これでいいか?

「やっぱり賑わってるな」


 宿へと戻る途中、様々な店が並ぶ大通りを見て俺はそう呟く。


 この国にはもうすぐ帝国軍が攻めてくる。正確な時間は分からないとは言え、これは事実だ。

 今ごろ俺たちが手に入れたこの情報をシズクさんが王様に報告している所だろう。


 この国の門を突破されたらここも辺り一面の火の海に変わってしまうんだろうな。

 まだ王国にはさほど思い入れが無い。だけど、その光景を想像してしまった俺は心を痛める。


「はぁ、勝ってくれたらいいんだけど・・・」


 他人事のようなため息が出る。

 俺には1人でこの戦いを勝利に導くような力は備わっていない。せいぜいが一弓兵として後方から射撃するくらいだろう。

 一応魔法は扱えるが、一度きりしか撃てない制限がある。というか撃ってしまったら気絶してしまう。うっかり戦場のど真ん中で気絶してしまった者の末路なんて考えたくもない。

 撃つタイミングはしっかりと見極めないと。


 それに『大討伐』でA級冒険者のタスクが起こした虐殺。あれを止めるために俺が放った黒の弾丸はあいつを殺せなかった。護衛が魔法の威力を削いだ結果とはいえ、この事実によって俺の魔法への信頼が少し薄くなってきている。


 そんな事を考えているうちに『プリンセスホテル』が見えてきた。


「とりあえず帰ってきた事だし、アリミナとセレクタに会おう」


 俺は幾つかの手続きをしてホテルのフロントから鍵を貰うと美術品の飾ってある廊下を通り、絵画の飾ってある階段を登る。そのまま進み206と書かれた扉の前まで辿り着くと、鍵穴に鍵を刺し込みガチャリと音のするまで回す。

 そしてドアノブを引くと━━━━━


「━━━━あ!おかえりなさいなのだわぁぁ!!」


「ぐげぇっ!!」


 俺を見るなりロケットのように突撃、いや、抱きついてきたアリミナによって後方に押し倒された俺はカエルの断末魔のような情けない声をあげてしまう。


「いてて、ごめんなさいなのだわ・・・」


 そうして俺をクッションにして倒れたアリミナが謝る。

 倒れた俺の顔に、彼女のクリーム色のさらさらヘアーが被さってこそばゆい。


「い・・・いや、だ、大丈夫、大丈夫。ただいま」


 彼女の突撃からどれだけ俺を待っていたか十分伝わった。そんなに俺を待っていてくれたのなら、怒る事なんて出来ないじゃないか。

 だから代わりに申し訳なさそうにする彼女の頭を撫でてやる。


「うんっ!おかえりなさいなのだわっ!!」


 すると彼女はえへへっと太陽のような笑顔を浮かべるのだった。


「━━━ところで、そろそろどかない・・・?」


 と、キリの良くなった所で俺は提案する。

 我慢はしているが今現在、倒れる俺に跨るような形でアリミナが乗っている。そろそろ色々限界が近い。


 俺がそう言うと、うん?と首を傾げたアリミナ。きょろきょろと周りを見渡して状況確認をした彼女は突然カチンと体を硬直させた。

 そして顔がどんどん赤くなっていったかと思うと、


「あっ、ああっ!ごっ、ごめん!ごめんなさいなのだわっ!!」


 ぷしゅ〜と湯気を出しながら俺から立ち上がるアリミナ。


「ふうっ、ありがとうアリミ━━━━━」


 腰をさすりながら立ち上がりそう言おうとした瞬間、背筋に寒気を感じた。

 気配を辿ると、じっ・・・と俺を見つめる視線があった。赤い顔をぱたぱたと手で扇ぐアリミナの後ろだ。そこでただ無表情で直立しながら俺を見つめるセレクタがいた。いつも瞳孔の開いて奥深く吸い込まれそうなその瞳が、心なしかいつもより黒く、深い気がする。


「セ、セレクタも、ただいまっ!」


 なんか分からんけどセレクタの後ろにやばいぐらい黒いオーラが出てる!!


 上擦った声でセレクタに挨拶すると、彼女はその無表情のままトコトコとこちらに歩いてきた。

 そしてぱっと両手を上げて万歳のポーズをとった。持ち上げろってことか・・・?


「こ、これでいいか?」


 脇に手を入れて、猫を持ち上げるようにみょーんと持ち上げてみた。

 しかし、自らの目の高さまで持ち上げた彼女から黒いオーラが消える気配がない。というか正面から見るとなお怖い!!


「じゃっ、じゃあ、こうか?」

 

 今度はそのまま彼女を近づけ、ぎゅっと抱きしめた。

 すると嫌なオーラがだんだんと無くなっていった。良かった、当たりを引けたようだ。


「おかえりなの」


 抱きしめたセレクタが耳元で小さく呟く。


「ああ、ただいま」


 そしてそのままアリミナ同様にその艶々の黒い髪の頭を撫でてやった。

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