第31話 私たちの関係
葉月の部屋に戻ってベッドに二人で座る。いつものように肩を寄せ合っていると、何かを求めるみたいな熱っぽい瞳にみつめられた。
つないだ手は放して赤らんだ頬に這わせる。その瞬間、葉月の瞳には私しか映らなくなってしまう。リビングでの切なげな表情を思い出すと胸が痛む。
「ごめんね」
「……どうしてあなたが謝るのよ」
本当はすぐにでも好きを伝えたい。張り裂けそうなくらい、胸の中には「好き」が満ちている。でも伝えられない。私の歪んだ気質のせいで、愛おしい人を苦しめることしかできない。
「……キス、するね?」
顔を近づけるとただそれだけで、鳶色の瞳に幸せが浮かぶ。
裏側にある苦しみから目をそらして、唇を触れ合わせる。軽く熱を伝えただけなのに、もう理性が消えてしまったみたいだ。肩に伸びた手が私を軽く押す。逆らうこともせず私はベッドに体を沈めた。
覆いかぶさった葉月の、美しい黒髪が私の首元にこぼれる。
これまでの自分の行動を振り返れば当然だと思う。好意なんてないんだって伝えながらも、恋人つなぎはするしキスだってする。それ以上のことをしてもいいと、挑発まがいの発言だってする。
いつか、こういう日が来ることも分かっていた。不安なんてなかった。むしろ嬉しいのだ。全身がふわふわと浮いてしまいそうなほどに熱い。
大切な人が求めてくれている。全てを自分のものにしてしまいたいと願ってくれている。私が微笑むと、葉月は情欲をたぎらせた瞳で私の胸元に手を伸ばした。
ボタンを一つ一つ外していけば、その先には葉月の望むものが現れる。別に何をされてもいいのだ。だって私は葉月が好きだから。なのに不意に手は止まる。葉月は私の思いなんて知らない。ほっそりとした指先は、第二ボタンよりも先に進めない。
私だって本当は、恋人になりたい。結婚だってしたい。死ぬまで一緒にいたい。
でも、そんな未来は想像できない。
「……ね、もしも本当は葉月のことが好きだって言ったら、どうする?」
照明の逆光で表情が良くみえない。でも体は正直だった。今のままでは触れられない場所の近くまで、指先が降りてくるのだ。
汗の浮かぶ鎖骨を撫でてみたり、熱をもった内ももに手を這わせてみたり。けれど決してその先には進まない。それが、私たちの関係だから。
「……一晩中、嬌声をあげることになるでしょうね」
大胆な発言に目を見開く。
「……私が? それとも葉月が?」
「残念だけれど、答えを知ることはないわ」
ため息をついて私の上から退いた。物欲しげな目を向けても、続きをするつもりはないらしい。膨れ上がった情欲をどこに向ければいいのか分からない。それは葉月も同じはずなのに、すまし顔でつぶやいている。
「さっさと残りの課題を終わらせるわよ」
「……もう満足したの? もっとしてもいいんだよ?」
寝転んだまま問いかけるとジト目でみつめられた。
「……涼香って、そういう経験が豊富なわけではないのよね?」
「キスも、その、……えっちとかも、葉月が初めてだよ」
姿勢を正して上目遣いでささやく。葉月は顔を真っ赤にした。
「キスはともかく、えっ、……後者は私のものにはならないわ」
手を出してくれない葉月が、もどかしい。
ちょっと前までは葉月が望むならって感じだった。でも今は違う。
わがまますぎる考えだって分かってる。でもたくさん愛したいし、愛してもらいたい。言葉で伝えられないのなら、行動で伝えるしかないのだ。もしもほんのわずかでも私の好意が葉月に伝わってくれたら、それはとても幸せなことだと思うから。
静かにベッドから降りる。
ローテーブルの前に座った葉月を、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「……キスしよ?」
耳元でささやく。可愛い耳たぶがすぐそばにあるものだから、ついつい唇で挟んでしまった。熱くて柔らかくて、美味しい。味なんてないはずなのに、葉月の体は甘い果実みたいだ。
「ちょっと、何してるの。やめなさい。だめよっ……」
触れ合った全身から、震えが伝わってくる。言葉では反発しているけれど、体は抵抗らしい抵抗をみせない。舌を這わせる度に、小さく身じろぎをするのだ。吐息も熱っぽいものへと変わってゆく。
「葉月が悪いんだよ? 私の体、こんな中途半端な状態にしてさ。何もするなって方が無理だよ」
「だめよ。私たちはただの友達なのに……」
「今さらそんなこというんだ? こんなにたくさんキスしてるのにただの友達ではないでしょ」
さらさらな前髪を指先で弄ぶ。もしも必死で拒んでくれたのなら、私も立ち止まれたのだろう。けれど本当に、口だけなのだ。
艶めかしくうねる体との対比は、私の理性を希薄にするのに十分だった。ほんのわずかに残った冷静な部分は、取り返しのつかない未来を予測している。
でも我慢できるわけがない。
「……本当にキスだけで我慢できるの? もっとしたいこと、あるんでしょ?」
唇が離れた耳たぶは唾液で鈍く光っていた。目線をさげて、首筋にキスを落とす。
汗が流れ落ちるたびに綺麗だと見惚れていた。あの頃にはもう、恋をしていたのだろう。今となっては心を内側から壊してしまいそうなほどに恋心は膨れ上がっている。抑え込めるわけがないのだ。
息苦しいほどの好意を、少しだけ歪めて葉月にぶつける。
ちゅっ、とわざとらしく音を立てて、白い肌に赤い痕を残してゆく。
綺麗で完璧な葉月は、本来なら誰にでも求められるであろう存在なのだ。そんな人が私なんかに後ろから抱きしめられて、一方的に愛されている。思いを押し付けるだけの最低な私が葉月に相応しいとは今も思えない。心の仄暗い部分がざわめく。
「どうして、……こんなことをするの?」
漏れ聞こえてきたのは弱々しい声だった。拒み切れない自分に、嫌気がさしているのかもしれない。理由なんて、決まってる。純粋に葉月のことが好きだからだ。
でも伝えられない。伝えるわけにはいかない。
「世界で一番綺麗で可愛いからだよ」
振り向いた葉月の唇を、間髪入れず奪った。
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