一人だけ

 俺はアリミナとセレクタと別れ宿を出た。

 すると目の前の大通りから大きな声が聞こえてきた。声の発生源の方を見ると鎧を着た人物がいた。


「戦えるやつは西門へ来てくれ!戦えないやつは家に!家が西門に近いやつは教会か城に避難しろ!!」


 ちょうどよかった。この人に話を聞こう。


「すいません!西門ってどこですか?」


「なんだ君は、ってまだ少年じゃないか!うーむ、その背に背負った弓を見るに君は冒険者か・・・戦えるんだね?」


「はい、E級の新米ですが冒険者です!僕もみんなを守るために力になりたいんです!」


「はぁ、私の息子とそう年齢の変わらない少年を死地に向かわせるのは心が痛むが・・・分かった。西門はあっちだ」


「ありがとうございます!」


「どうか死ぬんじゃないぞ」


 自分の心配をしてくれる心優しい騎士さんにお礼をして教えられた方向へと駆け足で向かう。


 西門を目指す途中俺とは逆の方向、すなわち安全な場所へと向かう親子とすれ違った。

 まだそう年も行っていない子供は指を口に入れてよく分からなさそうにしていたが、我が子を抱くお母さんはその子を愛おしそうに眺めるとその額に口づけをした。

 

 この人たちの平和を守れるといいな。その光景を見て気を引きしめた俺はその拳に力を込めた。




 西門へと着くと、もう既に門は開かれその先には大勢の人が集まっていた。


「前へ出れる者は門の先へ!遠距離攻撃を行える者は城壁の上へ!!」


 城壁の上?

 一瞬疑問に思ったが城壁の上に並ぶ人々を見つけて理解した。そうか、あそこから撃つのか。

 案内に従って階段を登り、俺も城壁の上へと並ぶ。


 そこはとても見晴らしの良い場所で門の向こう側で隊列を組む人々が見える。一人一人が粒のようで、まるで現実じゃないみたいだという感想が浮かんだ。


「そんで、あれが帝国軍か」


 そしてその更に向こう側にはこちらへと向く人々が見えた。目を凝らしてよく見ると、彼らはただの人間に混じって、角の生えた人や大きな耳のある人、毛むくじゃらの人がいるのが見えた。


「あの人たちはなんだ・・・?」


 そう呟くと、隣にいた男が俺を向いた。


「ん?なんだあんちゃん。魔族を知らないのか?」


「魔族・・・?」


 獣人の方が表現として近いんじゃないのか?そう思って首を捻った俺に男が答えてくれる。


「そうさ、魔族。魔獣の特徴を持つ人らだから魔族って呼ばれてる。まあ、ワルドローザ王国は大分前から魔族の入国が禁止されてるもんな。あんたみたいな若い奴らが存在を知らないのも無理ないか」


「そうなんですか、勉強になります」


 そういう理屈なのか。そういやこの世界では動物という単語を聞かず、全て魔獣と呼ばれているな。

 由来を理解できた俺は男に礼を言う。


「ああ、いいよいいよ。兄ちゃん、戦いが終わったら魔族とヤれる店を紹介してやろうか?見たところ魔族の良さを知らないだろ?一回経験したらもうただの人間では満足できないのなんのって」


 やれる?ってどんな店だ・・・?疑問に思った俺は男の言葉を元に考える。

 はてなマークが頭に浮かぶ俺に男が驚きの表情をする。


「えっ、そういう店は分かるよな?が出来る所」


 そこまで言われてようやく理解できた。

 元の世界の高校生ではほとんどの人間が行ったことのないであろう、いかがわしい店と理解して顔がだんだんと赤くなる。


「ちょっと!行きませんよ!揶揄わないでください!」


「あはは!すまんすまん!初心だったか!!」


 そう和やかな会話をしていると、目の前から雄叫びが聞こえてきた。どうやら帝国軍が動き出したようだ。


「・・・っ、来ましたね」


「ああ」


 ドドドドドドドドッ!!


 大勢の帝国軍が同時に動き出し、地面が揺れる。

 鬼のような形相の男たちが我先にとこちらへ走る。


「今だッ!!撃てぇぇぇぇぇぇ!!」


 そう時間のかからないうちにやつらが弓の射程圏内まで到達したようだ。

 それが聞こえた瞬間、俺は弓を構えて射・・・ようとしたが、引ききることができなかった。


「あれ・・・?」


 手が震えている。

 おかしい、もう一度構えようとする・・・が、力が入らない。

 一体どうしてしまったのだろうか。

 

「兄ちゃん!!どうした!?」


 異変に気がついた先ほどまで話していた男が声をかけてくる。


「手が、震えて・・・」


 男は俺のぷるぷると小刻みに震える手を見る。


「あんた、人を殺した経験は?」


 そう言われ、考える。『大討伐』で俺の放った魔法は1人の男を殺していたはずだ。


1なら」


「そうか、その時はどんな事考えてた?」


「俺がやらないと誰かが犠牲になるから・・・」


「それで?」


「あいつだけは殺さないとって・・・俺に優しくしてくれた人を殺したあいつだけはって」


 そうだ。あの時俺を突き動かしていたのはあいつを止めないとという使命感、それに憎悪だった。

 何があったか知らない筈の男は、だがしかし頷いた。


「・・・分かった。兄ちゃんは今迷ってるんじゃないか?あんたが今から殺す相手はあんたに何もしていないただの人だ。中には善人もいるだろうし、無理矢理戦わされている奴もいるかもしれない。そんな人間をただ殺したんじゃ殺人犯となんら変わりない。そんなこと考えてるんじゃないか?」


「そう・・・かもしれません」


 言われてみれば、そんな気がしてきた。

 なら、どうすればいいのだろうか。

 そう困惑する俺の目を正面から見ながら、男が言う。


「なら、今だけは守りたい奴のことを考えろ。ここに立ってるってことはそれがあるんだろ?」

 

 そう言われ、俺はある従者から託された2人の少女を思い浮かべた。

 もちろんアリミナとセレクタだ。

 アリミナはしっかり者で頑張り屋さんだ。そして危険な場所に行く俺を心の底から心配してくれるとてもいい子だ。

 セレクタはまだよくちょっとわからない部分が多いけど、いつか彼女が笑っているところを見てみたい。


 まだまだいくらでも出てくるがそこで気づいた。

 手の震えが消えていることに。

 それどころか、2人のことを考えているとどうしてか不思議と力が湧いてくる。


ふぅーーーーーー・・・


 俺は大きく深呼吸すると深く弓を引いた。


「おし!もう大丈夫そうだな」


 男はそう言うと、彼自身もクロスボウを取り出して構える。

 ゆっくり、ゆっくりと狙いを定めて、俺は矢を離した。


シュパッ━━━━━!!


 風を切る音が聞こえ、矢が飛んでいく。


 矢が不運な誰かに当たった。


 その人は倒れ、人混みに呑まれて見えなくなった。


 そのまま俺は機械的な動作でもう一度矢をつがえると弦を引く。そして放す。


「はあっ、はあっ・・・」


 俺は自身の息切れの音を感じながら弓を撃ち続けた。

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