エピソード 2ー2 白いもふもふ@働かせない
ユリアが正式に従魔として登録された翌日。
放課後になり、紗雪はユリアを連れてダンジョンへ向かった。
余談だけど、ダンジョンは地下に降りれば降りるほど敵が強くなる。特に外観が変わると急激に敵の強さが変わることから、最初の外観を上層、その次を中層というふうに呼んでいる。
という訳で、私達は上層から一気に中層へと向かう。
紗雪が潜っているのはオオカミのような外見の獣、ガルム種がメインのダンジョンだ。どの階層でも、オオカミのような見た目をした魔物が登場する。
だが、上層部に出現するガルム種は弱い。中ボスとボスは一段階ずつ強くなるけれど、それでも一対一なら紗雪の敵ではない。特に苦労することなく上層を突破した。
そうしてやってきた中層の入り口。紗雪はコメントを見たりするための配信用デバイスを装着、続けてカメラを取り出して、配信開始のショートカットボタンを押した。
カメラは虚空に浮かび、すぐに配信が開始される。
「真っ白な世界に彩りを! ダンジョン配信系実況者の紗雪だよ!]
『待ってた!』
『こんにちはー!』
『今日はなにをするんだ?』
「今日はね。ユリアと一緒に中層で狩りをするよ!」
『お、白いもふもふの力を見られるんだ』
『この間の感じだと中層くらいは余裕そうだけど、ボスは挑むの?』
「まずはベーシックを相手に様子見かな。なんの検証もなく、ユリアを頼りにソロで苦戦する相手に挑むのはさすがに怖いからね」
「わんわんっ」
「ほら、ユリアもそうだって」
『白いもふもふなら、中層のボスくらい余裕って言ってそうだけどw』
『下層のボスも瞬殺だったからな~』
リスナーがはやし立てるけれど、紗雪は「まあその辺は後からね」と受け流した。常に命を落とす危険があるダンジョンでは、これくらい慎重じゃなければすぐに死んでしまう。
もっとも、ユリアは『中層のボスくらい、ソロで瞬殺できるように育ててあげるわよ!』と、リスナーの予想よりもぶっ飛んだことを言っていたのだけれど。
閑話休題。
紗雪はユリアを伴い、周囲を警戒しながらダンジョンを進んだ。けれど、普段はちらほらと登場するブラウンガルムがなかなか登場しない。
「……魔物、いないね?」
『先日のイレギュラーで、魔物の掃討作戦が実行されたからな』
『リポップする仕様とはいえ、すぐに沸く訳じゃないからな』
この世界のダンジョンは、ゲームのように倒した魔物がリポップする。ただし、ゲームのように目の前に突然発生するのではなく、どこからともなく発生するのが一般的だ。
一度殲滅すると、魔物が復活するまで少し時間が掛かる。
「そっか、それがあったね。……って、ユリア、どうしたの?」
道の途中、ユリアが後ろ足で立ち上がり、前足で壁をたしたし叩き始めたのだ。
『白いもふもふが叩いてる壁、なんか切れ目みたいなのが見えないか?』
『ホントだ、隠し部屋かも』
魔物のリポップと同様に、隠し部屋なども日によって違う場所に生成される。そして、そういった場所には得てして財宝が隠されていたりするものだ。
リスナーが一斉に盛り上がる。
「スイッチかなにかかな? ……あ、これっぽい」
罠の可能性も否定できない。紗雪は念入りに調べてから壁に隠されたスイッチを押した。すぐに壁が開き、その向こうに隠し部屋が現れた。
紗雪はユリアを連れて、おっかなびっくり部屋に入る。
「部屋の奥に力箱がある……けど、この構造は……」
『モンスターハウスっぽいな~』
『紗雪ちゃん、気を付けてね』
リスナーからの注意を促すメッセージが並ぶ。
ちなみに、さきほど魔物のリポップは人知れずおこなわれると言った。
けれどこれには例外がある。その例外がモンスターハウスだ。狭い部屋で宝箱を開けるなどのトラップを踏むと、部屋の中にたくさんの魔物が発生するのだ。
『どうする? 応援を呼ぶ?』
「うぅん、どうしよう。普通のモンスターハウスなら大丈夫だけど」
先日のイレギュラーが紗雪の脳裏をよぎる。なにより、危険なときはリスナーの協力を得ることが出来る――というのが配信者の強みだ。
保険を掛けられるなら懸けた方がいい。
そんなふうに考えていると、ユリアが宝箱のまえで前足で地面を叩いた。
「……二人で大丈夫って?」
「わんっ!」
当然と言いたげな顔。
(そう、だね。避けられる危険は避けるべきだけど、勇気を出すべきところではがんばらなきゃ。いつまでも怖がってたら探索者はやってられないもの)
先日のイレギュラーで死にかけて臆病になっている。
それに気付いた紗雪は覚悟を決めた。
「協力募集はなし。私とユリアだけで挑戦するよ」
『そっか……大丈夫だと思うけど、気を付けてね』
『死なないでくれよ』
いままでなら、いけるいけると囃し立てるリスナーの方が多かったのに、今日は心配する声の方が多い。臆病になっているのはリスナーも同じようだ。
「ユリアもいるから大丈夫だよ」
紗雪は戦闘の準備をして宝箱を開けた。途端、部屋の中でアラームが鳴り響いた。
部屋の真ん中にブラウンガルムが発生した。
ベーシックのブラウンガルムが二体と、エメラルドのブラウンガルムが二体。中ボスの部屋に発生するのと同じ構成。一般的なモンスターハウスの構成だ。
この程度なら問題ないと、紗雪は剣に手を掛けた。
直後――
「わぉん!」
ユリアが吠える。
刹那、小さな魔方陣がいくつも浮かび上がり、そこから伸びた鎖がブラウンガルムを拘束してしまった。神話でフェンリルを捕らえていたグレイプニルの鎖を模した拘束魔術だ。
中層の中ボス構成とはいえ、それを一瞬で無力化した。
それが可能なのはごく一部のトップ層だけだ。にもかかわらず、ユリアはそれを誇ることもなく、紗雪を見ながらたしたしと前足でエメラルドガルムを叩いた。
まるで、早くトドメを刺せと言わんばかりだ。
『わろたw』
『戦闘が始まるまえに終わった件w』
『しかも、主人にラストアタックを譲る気遣いまでしてるw』
『って言うかこの白いもふもふ、ラストアタックの概念を理解してるのかよw』
ダンジョンの魔物を倒すと経験値が増え、各能力のアップに繋がる。そして得られる経験値は貢献度によって分配されると言われている。
見ていただけだと経験値が入らないが、貢献の内容は多岐にわたり、そのうちの一つにラストアタックがある。
探索者のあいだでは周知の事実で、当然ユリアもそれを知っている。ただ、魔獣は知らないのでは? という意識は抜け落ちている。
そして、ユリアには配信が見えないので、当然コメントによる突っ込みにも気付かない。紗雪の顔を見ながら、早くトドメをと、拘束した魔物を前足でたしたし叩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます