エピソード 2ー12 遅延配信を使いこなす白いもふもふ
撮影の帰り道。
私は移動用のケージに入れられたまま電車に揺られていた。
帰宅ラッシュから外れているせいか席は少し空いている。シートに座った紗雪は私の入ったケージを膝の上に置き、さっきからスマフォを操作している。
「ユリア、SNSにアップするならどれがいいかな?」
ケージ越しにスマホを見せてくる。そこに映っているのは、紗雪と私のツーショット。撮影が終わった後、クリスさんが気を利かせて撮影してくれたものだ。
どうやら、紗雪の拡散力を使って、雑誌の宣伝をして欲しい、ということのようだ。
私は少し考えた後、紗雪が一番可愛く撮れている写真が表示されたときに、たしたしとケージを叩いた。
「これ? じゃあアップしちゃうね」
紗雪はそう言って写真をアップする。
それからほどなく、車両がにわかにざわめいた。
「おい、あんた、なにをやってるんだ?」
一つ隣の扉がある辺り、フードを被った怪しい男が竹刀袋から棒状のものを取り出し、それを片手にブツブツと呟き始めた。
あれは――杖だ!
「わんっ!(なにをするつもり!?)」
直後、男の魔術が発動する。直後、車両にもやが掛かった。
「え? これ……魔術!?」
紗雪が叫ぶのと同時、誰かが緊急ボタンを押した。電車が急停車を始める。そんな中、同じ車両に乗っていた者は一人、また一人と眠っていく。
どうやらスリープ系の範囲魔術が使われたようだ。
もちろん、この程度の魔術、私には効かないけれど。
「く……っ。ユリア、逃げ、て……」
睡魔に抗いながら、紗雪がしたのはケージを開けることだった。
「……わん(馬鹿ね、貴女を置いて逃げる訳ないでしょ)」
でも、私のケージを開けてくれたのはナイスだ。せっかく紗雪が買ってくれたケージを壊さなくて済むから。
という訳で、ケージから頭を覗かせ、紗雪の持ち物をチェックする。
まずは手から滑り落ちたスマフォを異空間収納にしまう。続けて、紗雪がいつも持ち歩いているダンジョン配信用のデバイスやカメラを収納し、ケージに戻って寝たふりをする。
ほどなく電車は停止し、例の男が紗雪のまえで立ち止まった。
「……なるほど。こいつが旦那のお気に入りか」
……旦那? 黒幕のことかしら。この場で危害を加えるつもりなら反撃するつもりだったけど、そういう訳じゃなさそうね。
そんな予想通り、男は眠っている紗雪を肩に担ぎ上げた。同時に、私の入ったケージをもう片方の手に提げる。
……どこかへ運ぶつもりかな。
なら、黒幕を見つけるチャンスだと寝たふりを続ける。直後、男はドアを蹴破って車両の外へ、私と紗雪を抱えたまま線路上から退避した。
ほどなく、道路沿いに出た男の前に車が止まった。
とまあそんな感じで、私達はとあるビルの上階にあるVIPルームへと運び込まれた。男は紗雪を後ろ手に拘束したうえで、床の上に転がして部屋を退出していく。
それを見送ってすぐ、私はケージから出て紗雪の状態をたしかめた。術の影響で眠っているようだけれど、外傷とかはなさそうだ。
でも、紗雪は学生とはいえ、中層にソロで潜るほどの実力者だ。その紗雪を範囲魔術で眠らせるなんて相当の手練れだ。一体、黒幕は誰なんだろう?
それに……どうしてここに?
ここは星霜ギルドの所有するビルの一つだ。
瑛璃さんは関係ないと思ってたけど……それは私を油断させるための罠だった? それとも、ギルドの誰かが、フェンリルの子供である私を狙ったのかしら?
そんなことを考えていると、玄関の扉の開く音が聞こえた。
私は急いでケージへと戻る。
ほどなく、さきほどのフードで顔を隠した男と――知らない男が部屋に入ってきた。
「おい、その娘を起こせ」
「へいへい」
フードの男が、もう一人の男に命令されて魔術を使う。
状態異常を打ち消す魔術だったのだろう。紗雪が「うぅん……」と目を覚ました。それから起き上がろうとして、自分が後ろ手に縛られていることに気付いて目を見張った。
「……ここ、どこ? 貴方たちは誰!?」
「俺様は黒嶺 征斗だ」
「……黒嶺さん?」
紗雪は小首を傾げたけれど、私には聞き覚えのある名字だ。
うちのギルドに黒嶺という名前の幹部がいる。
本人ではないようだけど……と、近くにいたフードの男を見てはたと気付く。フードの男は魔煌のシオン、星霜ギルドに所属するS級の探索者だ。
だとしたら、黒嶺って名前も偶然じゃない可能性が高い。
年齢的に、幹部である黒嶺の息子、かな?
「それで、私はどうしてここに……?」
「まだ分からないのか? 俺様がこいつに命令して、おまえを誘拐させたんだ」
「誘拐っ。ユリア――っ!」
とっさに私の名前を呼ぶ。
けれど、まだ動く訳にはいかないと、私は寝たふりを続ける。
直後、シオンがくぐもった笑い声を挙げた。
「無駄だ、俺の掛けた魔術で眠っている。あの魔獣が仮にAランクに匹敵するとしても、一度寝てしまえば数時間は目を覚ますまい」
「なら――」
紗雪はそう言って周囲を見回す。おそらく配信用の機材かスマフォを探したのだろう。
「言っておくが、おまえの持ち物は確認済みだ。先日雇った連中のように、配信で悪事を暴露されるような馬鹿な真似をするつもりはないからな」
「……っ」
もくろみを打ち砕かれた紗雪は唇を噛んだ。
まあ、配信用のデバイスやカメラ、スマフォを回収したのは私なんだけどね。
というか、先日の連中はこいつらの差し金だったというわけね。黒幕を探す手間が省けて助かったと、異空間収納の中から配信用のカメラを取り出した。
そのまま、彼らから見えないのをいいことに配信の準備を始める。
「それに、仲間にもおまえのチャンネルを監視させている。万が一配信が始まってもすぐに分かるようにな!」
……え? あぁ、そうなんだ。
じゃあ、配信に遅延を入れよう。……よし、これで、実際に配信されるのは数分ほど後だ。配信を見た者から黒嶺に連絡があったとしても間に合わない。
という訳で、私は男達に見つからないように、密かにライブ配信を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます