急転

「はぁっ、はあっ」


 もう何本の矢を放っただろうか。

 そう考えながら次、また次と矢を放つ。


 幸いにも肝心の矢そのものは王国の人から補給され続けているから心配要らない。

 だからそこの問題はない・・・のだが、問題は俺自身だ。既に俺の体力面、精神面で疲れが出始めている。

 だけど弱音を言っている暇も無く、また次の矢を放つ。


 そんな俺を嘲笑うかの如く、帝国兵は身体中のあちこちから矢を生やしながらも雄叫びをあげながらこちらへと突撃を続ける。


 帝国軍の最前を走る者と王国軍の最前に立つ者がかち合った。


「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


「「「押せええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」


「「「負けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 金属同士がぶち当たる音と共に王国の兵たちから勇ましい掛け声が聞こえてくる。


 ほとんどの人員が魔族で構成されている帝国軍に、魔族は人間とはそもそも身体の作りが違うという事が嫌でも思い知らされる。

 魔族は矢や槍、そして剣によって様々な傷を作りながらも王国兵を圧倒する力で前へ前へと押し進む。


「━━━━━がぼっ・・・」


 そして王国軍で初の死者が出た。

 その者は何度も目の前の帝国兵を斬り続けたが、その努力も虚しく最期には熊のような魔族に喉元を食いちぎられて地面へ投げ捨てられた。

 

「━━━━━━ッ!」


 俺は息を呑んだ。

 何度見ても人が死ぬ所を見るのは慣れない。自らの呼吸が小刻みになるのを感じる。


「怯むなぁぁぁ!!」


 その声に俺はハッとする。声の主を見ると先ほど王国兵を噛み殺した熊のような魔族に1人の王国兵が斬りかかっている最中だった。背中から剣を突き立てられた魔族は大きな唸り声をあげながらもその王国兵を殺さんと振り向く。

 しかしその瞬間、また別の角度から1人の王国兵が飛びかかった。その王国兵は飛んだ勢いそのままに自らの手に持った剣を魔族の首目掛けて振り下ろす。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 すぱっと勢いよく魔族の首が飛び、王国兵が雄叫びをあげる。


 そうだ、みんな頑張ってるんだ。俺だけ蹲ってる訳にはいかない。


「すぅーーーー、はぁーーーー・・・」


 大きく深呼吸した。すると、少しだけだが視界が開けた。冷静になった俺は戦線を見る。

 目の先には王国兵を顔を鷲掴みにし、今まさに噛み殺さんとしている魔族がいた。

 俺が助けないと!!


「そこだっ!!」


 帰らずの森での特訓が功を奏したのか、矢はその魔族の右眼深くに突き刺さった。

 唸り声をあげる魔族に体が自由になった王国兵が即座に斬りかかる。

 首から上が身体から離れた魔族はそこでようやく地面へと倒れた。






「━━━━━敵の勢いが落ちてきたぞぉぉぉ!!今だ進めぇぇぇ!!」


 帝国軍と王国軍が戦い始めてからどれほど時間が経っただろうか。永遠のようにも一瞬のようにも感じられたその時間はもう日も完全に暮れるという頃、王国軍の先頭に立つ人物が号令によって終わりを迎えようとしていた。


 始めこそ勢いの良かった魔族たちも体力の限界が近いのか確実に動きが悪くなってきている。

 致命傷には至らないとは言え、俺たちの支援射撃によって帝国軍たちは傷だらけだ。

 それに加えて陣形を作り、確実に一人一人仕留めていった王国軍と違い、帝国軍がとった戦法は終始ずっと身体能力によるゴリ押しであった。

 

 これはいける!!


 誰もがそう思った。


 そんな勝ちが確定したような状況の中、王国の中から1人の兵士が息を切らしながらこちらへと走ってきた。


 その瞬間、彼に気づいた者たちに嫌な雰囲気が流れた。

 こんな状況で良い知らせが届くことがあるだろうか?

 いや、そんな訳は無い。必死の形相でこちらへと走ってきた兵士が持ってきた情報はもちろん━━━━━


「伝令!伝令!!東門が帝国軍に破られた!!至急応援を!!繰り返す!!東門が帝国軍に破られた!!」


 喉が壊れるのではというくらいの大声で兵士が報告をする。

 東門が破られたというその致命的な被害に兵たちに驚きが走った。


「は!?東門!?あっちは海岸だぞ!!」


「くそっ!!こっちは囮だったってことかよ!!」


 報告が耳に届いた兵たちが慌て出す。

 がしかし、すぐにそれらを黙らせた者がいた。


「皆よ聞け!!」


 皆の視線が城壁の中心に向く。

 声の主である眼鏡の男がばっと右手を振りかざすと、口を開いた。


「こちらには最低限の人数だけ残す!!予備の兵と城壁の上にいる者たちは皆東門に移動する!!私についてこい!!」


 それを聞いた兵たちがすぐさま動き始める。

 俺も急いで移動しないと。

 そう思い、城壁から降りようとしたその瞬間だった。


「━━━━━誰かぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 またしても王国の中から助けを求める者が現れた。

 1人目と違い今回はあちこちが破れたボロボロの服を着ている男だ。

 ちょうど城壁を降り、今まさに出発せんとしていた眼鏡の男が前へ出る。


「どうした!何があった!」


 するとボロボロの服の男は体を震わせながら口を開いた。


「ドッ、ドラゴン・・・ドラゴンが!!ドラゴンが北門に出た!!城壁も簡単に壊されちまって、兵隊さんも街の人も沢山殺されちまって、とにかく大変な事になってる!!助けてくれ!!」


「は・・・?」


 先の事態には迅速に対応した眼鏡の男だったが今回の報告には動揺が見られた。


「ドラゴン!?ドラゴンなんて何年も出てないじゃないか!!どうしてまたこんな時に!!」


 眼鏡の男の後ろにいる兵士が声を出す。

 兵たちの間にも一度は消えたはずの動揺が再び生まれる。


「な、なぜA級冒険者が居ない時に・・・いや、A級どころか冒険者自体が大討伐でほとんど不在だったな・・・くっ」


 眼鏡の男がギリと歯噛みする。

 

「今いる戦える者の半分は北門へ向かえ!!我らも東門の帝国軍を倒した後すぐに向かう!!頼む!報酬ならいくらでも出させる!!時間を稼いでくれ!!」


 ドラゴンなんて勝てっこない。

 誰もがそう思いはするが口には出さなかった。


 そもそも、ドラゴンなんて王国全体で協力して勝てるかどうかの魔物なのだ。

 帝国軍に攻め込まれて碌な兵力を回せない今は時間稼ぎすら怪しいだろう。


 それでも眼鏡の男は指示を出した。

 王国のために死んでくれと。


 そしてその頼みに答える者たちがいた。

 それも1人ではなく、何十人と。


「俺は行くぜ!あんたらが来る前に倒しちまうおうぜ!」


「ああ!俺もだ!!トカゲ如きなんざ恐れる事ねぇ!!」


「あそこは俺の家族がいるんだ!早く行ってやらねぇと!!」

 

 本気で彼らは勝てると思っている訳が無い。

 ただ虚勢を張っているだけだ。

 それでも彼らは立ち上がって死地へと向かう。


「武運を、祈る」


 眼鏡の男が彼らの後ろ姿を見て呟いた。




「俺も行かないと・・・」


 そしてその様子を見ていた俺はドラゴンの方へと向かう彼らの後を追った。

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