アリエナイ
数えきれないほどの建築物が見るも無惨に破壊されている。僅かに残った残骸ですら何処からか引火した炎が全てを喰らいつくさんと包み込む。
そんな惨憺たる光景とは対照的に辺りには静寂が広がっている。何か音があるとすれば時折パラパラと何かの破片が転がる音だけだ。
この場の皆が呼吸すら忘れて見ていた。
戦いは終わった。
最悪の結果と共に。
静寂を破ったのはこの惨劇の主だった。
『フゥ━━━━。フハッ、フハハッ、フハハハハハハハハハァァッ!!』
ドラゴンの歓喜の声が響き渡る。
顔の半分が消し飛び、ぷらんと垂らした顎を上下させながらも嗤う。
その巨大を揺らす度に噴水のように血が吹き出し、左側だけが繋がった顎は今にも千切れそうになっている。
だがそんな痛みも気にせず。或いは痛みを感じないのか、ドラゴンは高らかに自らの勝利を宣言する。
『ヤッタ!ヤッタゾ!!クッタノダ!!ワレガ!!』
その喜びを分かち合う相手などいる訳がない。
ドラゴンの踊る様な声はここにいる敗残兵に現実を突きつけ絶望を与えるだけだ。
「くそっ・・・ここまでか」
唯一の勝機である少年はたった今ドラゴンの胃袋の中へと呑まれていった。
だからもうここにはドラゴンへと対抗する手段は残っていない。
『チカラヲカンジル!カンジルゾオォォォ!!』
残った雑兵を気にも止めず感情が昂るままに叫ぶドラゴン。
油断しきった今ならなんとかして奴に痛い目を見せてやれないだろうか。
いや、それは無理だ。先ほどから何度も挑戦したがただの人間の小さな力ではあの皮膚にちょっとした刺し傷を作るのが精一杯だったろう。
そんな絶望の中、兵士の1人が立ち上がった。
「まだです!まだ終わってません!僕たちが時間を稼げばいずれ助けが来るはずです!ほら!だから立ち上がってください!」
あいつは確か去年入った新人だったはずだ。
「はぁ、俺たちゃどうしちまったんだろうな。さっきから2回も若い奴に発破かけられちまった」
「ああそうだな。あんなこと言われて立ち上がらない訳にはいかねぇよな」
「あーあ、こんな事なら腹一杯酒飲んどけばよかった」
もう残っている兵士は数えられるほどしかいない。
だが、その若い兵の掛け声に勇気づけられた僅かな兵たちが立ち上がる。
━━━━しかし、その覚悟を嘲笑うかのようにドラゴンが兵たちの方を向いた。
『マダオレヌカ、チョウドヨイ』
そう言うとドラゴンの口が光り輝き、周囲に幾つもの大きな氷柱が生成される。
『ワガハラニ、マリョクヲカンジル・・・ウケルガイイ!!ワガマホウヲ!!』
そしてドラゴンは久しく放つ事の無かった自らの魔法の発動を高らかに宣言する。
『『
「みんなぁぁ!!回避だぁぁ!!」
目の前の雑魚共が慌てて逃げようとする。
しかしもう遅い。逃げる前に無数の氷の槍が奴らを貫くのだから。
貫くの、だから・・・・・
「避けろおぉぉ!!よけ・・・って、あれ?攻撃が来ない?」
━━━━━だがしかし、いつまで経っても魔法の効力は発揮されなかった。
それどころか生成された氷柱はどれも小さく弱々しく、数も本来の百分の一も生成されていない。
『ドウシタ!?ナゼダ!?』
何があった?
魔法の発動はしたはずだ!!
数十年の間使えなかったとは言え、使い方を忘れるなんてはずがない!!
技量に問題が無いのであればこんな事が起きる原因として考えられる答えは一つしかない。
それは、魔力。
いや!それは有り得ない!!魔力不足など!!
先刻とち狂った魔力量の少年を喰らい、我が魔力は完全に満たされたはずだ!!
その証拠に、あの少年にやられた傷なんてすぐに治せ・・・・・ない!?
ならばこの腹の中に感じるこの大量の魔力はなんだというのか!
まさか・・・!!
それこそ有り得ない!我が胃酸に溶かせぬものはない!!人間如きが我が胃の中で生きているはずなど!!!
有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!
そこまで考えた所で突然、腹の中の魔力が膨れ上がった。
そしてそれはドラゴンの腹を風船の様に大きく、大きく膨らませていき、
『ナンダ!?ナンダコレハ!?ヤメロ!!トマレ!!ヤメ━━━━━』
パァァァァァァンッ!!
限界に達したドラゴンの腹が爆発した。
「は・・・?なんだ?何が起こっている?」
兵士たちはいつまで経っても攻撃は飛んで来ず、更には突然腹を膨らませて苦しみ出し、遂には腹を爆発させたドラゴンに唖然とする。最初は腹を膨らませたのも攻撃の一種かと思ったが、どうやらそういう訳ではないようだ。
「おいっ、あそこ。なんか動いてないか?」
そして仰向けに倒れたドラゴンの腹から何かが出てこようとしている。
「━━━ッ総員!警戒態勢!!」
次なる脅威がそこから出現する。
━━━━かと思われたが、現れたのは人であった。
あの顔には見覚えがある。あれは間違いなく先ほどドラゴンに食われたあの少年だ。
「君は・・・少年!!少年じゃないか!!無事だったのか!!」
しかし少年は此方を振り返らず、更に一言も発さずに自らが出てきたドラゴンに近づくと、それを軽々と持ち上げた。
そしてブツブツと何かを呟くとそのまま宙へ浮き、何処かへと飛んでいった。
「彼は・・・一体何者だったんだ・・・・・」
「終わった・・・」
「勝った、俺たち勝ったんだ・・・」
惨劇の主であるドラゴンが居なくなったこの場にまたもや静寂が訪れる。
しかし、此度の静寂は恐怖によるものではなく脅威が消え去ったことによる安心感や脱力感から来るものであった。
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