エピソード 2ー13 スタイリッシュアクション白いもふもふ
「さて、それじゃあ本題だ、あいつを何処にかくまっている?」
黒嶺が紗雪に向かってそんな言葉を口にした。
「……あいつって、誰のこと?」
「とぼけても無駄だ。おまえがユリアをかくまっているのだろ?」
「……ユリア?」
紗雪はそう言って、私がいるケージに視線を向けた。
「違う、戦姫ユリアの方だ」
「……なんのことですか?」
紗雪は戸惑いの声を上げる。
……こいつら、私がユリア本人だって気付いてる? いや、そうじゃないわよね。もしそうなら、紗雪を問い詰めるんじゃなくて、私を確保すれば済む話だもの。
「おら、さっさとどこに匿っているか教えろ」
「私、ユリアさんをかくまってなんていません」
「あくまでとぼけるか。おまえがあの日、配信中に宝箱から出たとか言っていた能力アップのネックレス、あれがユリアの制作物だったという調べは付いているんだぞ」
「……え?」
――あっ。
私は自分がやらかしていたことに気が付いた。
宝箱に入っていたように見せかけて、インゴットとアミュレットを紗雪に贈った。足が付かない物を選んだつもりだったのだけれど、デザインで私の制作物だと気付く者がいたらしい。
「いいかげん、惚けるのは止めたらどうだ?」
「惚けるもなにも、なにを言っているのか分からないって言ってるでしょ! 大体、星霜のギルドはどうしてユリアさんを探しているのよ」
私はびくりと身を竦めた。写真撮影が嫌で逃げたとか、紗雪に知られるのは恥ずかしい。
もしもそのことを口にしようとしたら口封じに始末しようと思ったけれど、幸いにして、黒嶺は「さぁな」と言って肩をすくめた。
「……なに? 貴方も知らないの?」
「あの聖女気取りのマスターがなにを考えているのかなんて興味ねぇな。だが、あのマスターがここまで必死に探してるんだ、先に見つければ色々と期待できるってもんだ」
「……貴方、ユリアさんを見つけた見返りになにを要求するつもり?」
紗雪が問い掛けると、黒嶺は歪みきった笑みを浮かべた。
「ちぃっとばかし女のことでドジを踏んじまってな。ユリアの身柄と引き換えに、事件をもみ消してもらおうと思ってよ」
「女性のことでドジを踏んだ? ……っ、貴方、ユリアさんに濡れ衣を押しつけたわね!」
そのセリフを聞いて、点と点が線で繋がった。私が容疑者として疑われた殺人事件の犯人、それがこの黒嶺なんだ。
「はっ、なかなか勘がいいじゃねぇか。だが、俺が濡れ衣を着せた訳じゃねぇぜ。世間が勝手に間違ったから、都合よく利用しただけだ」
……というか、犯人が自白しちゃった。いや、遅延配信をしたのは、こいつらの悪事を暴こうとしたからなんだけど、思ってた悪事の内容と違う。
いや、まぁ……いいんだけどね。
とか思っているあいだにも、黒嶺は得意げに話を続ける。
「そんな訳で、事件を揉み消すのはついでだ」
「ついで? 別に目的があると言うこと?」
「ああ、そうだ。俺の目的はおまえだよ」
「どういう、こと?」
なんか、嫌な予感がすると、私はこっそりケージの外にでた。いつでも飛び出せるように、足場――絨毯の具合をたしかめる。
「藤代 紗雪。3年前からダンジョン配信をしているだろ?」
黒嶺はその言葉を皮切りに、最初のころはおっかなびっくりで初々しかったなどと口にした。それから、あのときはこうだったと、懐かしそうに語り続ける。
「そんなおまえも高校生だ。相変わらず見た目は純情そうな割に、以外と大胆な服を着てやがる。実に俺好みの女だ。だから――ぐべらっ!?」
飛びかかって右前足で殴り倒した。
「わん!(ぶちのめすわよ!)」
続けて魔術を発動。床に倒れきるまえに、黒嶺を魔術で突き上げた。空中に浮かぶ黒嶺。私はそこに飛びかかり、すれ違い様に右前足の一撃。
さらに虚空に力場による足場を生み出して反転、切り返して更なる一撃を加える。それを、一回、二回、三回、四回と繰り返し、アルケイン・アミュレットのシールド破壊を確認。
最後に天井を蹴った私は、黒嶺を絨毯の上に叩き落とした。
黒嶺はその衝撃で意識を失う。
「わんっ!(まずは一人!)」
紗雪を庇うようにまえに出る。
「……ユ、ユリア?」
紗雪の声が背後から聞こえてくる。
魔術で紗雪の拘束を解き、意識をシオンに集中させる。彼は私と同じS級の探索者。そしてたぶん――私よりも強い。
「ほう、もう目覚めたのか、少し侮っていたようだな」
シオンが油断なく杖を構える。
正直なところ、私はS級――どころか探索者とはろくに戦ったことがない。人と関わるのが苦手で、一人で黙々とダンジョンの探索を続けていたからだ。
S級に昇級したのだって、瑛璃さんの口添えがあったからだ。そう考えれば、私はS級の中で最弱の部類だったとしてもおかしくはない。
それに、シオンは創世ギルドの看板を背負ったS級の一人だ。
決して簡単に勝てる相手じゃない。
もっとも、無理をしてかつ必要はない。
そもそも、この状況は配信している。数分遅れに設定したけれど、そろそろ黒嶺の悪事は全国に放送されているころだ。
――と、そのタイミングで黒嶺の電話が鳴った。恐らく、彼の部下が配信が始まったと連絡してきたのだろう。でも、彼らが見たのは遅延配信なので手遅れだ。彼らが悪事を告白するシーンはこのまま配信される。
という訳で、ほどなく星霜ギルドの制圧部隊が身内の恥をそそぐために乗り込んでくるだろう。そうなれば黒嶺もシオンも終わりだ。
つまり、応援が駆けつけるまで持ちこたえれば私の勝ち。
だから――
「わんっ!」
まずは時間稼ぎにグレイプニルの鎖を使用する。
私が吠えた瞬間、四方八方から放たれた鎖がシオンを捕らえた。
「無駄だ! この程度の鎖、俺には通用しない」
シオンは高らかに宣言、自分の身体能力を上げる魔術を使用した。
だけど、私もこの程度の攻撃が通じるとは思っていない。彼が鎖を引きちぎる隙を狙って、光の矢を放つ攻撃魔術を発動。
無数の光の矢が――拘束されたままのシオンを貫いた。
「……わふ?(あれ?)」
「馬鹿、な。一撃でシールドを吹き飛ばしただと!? だが、俺には魔術の結界がある。それに、俺が本気を出せば、この程度の拘束など……拘束など?」
「わん……(嘘でしょ……)」
S級なのにこの程度の拘束も解けないの?
グレイプニルの鎖は決して万能じゃない。自分よりも明らかに格下相手なら拘束できるけれど、力量差が小さければ格下でも長くは捕らえられない。
仮に、もし万が一、彼が私よりも弱かったとしても、S級の彼がこの鎖をどうにも出来ないというのはあり得ない。少なくともS級なら拘束を解けるはずだ。
「……わん(もしかしてこの人……弱すぎ?)」
「なんだ、その目は! 犬っころの分際で!」
シオンが吠えて、魔力を解き放った。
来るなら来なさいと、私は再び攻撃魔術を放つ。
その一撃が――やっぱり拘束されたままのシオンに突き刺さった。
「があああぁぁあぁぁあああっ!」
えぇ……?
いま魔術を使ったわよね? 鎖を引きちぎって反撃してくる流れじゃなかったの?
………………は? まさか、この程度の鎖も引き千切れないのに創世ギルドのS級を名乗ってるの? 紗雪を攫っただけでも許せないのに、なに? ふざけてるの? 瑛璃さんの顔に泥を塗るつもり?
「わぉんっ!」
根性を見せなさいと、再び攻撃魔術を発動。
無数の光の矢がシオンを貫いた。
「ぐあああああああああああっ!?」
「わんっ!」
三度放つ攻撃魔術。
無数の光の矢が以下略!
「ぎゃあああああああっ、や、やべて、もう、ぎゃあああああっ!?」
「わんっ、わんっ!!」
「やべっ、もう、魔力が、ぎゃああああああっ!?」
「ユ、ユリア、ストップ! やり過ぎだから!」
紗雪が制止の声を上げる。
「そ、そうだ、嬢ちゃん、そのワンコを説得、して、くれ。魔力がもたねぇ、このままじゃ死んじまう……っ」
「わん……?(は? S級のくせに、紗雪の情に訴えるつもり?)」
どれだけ根性が腐ってるのよ!
その根性、私がたたき直してあげるわ!
「わぉんっ」
以前、イレギュラーに八つ当たりをしたときの魔術、闇夜の災炎。高威力、非効率を絵に描いたような技だけれど、お仕置きにならちょうどいい。
私は、それを――シオンにぶち込んだ。
「な!? や、やめ――ぎゃああああああああああぁぁああっぁぁあっっ!?」
夜色の炎がシオンを包み込む。その炎が消えたとき、シオンはグレイプニルの鎖に拘束されたままぐったりと動かなくなった。
「わーわーわーっ、ユリア、やり過ぎ!」
紗雪に抱き上げられた。
「くぅん……(だってこいつ、瑛璃さんの顔に泥を塗ったんだもん……)」
やっぱり気に入らないと、私はグレイプニルの鎖を鞭のように操作して、シオンをビシッと叩く。
「あっ、こら! めっ、だよ!」
「わん……」
と、そこに星霜ギルドの部隊が雪崩れ込んでくる。どうやら、終わったみたい――と、安堵した私は、その部隊の中に見知った顔を見つけて目を見張った。
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