エピソード 2ー8 白いもふもふ、JCに見透かされる

「――取り調べの結果、連中は金で雇われただけだと分かった」


 管理局にある応接間。ローテーブルを挟んだソファの席で向かい合い、支部長の獅子原さんが、紗雪に経過報告をしてくれている。


 それによると、彼らはお金で雇われただけの小悪党で、雇い主も知らないそうだ。

 絡んできた連中は紗雪が宝箱から手に入れた成果物を奪うように言われていただけ。ただ、警備の方はそれの手引きのほかに、連中が失敗したときに紗雪に罪をなすりつけるように指示されていたらしい。


 ここからは想像だけど、雇い主は襲撃が成功するとは思っていなかったのだろう。あるいは、失敗してもかまわなかった。

 襲撃がずさんだったのはそれが理由。


 なら、なにが目的だったのか?

 そう考えたとき、浮かび上がってくるのは警備が受けていた指示だ。


 あの状況をライブ配信していなかった場合、私――従魔がほかの探索者に危害を加えたという疑惑が世間を賑わすことになっていただろう。

 おそらく、それが目的だったのだと思う。


 もっとも、それでどうするつもりだったのかまでは分からないのだけどね。

 ちまたでは、私を危険視する声もあるようなので、そういった者達の自作自演の可能性はある。あるいは、窮地に立たされた紗雪を助けて恩を売るのが目的だったかも知れない。


 いずれにせよ、今回の件はこれで終わりじゃないはずだ。だから――次の襲撃では、必ず黒幕を暴き出し、リズムゲームの練習台になってもらおう。



 という訳で、獅子原さんとの話は終了。紗雪は私を連れて家へと帰還した。玄関を開けると、結愛が「お姉ちゃん、お帰り!」と飛んできて、そのまま紗雪に抱きついた。

 紗雪に抱っこされていた私は二人の間に挟まれる。


「結愛、もしかして、配信を見てたの?」

「うん。お姉ちゃんが無事でよかった……っ」


 結愛はさらにぎゅーっと紗雪に抱きつく力を強める。


「わ、わふ……(く、苦しい……)」


 二人の胸のあいだに挟まれて呼吸がままならない。私のことを忘れないでと思う反面、たった一人の肉親が襲撃されたんだから、心配するのは当然だよねとも思う。


「結愛、心配掛けてごめんね。でも、私は大丈夫だから」

「……うん、安心した」


 結愛はそう言って紗雪から離れた。それから背筋を伸ばしたまま後ろ手に組むと、前屈みになって紗雪の胸の中にいた私に微笑みかける。


「ユリアも、お姉ちゃんを護ってくれてありがとうね」

「わん(いいわよ、べつに)」


 というか、私が狙われた原因である可能性を否定できない。紗雪のストーカーかなんかの可能性もあるから、私が二人のもとを去れば解決する、という問題でもないんだけどね。


「あ、そうだ。結愛、今日は私がご飯の当番だから、ユリアをお風呂に入れてくれる?」

「ん、いいよー」

「わ、わふ?(え、お風呂?)」


 お風呂は一人では入れるなんて言えるはずもなく、私は結愛に預けられた。そして連れてこられた脱衣所。結愛が服を脱ぎ始める。

 ……いや、なんかこれ、大丈夫?


『戦姫ユリア、JCを騙して一緒に入浴疑惑!?』


 って感じで事案になったりしない?

 とか考えているあいだに、結愛は服を脱ぎ終えてしまった。そうして私を抱っこすると、そのままお風呂場へと移動する。


「お姉ちゃんを助けてくれたお礼に、綺麗に洗ってあげるね~」


 いつの間にか用意された犬用のシャンプーでわしゃわしゃと洗われる。


「わふぅ~」


 いくら私が同じ女性でも、女子中学生に全身を洗わせるのはアウトじゃないかな? なんて疑問はあるけれど、結愛は洗うのが上手でその気持ちよさに抗えなかった。


「ねぇ、ユリア。お姉ちゃんを襲撃したあの人達、なにが目的だったんだろう?」

「わん……(それは……)」


 唐突に問い掛けられてぎくりとなる。そんな私に気付いたのか、いないのか、結愛は私をわしゃわしゃしながら話を続ける。


「ユリアのこと、すっごく話題になってるよ。賢いし、可愛いし、戦闘能力も日本でトップクラスの探索者に匹敵するんじゃないかって言われてるんだよね」

「……」


 結愛は背後にいるため、その表情は確認できない。彼女がどんな思いでそのこと口にしているのか、私は洗われるのに身を任せながら耳を傾ける。


「ユリアのこと、譲って欲しいってDMもたくさん来てるの。もちろん断ってるけど、中には、どんな手を使ってもユリアを手に入れようとする人はいるんじゃないかな」

「……わふ(そうね)」


 襲撃者の黒幕の目的も私である可能性は高いと思う。

 だから――と、私の思考の隙間を突くように結愛が私を抱き上げた。そうしで泡まみれの私を自分の胸に抱き寄せる。


「だから、私達に迷惑を掛けるまえに出て行く――なんて言ったら怒るからね」

「……わふ?」


 びっくりして振り返った。

 結愛はそんな私を見てクスッと笑う。


「やっぱり。そんなこと、考えてたでしょ?」

「くぅん……」


 黒幕が紗雪のストーカーのケースを否定できないから、私が去ることで最悪に至る可能性もある。だから、出て行くつもりはないけれど、まったく考えてないと言えば嘘になる。


「お姉ちゃん、ずっと無理してたの。配信中は明るく振る舞ってるけど、危ない目に遭った後は、部屋で泣いてることもあったんだよ」


 思い出したのは私が紗雪を助けた日のことだ。あのときも、私を抱きしめた紗雪は震えていた。きっと、私がいなかったら、一人で泣いていたのだろう。


「でもね、ユリアと出会ってから、お姉ちゃんはよく笑うようになった。毎日がすごく楽しそうなの。だから、出て行ったりしたら……嫌だからね?」

「わん!」


 私に全部任せておきなさいと、小さく吠えて肩越しに結愛の顔を見上げた。

 

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