エピソード 2ー9 紗雪とお出かけする白いもふもふ
その日の紗雪は朝から上機嫌だった。
「ユリア、お出かけだよ~」
満面の笑みを浮かべた彼女は制服姿で、私を移動用のケージに入れて電車に乗り込んだ。
ちなみに紗雪は高校生なので、平日の日中は学校に通っている。私は家で留守番だと思っていたのだけれど、紗雪は私を連れていくつもりらしい。
なにかあるのかな? と、そんなことを考えながらケージの中から周囲をうかがう。
ちなみに、顔出しの人気配信者である彼女は伊達メガネ&地味な髪型で変装している。ただ、体幹を鍛えている彼女の立ち姿にはオーラがある。そもそもそれにスタイルもよくて可愛い。そんな地味な格好をしているので、まるでお忍びのモデルかアイドルのようだ。
少し周囲を見回せば、紗雪をチラチラと見る人が少なくない。男女比率は7:3くらいで男性が多いけれど、不審者っぽい気配はない。
……ひとまずは大丈夫そうね。
事後処理を考えれば、襲撃があるのはダンジョン内の可能性が高い――とはいえ、外なら安全と言い切れることではないので、警戒を解くつもりはない。
でも、少なくともいまのところは大丈夫。
そんなことを考えながら電車に揺られ、紗雪が通う高校へとやってきた。
「わふぅ……(へぇ、女子校なんだ)」
やっぱり、顔出し配信者とかだと色々気を遣うのかな? そんなことを考えながら、紗雪に連れられて校内へ。紗雪はそのまま職員室へと足を運んだ。
「あら、藤代さん。職員室になにか用?」
ノックをして中に入ると、若い女性の先生が紗雪に気付いて問い掛けてきた。
「実は学校の帰りに寄るところがあって、従魔を連れてきたんです」
「もしかして白いもふもふ!?」
先生が声を上げ、職員室が一瞬ざわめいた。
「えっと……沙月先生、もしかして?」
「あ~その、切り抜きをね。あ、ホントに白いもふもふだ、こんにちは」
先生は可愛らしい仕草で私に手を振った。紗雪の先生みたいだし、愛想はよくしておいた方がいいわよね――ということで手を振り返す。
「~~~っ。癒やされるわ~。……っと、ごめんなさい。この子を預けたいの?」
「はい。いつもはダンジョンに行くまえに一度家に帰るんですが、今日の目的地は学校から近いので。ユリアなら預かり可能ですよね?」
一昔前まで、未成年がダンジョンに潜ることはよくないことだとされていた。だから、学校に従魔を預けるなんて出来なかったし、なんなら校則で禁止されている学校もあった。
でも、ダンジョンブレイクの発生原因が分かってからは流れが変わった。学生がダンジョンに通うことを禁じるのは時代遅れの考え方となり、むしろサポートする流れが出来た。
そういう事情により、従魔を学校で預かる制度も存在する。もっとも、従魔の危険度によっては不可能だし、そもそも従魔を持つ学生なんてほとんどいないと思うけどね。
「ええ、もちろんよ。ただ……本来は野外の厩舎に預けるの。でも、その子は大人しいから、藤代さんが連れていた方がいいかもしれないわね」
「……いいんですか?」
「そうね。ちょっと抱っこさせてくれたら?」
賄賂を要求された。
だが、それを聞いていた年配の女性が立ち上がる。
「沙月先生、そういうのは感心しませんよ」
「あ、教頭先生。やはりまずいですかね? この子は人気がありすぎて、厩舎に預けると逆にトラブルになりそうな気がしたんですが……」
「その点は沙月先生のおっしゃるとおり、彼女が連れていた方がいいでしょう。適性検査でも最高ランクの安全を保証されていますからね」
「……そう、ですよね。では、感心しないというのは?」
「もちろん、抜け駆けのことですよ。私にもモフらせてください」
「そういうことなら私も」
「私は一緒に写真を」
なんか増えた。
……結局、何人もの教師からもみくちゃにされた。
「おはよう、紗雪。――って、そのケージ、もしかして!?」
「おはよう、灯。学校の帰りに寄るところがあるから連れてきちゃった」
「やっぱり、白いもふもふだ!」
「え、白いもふもふ? マジで? モフりたい!」
「私も私も!」
――今度は女子高生からももみくちゃにされた。
あと、彼女らは大人の女性より遠慮がない。抱きしめられたり撫で回されたり頬ずりされたり、本当にもみくちゃにされた。普通のワンコなら嫌がっていると思う。
私? 私は紗雪のために大人しくしてたわよ。
そしてホームルームの鐘が鳴り、私はようやく解放された。
いや、その後も休み時間のたびにモフられたんだけど。
ものすごぉく疲れたけど、紗雪がちゃんと学校に馴染めてると知って安堵する。私はギルドに所属してたし少し特殊かもしれないけど、わりと孤立していたから。
紗雪は配信者だし、人付き合いは上手なのかな?
――と、そんなことを考えているあいだにその日の授業は終わった。
その後、紗雪が私を連れて向かったのは、ある大きなビルの中だった。私でも知っている有名なティーン向け洋服ブランドのロゴが目に入る。
一階には多くの人が行き交っていて、フロアの真ん中には受付があった。
紗雪はそのお姉さんのところへと歩み寄る。
「すみません」
「紗雪さん、いらっしゃい。いつものフロアに通すようにと言われています」
……へぇ、顔パスなんだ。
さすが、売れっ子の配信者だね。
アルケイン・アミュレットが登場して以来、ダンジョンには防御重視の重装備より、スタミナを消費しない軽装が好まれるようになった。
だから、様々なおしゃれ系の企業が配信者に目を付け、スポンサーになるようになった。売れっ子の可愛い女子高生ともなれば、服のブランドが放っておくはずもない、という訳だ。
という訳で、エレベーターで上の階へと向かい、やってきたのは会議室。
そこにはプラチナブロンドの美女がいた。
「はぁい、紗雪。一ヶ月ぶりね」
「クリスさん、こんにちは! 今日は言われたとおり、ユリアを連れてきました」
そういって紗雪は私をケージから取り出して胸に抱いた。クリスと呼ばれたプラチナブロンドの美女はそんな私を見て笑みを浮かべる。
「こんにちは、ユリア。私は天藤 クリス。SIDUKIブランドのインフルエンサーマーケティングマネージャーよ」
「わん(よろしくね?)」
「ふふっ、配信で見たとおり、賢そうな子ね」
クリスさんはそう言って私の頭を撫でた。
それにしても……インフルエンサーマーケティングマネージャーね。聞くのは初めての役職だけど、要するに紗雪の担当、ってことなんでしょうね。
……ふむ。
私は紗雪のダンジョンでの服装を思い出す。
初日は露出が多めの服を着ていたけど、翌日はまた違うタイプの服を着ていた。総じてティーン向けのファッション誌のトップを飾っていそうな愛らしい服を身に着けている。
生活に苦労している割に……と思っていたけど、案件だった、という訳ね。
「ところで、紗雪はなにを驚いているの?」
「んっと、クリスさんはユリアのことを、ユリアって言うんだなって思って。私のリスナーも含めて、世間では白いもふもふって呼ばれてるから」
「あ~それね。SNSのトレンドがずっと白いもふもふだったからね。だから、一般的には白いもふもふって名前が浸透してるみたいよ」
「あ、たしかに!」
へぇ~、どうして白いもふもふなんだろうって思ってたけど、そういう事情だったんだ。たしかに、トレンドワードに上がったことが切っ掛けで流行ることってあるものね。
「ユリアと言えば、戦姫ユリアの特集を組む話があったのよ」
「え、そうなんですか!?」
紗雪が驚く横で、私も「わふ!?」と驚いた。もしかして、瑛璃さんが持ち込んだ案件の相手って、SIDUKIブランドだったの?
「驚いた?」
「はい、びっくりしました。私はユリアさんに会ったことあるけど、彼女はそもそもネットに露出しないので、そういう案件はないんだろうなって思ってたので」
「そうよね。実は私、たまたま彼女を目にする機会があったの。背は小さいけど、スタイルがものすごくよくて、絶対カメラ映えすると思ったのよね」
……そうなんだ。私は背がちっちゃいし、特集を組むのも戦姫のネームバリューが欲しいだけだと思ってた。だから、いまの話は少し意外だった。
と、そんなことを考えているあいだも二人の会話は続く。
「やっぱり、クリスさんもそう思いますよね」
「ええ。間違いないわ。彼女はモデルとしても、S級に至れる存在よ!」
というか、いつまでも続く。
「ユリアさん、外見が可愛いのに、すっごく強いんですよね」
「分かる、あの見た目と戦歴のギャップがいいのよね」
「くぅん……(あの、そろそろ止めてくれない……?)」
噂されているのを間近で聞かされることほど恥ずかしいことはない。その後も私はしばらく羞恥に打ち震えることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます