動き出す両軍
日没の真っ只中、遠くの地平線にオレンジ色の夕日が見える。
いつも通りであれば子供はぼちぼち家へ帰り始め、周りの家から夜ご飯のいい匂いが漂い始める、という時間帯。
そんな王国中に突如として激しい警鐘の音が響き渡った。
カァン!!カァン!!カァン!!カァン!!
「敵襲!敵襲だぁぁぁ!!」
この鐘が前回打ち鳴らされたのは五年も前の事である。
久しく聞いていなかったこの音に街の人々は動揺する・・・かと思われたが、一瞬固まる者こそおれ、パニックになる者は誰1人としていなかった。
「君は先に家に帰っておいてくれ。愛してるよ、アンナ」
「おい、坊主!この店は任せたぞ!ちょっといってくらぁ」
「戦える俺たちは門へ行くぞ!お前ら、帰ったら飲むぞ!!」
なんと驚くことに各々が取るべき行動を取り始めたのだ。
いや、王国の内情を少しでも知っている者であればこう言うであろう。
三年前、『ゴドラゴ帝国』と『ワルドローザ王国』に並ぶ四大国家の『ソルティア共和国』が一夜にして帝国に完全征服されたという報せが入ったその日、王国の民は大きく驚きそして恐怖した。もう終わりだと諦める者や、帝国へと降伏しようと言う者まで現れた。
だがしかし、その日から今日に至るまでの三年という期間は王国の民全員に覚悟を決めさせるには十分な時間であった。だからもう既に慌てふためき、パニックになるフェーズはもう過ぎ去ったのだ。
この三年という期間だが、本来であれば『ソルティア共和国』が落とされて間も無くこの『ワルドローザ王国』にも帝国は手を伸ばすはずであり、存在するはずのない三年間であった。
これは王国の中でも限られたものしか知らない情報だが、帝国に忍び込ませているスパイによると、そんな自分たちが武力を整え覚悟を決めるに至るまでの時間が生まれたのは驚く事に1人の英雄によるものだと言う。
『龍殺し』、『一騎当千』、『血薔薇の狂戦士』、彼女にはその他にも98個もの異名が存在するが一番有名なものはやはり『最強』であろう。
その英雄の名前はロゼア・ブラッドローズ。このワルドローザ王国の6世代前の第二王女であり、王家の名を捨てて冒険者の道を進んだ者。
そんな彼女はある時は大剣で、またある時は強弓を手に持ち、各地へと行軍をする帝国軍を何度も単騎で追い返していたそうだ。
到底信じられない話ではあるが、幼少期の頃から自らの父親に何度も聞かされていた彼女の武勇伝によると本当なのだろう。
王国の西門にて、王国騎士団団長のバッハはそうして過去の英雄へと思いを馳せた。
彼は今しがた開ききった門を見て自らの目の前に並ぶ五千人の王国騎士団たちに号令をかける。
「お前たち!ゆくぞ!!」
「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
━━━━時は少しだけ遡り、帝国軍の最奥にて佇むイグニス。
『天帝十殿堂・第二位』であり今回の王国征服作戦の全指揮権を持つ彼は、手持ち無沙汰そうに兵棋の駒を手の内でころころと転がす。
「ふむ、バレたな」
王国へと陛下が忍び込ませた諜報員・・・王国では確かタスクと名乗っていたんだったか。
彼が作戦に失敗したせいで我々が王国の近くで虎視眈々と襲撃の準備を整えている事がバレてしまった。
「こうしようか?それとも、こうか?」
彼は手に持った駒をコト、と机の上に広げられた大きな地図の上で動かす。
大陸の英雄がようやく死んで、それで陛下は大陸中をもう既に征服し終えた気分なのだろうか?
容易にそう思えるほど今回の王国への進軍は兵力的に無理がある。
王国を落とすには天帝十殿堂が少なくとも5人、そして制空権を得られる第七位がいる事が最低条件だろう。
しかも第三位の『転移門』で帝国からここまで転移出来る人数に限りがある。こちらの兵力は大体一万くらいしかいないだろう。
十分な数と思うかもしれないが、王国の人口はおよそ5万人。そこから戦えないものを差し引いてもこちらの2、3倍は兵力があると考えて良いだろう。
「もう、今攻めてしまおうか」
本来であれば、夜に襲撃を開始したかった。
だが、存在に気づかれてしまった。
であれば相手が準備を終える前に攻めてしまおう。
「出るぞ!支度をしろ!!」
「はっ!」
思い切ってそう答えを出したイグニスは口元を歪めると椅子から立ち上がり、動き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます