、私のこと、好きすぎじゃない?

 

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