第7話 世界で一番可愛い人

 大きな骨付き鶏もも肉が売ってあったから、それをかごに入れた。


 他にもジュースや着火ライターを買う。ケーキはお父さんが用意してくれているものが冷蔵庫の中に入っているから大丈夫だ。


 買い物を終えるとすぐにスーパーを出て家に帰る。


 学校の鞄はリビングに置いてすぐにキッチンに向かった。


 詳しい作り方を知っているわけではないから、スマホを片手に料理を行う。この家にはオーブンがないから、フライパンで作るレシピを参考に下ごしらえをしていく。


 ちょうど準備を終える頃、チャイムが聞こえてきた。


 急いで手を洗ってインターホンをみる。画面には葉月が映っていた。


 休日に遊ぶこともよくあるけれどいつも制服姿。葉月だけが浮いてしまわないように、私も制服を着て遊ぶのが当たり前になっている。とにかくこの人がおしゃれしている所なんて見たことがないのだ。


 なのに今日は制服じゃない。それどころか葉月にしては結構攻めた肩だしの白いトップスだった。


 しかも緊張しているのか前髪を指先でいじっている。あんまりにも可愛いすぎるからため息をついてしまった。服に興味なんてない葉月なのだ。自意識過剰みたいだけど、これは私のためにおしゃれしてくれてるってことでいいんだよね……? 


「今開けるね!」


 画面に声をかけると葉月はぱっと前髪をいじるのをやめて、恥ずかしそうにはにかんだ。可愛いものみると胸がキュンキュンする、なんてみんな言う。その表現の意味が今ようやくわかった気がする。


 扉を開くと大人びた姿の葉月がいた。モデルさんみたいなスタイルだから、ワインレッドのロングスカートも良く似合っている。高校生にしてあんまりに完成されているから、第一声がこうなるのも仕方ないと思う。


「葉月すっごく綺麗だよ!」


 衝動的にぎゅっと葉月の手を両手で握った。鳶色の瞳が大きく見開かれる。恥ずかしいなんて感情は今の私にはなかったのだ。綺麗な人に綺麗だと伝える。それの何が間違っているのか。むしろ指摘しないほうが失礼だ。


「あなたに褒めてもらえるのなら、おめかししてきて良かったわ」


 照れくさそうに微笑んで、頬を赤くするのだ。衝動のままに抱き着いてしまった。


「可愛すぎだよ……」


 葉月の心臓は私と同じくらいドキドキしていた。


 体をくっつけるとうるさいくらいに聞こえてくるのだ。


「やっぱり涼香は素直過ぎるわ。もう少し言い方をね……」

「綺麗で可愛いからそう言ってるだけだよ? 伝えない方が失礼だよ」


 鼻先の触れ合うような距離で微笑むと、耳まで真っ赤にしてしまった。


「……本当にあなただけよ。そんな風に褒めてくれるのは」


 私はゆっくりと体を離して、手を握る。


「きっとみんな葉月の綺麗さに慣れちゃってるんだよ。それか当たり前のこと過ぎて、指摘しないのが当たり前になっちゃってるか。これからも私がたくさん教えてあげるからね。葉月が誰よりも可愛いってこと!」

「その、涼香も可愛いわよ……?」


 時間が止まったみたいだった。うるんだ瞳で、しかも上目遣いでつぶやくのだ。顔も相変わらず真っ赤だし、言葉もそうだけどその裏側にあるものというか。乗り越えた恥ずかしさを思うだけで、私の顔まで熱くなってしまう。


 嬉しすぎて葉月のそばにいるとおかしくなってしまいそうなのだ。


 とっさに背中を向けて、キッチンに逃げた。


「涼香どうしたの?」

「リビングで待ってて。今料理してるとこだから!」


 キッチンにたどり着くと顔を両手で覆う。


「……本当に葉月は。もう……」


 世界で一番大切な友達は、きっと世界で一番可愛い。


 冷たいシンクに手をついて体の熱を逃がす。本当に私なんかが友達でいていいのか、私なんかがこんなに幸せになってもいいのか、不安になるくらいだ。


 葉月と出会ってからの二か月を思うと目が潤んで、泣きそうになってしまう。


 私は失ってばかりだった。浮気したお母さんに見捨てられた。引っ越しばかりで、友達もまともに作れなかった。誕生日だって誰にも祝ってもらえなかった。葉月に出会うまでは、何もなかった。


 涙を拭って笑顔で調理に取り掛かる。葉月に出会えただけで生まれた価値があると思えるのだ。重すぎるって分かってる。こんな感情は流石にこれから先、伝えることもないと思う。でも大好きだって気持ちは、できるだけぶつけたいのだ。


 ちょっぴり溢れてしまった涙を拭ってから、笑顔で料理に取り掛かった。

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