ニーナ

「また・・・か」


 何もなく、上下左右の感覚も分からない空間。

 そんな空間で俺の身体はまるで水中にいるかのようにふわふわと漂っている。

 このままだとちょっと酔いそうだ。前みたいに地面が出てきてくれたりしないものだろうか。

 そう思った瞬間、俺の足はゆっくりと平らな地面に着地した。


 聞いた話によるとここは俺の中らしい。

 という事は俺が思った通りに出来る・・・のだろうか?


 俺はなんとなく元の世界の自分の部屋を想像した。

 すると周囲の光景が目まぐるしく変化し始める。

 カラフルな模様が空間中に広がったかと思うと、ウネウネと動きながらそれぞれが一つ一つ、確かなカタチとなってこの空間に現れた。


「うわっ、ほんとに出来ちゃったよ」


 壁に囲まれたその閉鎖空間には壁沿いに勉強机と本棚が置かれており、その逆側には1人用のベッドが。

 そして部屋の中心のちゃぶ台から見える所にはテレビが置いてある。

 更にはこの世界で目覚めた時に触れることの出来なかったアラーム付きのデジタル時計まで完備されている。

 間違いなく俺の部屋だ。


「そういえばニーナは何処行ったんだろ?」


━━━━ジジ・・・ジジジッ・・・・・パッ!!

 

 俺の質問に答えるかのように目の前のテレビの電源がついた。

 テレビに映像が映し出される。


『これを見てるって事は起きたって事だね!玖郎おはよ〜!!』


 映像は誰かの視点をそのまま映したような光景、俗に言うとなっていて腕が画面両端から伸びているのが見える。

 声の主はニーナのようだ。

 という事はこの身体は彼女のものか?

 

『これは玖郎が寝てから外で起こった出来事だよ〜!それじゃあゆっくり見てね〜!』


 元気そうな声でそう言うと彼女は両手を前へと伸ばした。何かの予備動作ではなく、ただの準備運動でするような『伸び』だ。

 

 あれ?

 伸びによって大部分が映った腕。

 なんか見覚えがあるぞ。

 鍛えられてゴツゴツとした無骨なそれは女性のものというよりは男性のものだ。そしてあの傷跡とホクロの位置は━━━━


「って、俺の腕じゃねぇか!」


『そろそろ気づいたかと思うけど玖郎の身体ちょっと借りるからね〜!私身体無いから!そこんとこよろしく!』


 そう気づいた瞬間、未来でも見えているかのように映像のニーナが断りを入れた。

 身体が無い、というのは俺の内部空間にいたことから筋は通っているように聞こえる。


『ふふっ、玖郎のことはなんでもお見通しなんだから!!とりあえずさっき言いそびれた事を話すんだけど、玖郎が守りたい人たちが死にそうだから動きながら言うね!』


 そう言うと彼女は胸へと両手を近づけた。


『う〜ん・・・心臓の動きは普段の10倍速もあれば十分かな〜?うんっ!大事な玖郎の身体が壊れちゃったら大変だし!これくらいで!!』


ドグンッ!バクバクバクバクバク━━━━━!!


 そう言った瞬間、画面の映像が炎のような朱い輝きに埋め尽くされて何も見えなくなった。


『それじゃあ本題を話しますが、その前に玖郎に怒らないといけないことがあります!『ナンダ!?ナンダコレハ!?ヤメロ!!トマレ!!ヤメ━━━━━』パァァァァァァンッ!!』


 口調が突然丁寧語になった。俺は今から怒られるらしい。

 それはそれとして今の声、あのドラゴンの悲鳴じゃなかったか?

 ニーナはその悲鳴を気にする様子もなく続ける。

 映像は依然として朱の輝きしか見えない。


『単刀直入に言うわ!死にすぎよ!あなたが目覚めてから一体何度死んだと思ってるの!?』


 はぁ・・・?俺が何度も死んだ?

 いやいや、俺はピンピンしてるはずだ。

 それに今現在、ニーナが身体使ってるじゃないか。


『あー!今俺が死んだ筈ないって思ったでしょ!!』


 またも未来を読んでいるかのような発言に俺はギクリとしてしまう。

 なんかごめんなさい。


『毎回毎回、私がどれだけ頑張って貴方が死ぬ瞬間に回復させてると思ってるの!?最初の一回は・・・魔物に襲われたんだったわね。名前はえ〜と、血舐狼レッドウルフだったかしら・・・まあこれは不可抗力だから許すとして━━━━』


 血舐狼って・・・俺がこの世界に転移して一番初めに襲われた魔物じゃないか!!

 忘れもしない、あの狼たちに噛まれた自分の手足から白い骨が見えたあの光景を・・・


 あの時はロゼアさんが回復の魔法でも使ってくれたのかと思ったが、ニーナが助けてくれてたのか?


『問題は次よ!次!!何回禁術を使う気よ!!あれ使う度に本当だったら死んでるんだからね貴方!!』


 禁術・・・そう言われる心当たりは一つしかない。

 俺が何度も放ってきたあの黒い魔法だろうなぁ。

 言われてみると明らかに不審な点はあった。


 撃つたびに身体中から全ての力がごっそり抜けたかのような脱力感に気絶してたし。

 あれは気絶じゃなくて死んでたのか。

 それに怒りとか憎しみとかで撃つ魔法がまともな訳ないか。


『ねぇ!普通の人間は一回死んだら終わりって事知らないの?ほんっとありえないんだから・・・!』


 ニーナがプンスカと説教を続ける。

 ここでようやく画面が鮮明になった。

 俺は画面に映された映像に驚く。


 空を飛んでる!?


 しかもドラゴンの翼を掴んで軽々と運んでいる。


『まぁ、これだけ言えば反省したでしょう?』


 そんな驚いた俺をおいてニーナが聞いてくる。

 うん、反省しました。

 でも死んでもニーナが回復してくれるならそこまで怒らなくっても・・・


『あ、まーた玖郎いけない事考えてるわね!まあいいわ、本題を話しましょう』

 

 そう言うとニーナの声のトーンが一段階下がった。

 それは今から真剣な話が始まる事を予感させた。


『実は玖郎が死んで私が回復する度にあなたの存在が薄れていってるの。魂って言ってもいいかしらね。本来であれば死んでる場面だもの。それが毎回ちょっとずつ削れていってるのよ』


 つまり、このまま死に続けているといずれ本当の死が来るって訳か?

 そういう事なら大問題だ。


『そうよ、大問題よ!!本来であれば私が貴方と同じ空間に出るなんて・・・ましてや貴方の体を私が借りるなんて出来ないんだから。それほど今の貴方は魂が弱っているんだからね!』


 当たり前のように俺の発言を先読みし、何処かへと突き出した人差し指をブンブンと振りながら忠告するニーナ。


 ニーナはいつの間にか王国西門の戦場へと着いていたようだ。

 彼女は手に持ったドラゴンをぶんっと戦場奥の帝国軍の陣営へと投げつけると人差し指をそのまま帝国軍へと向けた。


『っていうかほとんど回数切れよ。このままじゃ永遠に貴方の体を私が借りることになるわ』


 そんな・・・なんとかならないのか?

 俺はアリミナとセレクタを守らないといけないんだ。


『・・・・・・』


━━━━━━ッ!?

 なんだ!?

 急に体に寒気が走る。


 ニーナが無言で人差し指から光線を放った。

 光線が掠った帝国軍がパタリ、パタリと地面へと倒れていく。


『どうにかする方法はあるわ。『大水晶グランクリスタル』って知ってる?』


 なんだったんだ今の寒気は・・・?

 それにあのビームは?


 それはそれとして大水晶は知っている。

 確か四大国家にそれぞれ設置されているやつだよな?

 大水晶を削ったら破片が元に戻ろうとする性質を使って、その欠片を瓶に詰めれば対応する国への方向が分かるってやつだったはずだ。

 名前はなんだっけ・・・そうだ、『永久の道標パスファインダー』だ。


『知ってる前提で話すけど、大水晶を探しなさい。そうすれば貴方の魂がちょっとは回復するはずだから。なんとなく分かるだろうけどよ』


 どういう事だ?なんでその『大水晶』に触れれば魂が回復するんだ?

 俺のその質問に答える者はいなかった。


 今度は俺の発言に答えなかったニーナはトドメとばかりに投げたドラゴンに近づくと再度掴む。

 しかし前回とは違い掴まれたドラゴンは生命が吸い取られたかのように急激に干からびると、パラパラと塵になって消えていった。

 ニーナは手をパンパンと払うと口を開く。


『とまあ、こんな感じね。じゃあ問題は解決したことだし早速大水晶へ向かいましょうか』


 ん?ちょっと待て。北と西は解決した。

 だけど確か東門の方も攻められていたはずだ。


『東門はって?私も分からないけど何とかなったみたいよ?』


 そうなのか?

 まあでもニーナが言うんだからそうなんだろう。


 そして彼女は王国の中心部の広場へと移動した。


「あれが大水晶グランクリスタル、確かにめちゃくちゃデカいな」


 避難が終わって人の気配の無い広場の更に中心にはルビーのように赤く輝く、大きな水晶が浮遊していた。


『回復する方法は簡単、触れるだけよ』


 そう言うとニーナがゆっくりと大水晶へと近づくと、それを優しく、慈しむかのように触れた。


『ああ・・・ここは『大紅玉グランルビー』なのね・・・』


 その瞬間、ニーナが触れた部分から何かが身体に流れ込んだ。

 すると突然ニーナが苦しみ始めた。


『うっ・・・はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・く、玖郎!私に出来るのはここまでよ!禁術はもう使わないようにね!それじゃあねっ!』


 捲し立てるようにそれだけ言うと、フッと画面が黒く染まった。

 そして体が何がに引っ張られる感覚がする。

 今から何処に向かうのかは不思議と理解できた。




━━━━━自分の役目はひとまず終わった。

 玖郎への感覚の共有を切断したニーナは力無く目の前の大水晶、大紅玉へともたれ掛かった。

 大水晶に触れた事で玖郎の存在感が大きくなり、対照的に自らの存在を代償に力を行使した私の存在感は小さくなった。

 これでもうすぐ身体の主導権は玖郎へと戻るはずだ。


「ふうっ。ほんっと、手間がかかるんだから・・・でも、変わってなくて安心した。ボロボロになりながら私以上に無茶して、何度も倒れても最後には立ち上がって、みんなを助ける玖郎のままで・・・ねぇ、貴方もそう思うでしょ・・・・・?」


 そして彼女の意識はこの身体の主と入れ違うようにして消えていった。

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