第26話 人魚のお姫様みたい

 マリンスポーツの道具が売られているコーナーから少し離れた場所。そこに水着が陳列されていた。派手なのから地味なのまで色々なのがあるけれど、きっとどれでも葉月に似合うのだろう。でも着て欲しいものをあえて挙げるとすれば……。


「これがいいかな……」


 私が手に取ったのは、それほど露出のない水着。白いワンピースタイプのものだった。それでも普段はほとんど肌を出さない葉月なのだ。着ている姿を想像するだけで顔が熱くなってくる。


「葉月は私にどれ着て欲しいの?」


 上目遣いで問いかけるとほんのり頬が赤くなった。


「そうね。私個人の欲を優先するのなら、これになるけれど……」


 葉月が手を伸ばしたのは、ほとんど下着と変わらないような黒い水着だった。


「ちょ、ちょっと葉月……!」


 非難を込めてジト目を向ける。葉月ならともかく、私は絶対こんなの似合わない。何より恥ずかしすぎる。でも葉月がこれを望むというのなら、断りたくない。


「……本当にこれがいいの?」


 問いかけると、訴えかけるような目を向けてくるのだ。小さくため息をついて頷く。


「……分かったよ。試着室行こう? こんなの絶対に似合わないと思うけど……」

「絶対に似合うわ」


 不安に思う私とは裏腹に、どうしてか自信に満ちたどや顔をしているのだ。


「その自信がどこから湧いてくるのか、私には分かんないよ……」


 ため息をついて葉月の手を引く。すぐに試着室の前にたどり着いた。けれどなかなか気が進まないから、先に試着してもらうことにした。


 靴を脱いで試着室に入った葉月が、どうしてかジト目でみつめてくる。


「……アイスクリームを待っていたらキスをされそうになるくらいだもの。あなたが考えることなんてお見通しだわ。でももしも覗くのなら、周りに人がいないことを確かめてからにしなさいよ」


 顔が焼けるみたいに熱くなる。葉月は私のことをどういう人間だと思っているのだろう。


「そんなことしないよっ! それもうただの変態だから!」


 軽く睨みつけて、外側からぴしゃりとカーテンを閉める。確かにキスをしそうになったのは認める。でもだからって覗きなんてしない。


 葉月には性的な興味を抱いているわけじゃないのだ。友情の延長線上というか、キスをしたいと思ったのは、一緒に気持ち良くなれるのが嬉しかったから。


 そして気持ち良くなることに喜びを覚えたのは、永遠を感じられるからだ。感情のすれ違いだとか、価値観のずれで人は行き違うことが多い。だからこそ、たった一つでも同じものを抱えられるのなら、それはとても素晴らしいことだと思うのだ。


 要するに葉月の裸をみたいとか、そういうことは絶対にない! ……多分だけど。なんて言葉を濁さなければならないのは、葉月があんまりに綺麗で可愛いからだ。本当に、卑怯なくらいに。


 衣擦れの音が聞こえてくる。悶々としながら待っていると「着替え終わったわ」とどこか残念そうな声が聞こえてきた。もしかして覗いて欲しかったとか? だったら葉月の方がよほど変態だ。


「勝手にキスをしようとするくせに、覗きはしないのね」


 冷静な私なら反論していたのだろう。キスと覗きは全く方向性が違うことだとか、なんだとか。なのにカーテンが開かれた瞬間に、何も考えられなくなる。


 すらりと伸びた足は美しく、腰もきゅっとくびれていて、細い体なのにしっかりと主張している胸のふくらみからも目が離せない。長い髪も相まって童話に出てくる人魚のお姫様みたいだった。


 抗いようがないくらいにドキドキしてしまうのだ。一緒に過ごす時間だけじゃない。体も心も全て、私のものにしてしまいたい。そんな馬鹿げたことを願ってしまうくらいには、葉月に魅入られていた。

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