夜はまだ明けない
体が上へ上へと引き上げられていく。
「ちょっ、はやっ━━━━━━」
しかし、そのあまりの速さに息が吸えない。
くっ、苦しい。もう限界だ。
そう思った時、ふと引かれる方向に光輝く何かを見つけた。
あそこまで行ければ・・・
俺は光の方向に向かって手を伸ばす。
体を必死に捻って、右肩を突き出して、手を伸ばす。
そして━━━━━━
「━━━━ハッ!!はっ・・・はっ・・・はあっ・・・・・」
狂った拍動に浅い呼吸をなんとかして抑える。
冷たい風が頬を撫でた。
「戻って、きたのか?」
周りを見るとすぐ横であの世界で見た映像と同じ『
遠くの方に戦いによるものであろう赤い光に灰色の煙が見える。
どうやら俺は現実に戻ってこれたようだ。
「ここは・・・王国の中央広場か」
広場の外には明かりこそ点いていないが建物が沢山並んでいた。
辺りは空に月の輝き一つない暗闇。
━━━━違和感を感じる。
おかしい。
ここは王国のど真ん中だ。
それに大きな広場で人を集めるのに適しているはず。
なのに明かり一つ無い。それどころか、
「誰もいない・・・のか?じゃあ、避難民は何処に?」
「━━━━彼らには教会の方に移動してもらったさ」
ッ!?
人が居ないと結論づけた直後にも関わらず背後から低い声がした。
俺は急いで前へ跳躍すると後ろへ振り向く。
「そう警戒せずとも良い、少年」
ボウッ、と音を立てて空中に火の玉が出現した。
そして明かりが灯った事で暗闇の中から声の主の姿が現れる。
始めに目に入ったのは彼の顔だった。
その皮膚は左半分が赤黒く変色しており、その痕の中に位置する左眼は虹彩も瞳孔も真っ白で本来の機能が備わっていない事が一目で分かる。
次に目に入ったのは彼の装い。
素人目でも明らかに上質な物だと分かる真っ白な毛皮のコート、そして彼の指には大振りの宝石の留められた指輪が所狭しと並べられていた。
更に手には大きな杖を持っており、その上部にはこれまた大きな宝石が乗せられている。
貴族か、それとも相当な金持ちか?
それに突然現れた火にあの大きな杖・・・
間違いなく魔法使いだ。
「だっ、誰だ!!」
あちらから殺気は感じられない。
だが、そのあまりに異様な風貌に俺は警戒を緩めることが出来なかった。
「私か?私はそこの石に少し用がある者だよ」
耳辺りの良い低音でそう答えた男が『大水晶』を見ながら近づいてくる。
「大水晶に?何するつもりだ?」
「いやなに、見ての通り私は宝石に目がない者でね。前々から王国にはこんな大きな宝石があると耳に挟んでいたんだ・・・仕事でここに来たことだし黙っていられず一目見ようと足を運んだ次第さ」
俺が敵意を見せながら目的を聞こうとするが、男はそれを気にも留めない様子で質問に答える。
「商人様か貴族様か知らないけど、今は帝国軍が攻めてきてて外は危ないし、そんな事してる暇なんてないはずだけど?」
嘘つけ、と俺が男を怪しむ。
すると男は考える仕草をした。
「そうだな・・・時に少年、君はこの『大水晶』と呼ばれる石についてどれだけ知っている?」
「・・・話を逸らすな」
「逸らしてなんかいないさ」
堂々とそう言われて、少し考える。
あいつに乗せられている感じがして不愉快だ。
「『永久の道標』だ。あれの素材として使われてる」
「そうだな。この水晶は自らが削られ、破片となっても大元へと戻ろうとする力がある。そう使われているのは事実だ。だがしかしそれはあくまでこの水晶そのものの性質を利用しているだけにすぎない。この水晶が持つ力では無いのだよ」
コッコッと一歩ごとに近づいてくる男。
俺は身構えた・・・が、男は俺の真横を素通りすると『大水晶』の元へと行き、それに触れた。
『大水晶』に異変は見受けられない。
男はこちらへと話しながら水晶の周りを観察し始めた。
「少年、魔力設備は知っているか?触れる、捻る、持つ、それに決められた動作と少しの魔力を流すだけで料理の為の火がついたり、シャワーの水が出たり、ドライヤーの風が出たりする貴族の必需品だ。最近では庶民たちも使えるようになったと聞いているが」
そう言われて、記憶を辿る。
魔力設備という名前は知らないがシャワーについては心当たりがある。
「それなら知ってる。知ってる、けど・・・俺が使っても何も出てこなかったんだ。何か知らないか?」
そう聞くと、男がこちらを向く。
「ふむ。それは君が『
「持たざる・・・もの?」
「魔力が無いものさ。殆どの人間は魔術の使える使えないに関わらず魔力を身体に有している。だがしかし、どういう訳かごく稀に全く魔力を持たない人間が産まれ落ちる。君はそれじゃないのかい?」
「いや、それはあり得ないぞ」
そうだ。それはあり得ない。ドラゴンは俺の魔力を喰いに来た訳だし、そもそも俺自身が魔法を使える。
「そうか?私の目には・・・まあ良い。話を戻そう。この水晶は日々大量の魔力を生成している。それもこの王国中の人々が魔力設備を使っても余りある程の、ね」
そこまで言った途端に男の目に怪しい光が灯った。
「それで、最初の質問の答えだが・・・私が帝国軍でこの水晶を壊すために来た、と言ったらどうする?」
━━━━━ッ!?油断したっ!!
こんな奴が水晶に近づくことを許すんじゃなかった!!
「おまえっ!やっぱり敵じゃねぇか!!」
そう言いながら腰に回した短剣を引き抜き男へと跳躍する。
すると男は不思議な力で身体を宙へと浮かばせると『大水晶』から離れた。
「すまない少年。少し揶揄わせてもらった。用事は済んだ事だし私は失礼するよ」
男がそう言うと周りを照らしていた火が全て消えた。
「おい!ちょっと待て!!おいっ!!」
俺は何処かへ行く男を追いかけようとしたが、火が消えた事で再び辺りは暗闇になり、姿が見えなくなってしまった。
「くそっ!なんだったんだ、あいつ・・・」
あいつの言っていた事、何が本当で何が嘘だったんだ?
「はあーーー。止まってても仕方ないか・・・とりあえず人のいる所に行こう」
俺はため息と共に苛立ちを吐き出すと、人気のある場所を探して歩き出した。
━━━━━王国の路地裏、鼻をつく異臭とチュウチュウと鼠の声だけが反響する暗い底を1人の人物が移動している。地面が汚らわしいとばかりに空を飛んで。
彼はやがてもう1人の外套を被った人物の元へと辿り着いた。
「ようやく来ましたかイグニスさん」
「待たせてすまない。新たな第三位」
「いえいえ、皆様を帝国まで送り届ける事が私の使命ですのでお気になさらず。それでも魔力を感じるって言って急に飛び出して行った時は驚きましたけどね」
第三位と呼ばれた人物が恭しく頭を下げる。
「それで、用事はどうでしたか?件の少年は良い駒になりそうでしたか?」
「ダメだな。俺を警戒しながらも俺を『大水晶』に触れさせる愚かな少年だった。おまけに武においても策を弄さず真正面から飛んでくる馬鹿ときた」
「そうですか。では、どうして貴方様は笑っておられるのですか?」
「そうか。私は笑っているか」
「ええ、それもこれまで見た事が無いくらい。あれだけ言って、実はあの少年のこと気に入っちゃいました?」
「『持たざる者』である魔術師かもしれない。魔術師として興味を抱かないはずがあるまいよ」
「は?ちょっとどういう事ですか?魔力が無い魔術師なんて、そんな存在成立するはずが無いですよね?」
「だから興味を唆られるのだ。それに━━━━━」
「それに?」
「昔の友人に雰囲気が似ていた」
「そうですか」
それを聞いた第三位は急に興味をなくしたように後ろを向くと目を瞑り何かを唱える。
すると空中に黒い扉が作られた。
帝国の人間であれば知っている、『転移門』だ。
「さっ、それでは帰りましょう」
「ああ」
二人がその門をくぐると、その場には最初から誰もいなかったかのように姿を消した。
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