エピソード 2ー10 白いもふもふは写真の構図を知っている
「さて、そろそろ本題に入りましょう。紗雪にはいつも通り服のモデルをして欲しいのだけれど、今日はユリアとのコラボをお願いしたいの」
「わふ?(私がモデル?)」
そんな恥ずかしいことしてたまるかと拒絶する。
なのに――
「ぜひ、よろしくお願いします!」
紗雪がむちゃくちゃ乗り気だった。
「ありがとう。二人一緒の写真を表紙にする予定よ」
「わぁ、嬉しい!」
「わん……(あの、紗雪、私の意見は……?)」
控えめに聞いてみるけれど、もちろん紗雪にその言葉は通じない。
「ユリア、私とユリアを一緒に撮ってくれるんだって!」
私を抱き上げて喜び始めた。
無邪気にはしゃぐ姿がまぶしい。
「わ、わん(いや、私は……)」
「写真、データでもらおうね!」
「わん(だから、その、えっとね……)」
「えへへ、ユリアとツーショットだ~」
「くぅん……(分かったわよ……)」
私には無理だ。
この笑顔を曇らせるなんて出来ない。
それに、映るのはフェンリルの姿をした私だ。そう考えれば、そこまで嫌がる必要はないと思う。なんて思っていたら、紗雪が思い出したように口にする。
「あ、そうだ、ユリア、私と一緒にモデル、してくれる?」
「……わん(いまさら聞くの? いいわよ、貴方が望むなら応じてあげる)」
――ちゃんと私の意思を確認してくれるところも含めて、紗雪のお願いは断れない。これが人の姿ならさすがに断っていたけどね。
という訳で、私と紗雪がファッション誌の表紙を飾ることになった。
「それじゃ紗雪は着替えてきて。ユリアは――こっち」
係の人に連れて行かれて、トリマーのお姉さんにお世話になることになった。そうして毛並みがつやつやになったところでスタジオに連れて行かれる。
そこには、準備万端の紗雪が待っていた。
今日はいつもと少し雰囲気が違う。
落ち着いた色のブラウスに、ふわりと広がるロングスカート。紗雪本来の持ち味、キラリと光る知性と母性が引き出され、穏やかで大人びたお姉さん、というイメージのコーディネートとなっている。
いまなら二十歳くらいと言っても通用するだろう。
そんな彼女が私を見て「ユリア、おいで」と両手を広げた。
「わんっ」
腕の中に飛び込むと、紗雪が抱き留めてくれた。
「それじゃ撮影を開始します!」
誰かがそう宣言し、スポットライトの明かりと、レフ板の光に照らされる私と紗雪を、カメラマンが撮影していく。
「紗雪、次はそこで少し笑って。そう、それからユリアはこっちへ」
カメラマンの指示を受けて立ち位置を変えていく。
「ん~、さすが配信者だね。写り方をよく理解してる。それに白いもふもふも、まるでこれが撮影であることを理解してるかのようだ、すばらしい!」
「えへへ、ユリアはとっても賢いんですよ!」
紗雪は笑顔で応じる。
その笑顔を逃さず、カメラマンは再びシャッターを切った。そうしていくつかのポーズで撮影を続けていると、不意にカメラマンがクリスさんへと視線を向けた。
「クリス、少し相談があるんだが」
紗雪にプレッシャーを掛けないための配慮だろう。二人は小声でやり取りを始めた。まあ、耳が言い私には筒抜けなのだけれど。
とにもかくにも、話を終えたクリスさんが紗雪に歩み寄った。
「紗雪、ユリアがあの鎖を出しているところも映したいのだけれど、可能だったりする?」
「え? ど、どうでしょう? たぶん、対象がいれば大丈夫だとは思いますが……」
「対象、マネキンじゃ……ダメよね?」
二人は顔を見合わせた後、どうなんだろうと言いたげな顔で私を見た。
いや、なにを言ってるか筒抜けだからね? 紗雪のために協力するのはやぶさかじゃないんだけど、言葉を理解していると証明しちゃうのは避けたいよね。
なんとか意思疎通がんばって? と、小首を傾げてみせる。
「ええっと、ユリア、鎖。魔物を拘束してる鎖、出せる? あ、でも、誰かを拘束しちゃダメだよ? ええっと……その、どうしよう?」
そう言いながら、紗雪が手で鎖を表現しようとしている。その仕草が可愛くて、手伝ってあげたいと思ってしまった私は「わぉん!」と吠える。
虚空に無数の魔方陣を生み出して、四方八方にグレイプニルの鎖を縦断させた。
「おぉ、まさかいまの説明で理解が得られるとは……っ。その従魔はすごく賢いのだな。それとも、従魔が本来そう言うモノなのか?」
「いえ、普通の従魔だと、細かい命令をするのは難しいそうなので、たぶんユリアが特別なんだと思います」
「なるほど。しかし……困ったな。少し鎖が多すぎるし、被写体のまえにも鎖が走ってしまっている。これは、別撮りで合成するべきか?」
……なるほど、ただ鎖を出すだけじゃダメなのね。
多すぎない程度で、被写体の邪魔をせず、アクセントとして鎖がある感じ?
以前、身長を誤魔化すような構図はないかと、カメラの構図について勉強したことがある。そのときの知識を頼りに、三分割とか、画面の比率を考えて……
「わんっ!」
新しく鎖を張り直す。
とたん、カメラマンが目を見張った。
「こ、これは……っ。写真の構図を理解しているかのような鎖の張り方……完璧だ!」
カメラマンが大興奮でシャッターを切り始めた。このカメラマンがSNSにフォロワー数の多いアカウントを持っていることを、このときの私はまだ知らない。
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