第三章 溢れる思いの結末
第23話 キスとソフトクリーム
終業式のあと、街のファストフード店で私は葉月と一緒にソフトクリームを注文した。二人で窓際に座る。真隣から伝わってくる熱は夏でも愛おしい。
ピンク色のソフトクリームを美味しそうに食べる横顔を眺めるだけで、心がふわふわする。手を繋ぐだけでドキドキするし、キスをすれば感じたことのない満足感で満たされる。
だからこそ、あの日の涙が今も忘れられない。私の恋愛へのスタンスは徹底的な拒絶だった。葉月を苦しめてしまうまでは絶対に正しいんだって信じてた。
でも今は分からない。
冷たいバニラの甘みを口に含み、窓の外を行き交う人たちをぼんやりと眺める。
「夏場に食べるアイスは美味しいわね」
「……そうだね」
「涼香と一緒に食べるのだからなおさら美味しいわ」
なんて嬉しそうに笑っているのだ。変わらない態度が怖い。私は葉月に酷いことをした。嫌われてもおかしくないくらいなのに、今もこの人は私の友達でいてくれる。
「涼香。どうしたの?」
肩をすくめていると、眉をひそめた葉月に顔を覗き込まれた。
口元を緩めて小さく首を横に振る。
「何でもないよ。ストロベリーにすればよかったかなって」
「私のを食べればいいわ」
微笑んで口元に差し出してくれるのだ。覚悟を決めて口を開く。控えめにかぶりつくと、口の中にイチゴっぽい冷たさが広がる。
葉月はどこか嬉しそうに私をみつめていた。まじまじと食べている所をみられるのはちょっと恥ずかしい。目をそらして「おいしいね」とつぶやく。
「葉月も私の食べる?」
私だけが貰うのは悪いからと問いかけると、葉月はまぶたを閉じて小さく口を開いた。心臓がドキリと跳ねる。目が離せない。キスをするときの顔に似ているのだ。
顔が熱い。落ち着かない。今すぐにでも奪ってしまいたい。放課後なのだからファストフード店には、学生を中心にそれなりに人がいる。それでも理性が上手く働いてくれなくて、自然と顔を近づけてしまう。
長いまつげに白い肌に綺麗な輪郭。文句のつけようがない美人だ。誰かにここまでときめいたことは、きっとこれまでの人生で一度もない。全身の血液が沸騰するみたいに熱い。店内の喧騒が遠ざかる。ごくりとつばを飲み込む音が聞こえる。桜の花びらみたいな可愛い唇が、すぐそばまで迫る。
その瞬間、ぱちりとまぶたが開いた。見開かれた瞳に息を荒くした私が映る。
「ちょっと、こんなところで何をしようとしているの……?」
葉月は大慌てで体を引いてしまった。途端に店内のざわめきが戻ってくる。
燃え上がるみたいな熱に頬が包まれた。バニラを差し出すべきだったのに、唇を奪おうとしてしまったのだ。それも、意識的にではなくて無意識に。理性すらも働かないような、強い衝動に突き動かされて。
まともな言い訳なんて何も思いつかない。
熱い顔を伏せて、葉月の口元にバニラアイスを運んだ。
「小悪魔どころの騒ぎじゃないわね」
「……ごめんね」
上目遣いで苦笑いする。葉月は小さくため息をついてバニラを頬張った。
「ますます不安になるわ。普段からそんな態度なら会う人会う人みんなを恋に落としていそうよね?」
ジト目で見つめられた。ぶんぶんと首を横に振る。
「普段はこんなじゃないよ! ……葉月の前でだけだから」
目を伏せていると、なおさら大きなため息が聞こえてきた。
「本当にあなたという人は……」
気まずさに耐えかねて黙々とバニラを食べる。葉月が口を付けた場所だとか、そういうことは意識せずに一思いに食べてしまう。なんてことは到底不可能で、軽く悶えながら口の中に入れるのだ。恥ずかしくて顔をあげられない。
葉月と一緒だと私はおかしくなってしまう。ここ最近はより顕著になっている気がする。毎日すると約束したにも関わらず、もう一週間もキスをしていない。頭の中は罪悪感と煩悩ばかりだった。
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