エピソード 3ー5 紗雪の「――ました工法」

「という訳で下層を完全踏破――したよ。高校生の記録更新なんだって」


 下層のボスを撃破した後、紗雪が投げやりにそう言った。


『草w』

『さっき下層に向かったはずなのに、いつの間にか下層を踏破している件w』

『唐突な上に投げやりすぎるw』

『下層の魔物を殲滅した直後の人のセリフとは思えんw』

『高校生記録更新なのにまったく実感がないw』


「そ、そんなこと言われても、私、トドメ刺してただけだもん! と言うか、こんな踏破の仕方で記録更新って言われても実感なんてわかないよ!?」


 紗雪が叫んで、ますますコメントに草が生える。


『まあ、実感がないのは分かるw』

『トドメ刺してただけだもんな』

『敵の強さは違うはずなのに、やってることは中層と同じだったしな』

『でも、ほら、一応従魔の活躍は主人の活躍だから……w』

『しかし、さすがの白いもふもふだったな。下層のフロアボスを拘束するのは想定内だけど、まさかあんな鎖の使い方をするとは……』


「あんな使い方? なにかあったっけ……?」


『あれよ。紗雪の身体に鎖を纏わせて身体を操っただろ』

『そうそう、あれは強かったよな! どうやって目からビームを撃ったんだろ?』

『鎖を羽の翼のように展開して飛翔するとは思わなかったなー』


「キミたち、あっさり終わったからって捏造しないで!!」


 コメントに笑いを示すコメントがあふれる。


『でもマジですごかった。この調子で深層までいきそうだなw』


「無理無理無理、絶対無理だから!」


 紗雪が泣き言を口にする。単独で挑めばまず間違いなく殺される。そんな相手がベーシックとして現れる場所なのだから、紗雪が怯えるのも無理はない。


『でも、経験値は美味しかったんだろ?』


「それはもうっ、むちゃくちゃ美味しかったよ! あと、アルケイン・アミュレットも今日だけですっごく強化できた」


『現金w』

『でも分かるw』

『さすがに下層の素材は強かったかw』


「現金と言えば、素材の量がすごいの。持ってきた鞄がパンパンだよ。だから、どのみち深層は無理!」


『草w』

『下層の素材か。売れば八桁くらいいくかな……?』

『やべぇw』

『スパチャもすごそうだよね』


「うん。みんなのおかげだよ。実は、ユリアに頼ってレベル上げをしようと思った理由の一つに、お金が増えそうだからって言うのもあったんだよね」


『学費を稼ぐんだっけ?』


「うん、それもあるんだけど、早急に引っ越しをしないとダメなんだ」

「……わふ?」


 ユリアがそうなの? と言いたげに小首を傾げた。


『引っ越し?』

『もしかしてまたストーカー?』

『大丈夫?』


「あ、違う違う。その辺は大丈夫。ただ、その……」


 紗雪は気まずそうに視線を彷徨わせた。


『どした?』

『贅沢したくなった?』

『紗雪も有名になったし、セキュリティのしっかりした場所に住むのはいいと思うけど?』


「ありがと。もちろん、贅沢したいとかって言うのもあるよ。でも、その……根本的な問題で、うちのマンション……ペット禁止だったんだ」


『ワロタw』

『それはダメだわw』

『白いもふもふってペット枠なのか……?』


「うぅん、ペット枠かって言われると悩むけど、ペットがダメなのに魔獣がいいってことはないと思うんだよね』


『それはたしかにw』


「だから引っ越しはするつもり。そのあいだは少し配信ペースが下がるかも」


『ってことは、これから物件探しかな?』

『もう引っ越し先とか決めてるの?』


「うぅん、まだこれからだよ」


『なら、ダンジョン配信者御用達のマンションとか調べるといいよ』


「へぇ~、そういうのがあるんだ?」


 紗雪はそう言って、端末で配信者御用達のマンションについて検索を掛けた。そうして開いた情報を眺めながらリスナーとの会話を続ける。


「ふむふむ。VTuber御用達なんかとはコンセプトが違うんだね」


『そっちは防音とか、身バレ防止に配慮してるみたい。でもダンジョン配信者はそもそも顔ばれしてるから、それを前提にセキュリティがしっかりしてるみたいだよ』


 なるほどねと、紗雪は検索を続ける。

 そうしてしばらく会話を続けていると、不意にコメント欄が騒がしくなった。その大本をたどると、一人のコメントが目に入った。


『それなら、うちの物件を紹介してあげようか?』


「あれ、これって……瑛璃さん?」


 書き込みのIDは瑛璃本人のものだった。


『なんか出たー!?』

『本物だったw』

『創世ギルドの勧誘かな?w』


 聖女の瑛璃がコメントしたことでコメント欄が騒がしくなった。

 それに気付いた紗雪が返事をする。


「瑛璃さん、物件を紹介してくれるんですか?」


『ええ、希望があれば後で連絡ちょうだい。よければ素材の換金も請け負うわよ』

『至れり尽くせりw』

『囲い込みが始まっておりますw』


「じゃあお言葉に甘えて、後で連絡させてもらいますね」


 こうして、紗雪はその日の配信を終えた。



 帰宅後。

 紗雪はリビングで夕食を作っている結愛を見つけて口を開く。


「結愛はどんな家がいい?」

「おかえり、お姉ちゃん……って、唐突になに?」

「あのね、このマンションってペット禁止でしょ?」

「あーあーあーっ、言われてみれば! え、じゃあ、引っ越し? ど、どうしよう。やっぱり、私もダンジョンに入って稼いだ方がいいよね?」


 結愛が真っ先にそこに行き着く辺り、姉妹の苦労がうかがい知れる。

 だが、それは数日前までの話だ。


「お金の心配なら大丈夫だよ」

「……え、そうなの? そういえば、最近、ものすごくチャンネル登録数が増えてるよね。もしかして、スパチャが結構な金額になってたりする?」

「実は……八桁に届くくらい。といっても、振り込みはもう少し先だけど」

「八桁!?」


 結愛はびっくりして、いち、じゅう、ひゃく、せん……と、指で桁を数えた。


「お姉ちゃん……ものすごく稼いでるね」

「結愛が応援してくれたおかげだよ。という訳で、結愛はどんなところがいい?」


 紗雪が尋ねると、結愛は料理をお皿に盛り付けながら「そうだね~」と考える。


「うぅん、私は最低限の暮らしが出来ればいいよ。というか、いい暮らしをするより、私はお姉ちゃんが危ない目に遭わない方が嬉しいよ」

「うちの妹がいい子すぎるっ」


 紗雪は感動するけれど、結愛は半眼になる。


「……お姉ちゃん、ここ最近、私にどれだけ心配掛けてるか分かってる?」

「うぐっ、ごめんなさい」

「……くぅん(ごめんなさい)」


 私もその一端をになっている自覚があったので一緒に反省する。

 それを見た結愛が小さな溜め息を吐いた。


「まぁ、お姉ちゃんが探索や配信に生きがいを感じているのは知ってるから、ダンジョンに行くのをやめろとはいわないよ。ただ、もうちょっと気を付けてね?」

「はい、分かりました!」

「わん!」


 二人揃って答えると、結愛は「返事だけはいいんだから」と苦笑する。


「えっと、心配掛けてごめん。それはホントに気を付けるよ。でも、いまダンジョンで周回してるのは、危ない目に遭わないよう、ユリアに鍛えてもらってるからなんだよ」

「そうなの?」

「うん。ええっと……配信を見てもらった方が早いかな?」


 そう切り出して、今日のアーカイブを結愛に見せる。


「うぁあ……シュールだね」


 結愛がスマフォを見ながら苦笑した。そこに映っているのは、グレイプニルの鎖に捕らわれた魔物を流れ作業でトドメを刺す紗雪の姿だ。


「でしょ? たしかに稼ぎは増えたし、まえより深い階層には行ってるけど、まえより安全だと思う。だから、あんまり心配しないで」

「……うん、分かった」


 結愛が少しだけ安心したような顔になる。


「うん。という訳で、なにか欲しい物はない? 実は素材の買い取りもしてもらったから、お金にはかなり余裕があるんだ」

「欲しい物といってもなぁ。むしろ、お姉ちゃんはなにか欲しい物とかないの? いつもがんばってくれてるし、たまには自分の欲しい物とか買ったらどう?」

「そうだなぁ……というか、結愛だって、私に気を遣って節約してるでしょ? 服だって、私のお古を着てることが多いし、もっと欲しい物があるんじゃない?」

「まぁ、それは、ないと言ったら、嘘になるけど……」


 八桁に届くような大金が入るとはいえ、紗雪の危険と引き換えの収入だ。無理をするよりも、安全を取って欲しい。そんな結愛の心の声が聞こえてくる。

 だから、紗雪はスマフォの銀行アプリを開いた。


「ちなみに、今日買い取ってもらった素材の代金」


 そこには、九桁の買い取り代金が加算されていた。


「え……これ、今日の分って言った?」

「うん、今日の分だよ」

「ユリアが拘束した敵にトドメを刺しただけでこんなにもらったの?」

「うん、トドメを刺しただけでこんなにもらったの」

「うわぁ……」


 結愛は喜ぶよりもドン引きした。

 

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