第24話 キスの条件
ソフトクリームを平らげた私たちは店を出た。
暴力的な太陽に晒されたアスファルトには、陽炎がゆらゆらと浮かび上がっていた。そんな酷暑の中でも手を繋いで街を歩いていく。
交差点で足を止めた隙に葉月の横顔をみつめる。
形のいい唇が汗で濡れているのを目撃すれば、もう目が離せない。
「……ねぇ葉月。覚えてる? 毎日キスするって」
肩を寄せてささやくとジト目で見つめられた。
「十位以内には入れなかったでしょう? 守る義務はないわ」
言葉に詰まる。分かっているのだ。ただでさえ理不尽な関係なのだから、苦しみを押し付けるわけにはいかない。なのに私の根っこはわがままで、どうしようもなく葉月を求めてしまう。
「どうすればキスしてくれる? お願い。何でもするから……」
上目遣いを向けて猫なで声でささやく。
観念したみたいに葉月はため息をついた。
「……海に行きたいと言っていたのを覚えているかしら」
「花火大会とか水族館も行きたいって前に二人で話したよね」
夏と言えば、って感じの場所だ。
夏休みに遊ぶほど仲のいい友達なんてできたことがなかった。テレビの向こう側で楽しそうにしている人たちを見て「いいな」って毎年羨んでいたのだ。
葉月への罪悪感は消えない。でももう既にワクワクが止まらないのだ。楽しい未来に思いをはせていると、葉月はつぶやいた。
「水着を買うのに付き合ってくれたのなら、キスをしてもいいわ」
「……水着? それだけでいいの?」
首をかしげると、葉月は頬を染めてささやく。
「涼香に選んでほしいのよ。私に似合いそうなのをね」
葉月なら何だって似合うと思う。世界で一番可愛くて美人だし、スタイルだってモデルさんみたいなのだ。私が選ぶ理由は薄い。
でもそれだけでキスをしてくれるのなら断る理由はない。
「いいよ。それじゃさっそく選びに行く?」
「今年の夏休みはきっと短いから無駄は少ない方がいいわ」
「確かに。葉月と二人ならすぐに終わっちゃいそうだもんね」
心からの笑みを浮かべると、優しい微笑みで頭を撫でてくれた。蕩けるような心地よさに浸っていると、突然、葉月はとんでもないことを口にする。
「でも海に行くのは課題を全て終わらせてからね」
「え……」
愕然としていると、理解できないとでも言いたげに目を細めた。
「夏休みってそういうものじゃない? まず最初の一週間で課題を全て終わらせる。これが定石よ」
「私そんな定石知らないよ……」
夏休みが終わるギリギリになって、ようやく課題が終わる。それが一般人の常識なのだ。十三位という成績をとれたとはいえ、これまでに培ってきた怠け癖が消えるわけもない。気が重くなる。
「だったら私が直々に教え込んであげるわ」
「あ、そっか。葉月と一緒なんだ。それなら別にいいかな」
今さらながら、当然のことに気付く。瞬く間に陰りが晴れて自然と口角があがる。
「早く課題終わらせて夏休み楽しもうね!」
「やっぱり涼香は可愛いわね」
どうしてか生温かい目を向けられた。しかも頭まで優しくぽんぽんしてくる。
少し前まで「可愛い」は私の専売特許だったのに、今となっては当然のように葉月も使うのだ。嬉しいけど恥ずかしい。
「葉月の方が可愛いよ。絶対に。水着とかも全部似合うと思う」
「涼香の水着姿が楽しみだわ」
「楽しみにされても困るよ……。私は全然大したことないから」
平凡もいい所だ。正直、隣に立つのもはばかられるくらいなのだ。そんな私にどうしてか期待をしてくれている葉月に、申し訳なさが募っていく。
「非合理的な卑下はだめよ。あなたは可愛い。私が保証するわ」
世界で一番可愛い人にそんなことを言われたのなら、軽々しく否定出来ない。
「期待しすぎてがっかりしないでよね……」
「しないわよ。がっかりなんて」
まぶしい笑顔が辛い。こんなことになるのなら、きちんと運動しておくべきだった。ご飯を早めに食べる程度しかスタイルに気を使えていなかったのだ。
肩を落としてしょんぼりしながら、駅の近くのショッピングモールに向かった。
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