道中にて

━━━━セガリ村とワルドローザ王国を結ぶ平原。ここには大した魔物もおらず、かと言って人間もいない。ただ風が草を撫でる音だけが流れている。


 日が良ければ、こんな所でピクニックをする人がいるかもしれない。燦々と輝く太陽の下で風呂敷を広げ、植物の香りを感じながらサンドイッチを食べる。そんな青い春の光景がありありと目に浮かぶような、そんな場所だ。


 しかし、この場所を駆ける影が一つ。

 その馬のようなシルエットの上には2人の男女が乗っており、この静寂をぶち壊しにするような大声を上げていた。


「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!はっ、はやっ、はやい!はやすぎるっ!!ちょっとおぉぉぉぉぉぉ!!」


「おくちは閉じないとだめよ〜?舌、噛んじゃうかもしれないから〜」


 そんな俺たちの会話を気にする様子もなくパカラッ、パカラッと疾走するユニコーンちゃん。

 彼女?は本物の馬ではなくスライムなので蹄鉄はおろか、ヒヅメすら無い。だから正確にはパカラッパカラッっではなくべちゃっ、べちゃっと言う擬音が正しい。


 いや、そんな話はどうでも良くてだな・・・

 確かに早く王国に帰りたいとは言ったけど。この子、ちょっと速すぎる!!

 ヘルメットも安全帯も無い状態で遊園地の絶叫マシン顔負けの速度で疾走する彼女?に乗せられた俺は、あまりの速度に血の気が引く感覚を覚える。


 俺は絶叫マシンが苦手なんだ!

 下腹部に若干の浮遊感、そして身体中をぞわぞわと寒気が這い回る。

 これ、もし落馬したら死ぬよな?間違いなく死ぬよな?

 うわぁ、ダメかも・・・


ビュオオッ!!


「あっ━━━━」


 その時、一際大きな向かい風が吹いた。

 そして俺の上半身が大きく後ろに逸れてそのまま━━━━


ぽふんっ


「ほ〜ら、ちゃんとしっかり掴まってないとダメよ〜?」


 とても柔らかい二つのクッションが優しく俺を受け止めた。


「あ、ありがとう、ございます」


 し、死ぬかと思ったぁ〜

 俺の後ろで手綱を握るシズクさんに感謝の言葉を伝えると、上体を起こして彼女から離れようとする。


 が、それは失敗に終わった。


「もうっ!ダメよ〜。危ないんだから、離れちゃだ〜め」


 後ろに座る彼女がぎゅっ、と更に密着してきた。

 彼女の柔らかな太ももが俺を捕まえて、俺の背中に当たる二つのクッションが更に押し当てられる。


「いやっ、当たってますから!女性が男に密着するのはあんまりよろしくありませんよ!!」


「あら〜、私なんかの心配をしてくれてるの〜?嬉しいわ〜。でも私の体は減らないし、君が落ちちゃう方が危ないから大丈夫よ〜」


 彼女が一言発するたびに彼女の吐息が首筋に当たってこそばゆい。

 ああ、まずい。変な気になる。気を逸らせ、気を逸らさないと・・・・


「3.14159265・・・・・・」


 シズクさんのとても肉付きの良い豊満な身体をなんとしてでも意識しないように俺は暗算で円周率を求め始める。

 

「あら?どうしちゃったの〜?ちょっと〜?」


 そして突然呪文を唱えました俺を、彼女は不思議そうに眺めていた。






「━━━━ほら〜、見えてきたわよ〜。ってあら〜?君、ほんとにどうしちゃったの〜?ユニコーンちゃん、ちょっとお願〜い」


ペシンッ!


 馬から伸びたスライムの触手が大きく振りかぶった後、俺の顔を叩いた。


「━━━━━━━━━━━はっ!!」


 あれ、何考えてたんだっけ?俺。なんか宇宙の真理に到達しようとしていたような気がしないでもないけど。

 まあいいか。


「良かった、戦いは始まってないみたいだ」


 戦っている音も聞こえなければ兵士の姿も見えない。間に合ったようだ。


 そのまま門の前まで辿り着いた俺たちはユニコーンちゃんから降りた。


 シズクさんが空のビンを取り出すと、吸い込まれるようにユニコーンちゃんが入っていく。全てがビンに戻るまで少し時間がかかりそうだ。

 それなら今のうちに俺は門番の方へ行こう。

 そうして俺は門番に近づくと、声をかけられた。


「そのプレートは・・・冒険者の方ですね。もしかして『大討伐』帰りの方ですか?」


「ええ、そうです」


「お帰りなさい!そういや、他の方たちは何処へ?出発の時は沢山居ましたよね?まさかそれほど大変な戦いを・・・?」


 俺は門番さんに冒険者から裏切り者が出た話、帝国軍が攻めてくるという話、そして俺とシズクさんが先に帰ってきた話をした。


「そんなことが・・・それは大変ですね。ですが、すみません。王国の冒険者に帝国軍のスパイが紛れ込んでいたという話でしたが、貴方達が帝国軍のスパイじゃないと判断できる要素がありません。潔白を証明できるまで中にお入れすることは出来ません」


「ええっ・・・」


 まずい。確かに潔白が証明できない。俺はこの国に来たばっかりだし身元を証明する物が何一つない。

 するとシズクさんが前へ出て、何やらバッジのような物を取り出した。


「私、王宮研究者なの〜。これじゃあダメかしら?」


「それは王宮関係者に渡される印・・・すみませんが少し見せてもらえませんか?」


 シズクさんの手からそれを受け取った門番は横から見たり、裏返して見たりして隅々まで確認した。

 そして確認を終えた門番は彼女へとそれを返した。


「はい、確かに貴方は王宮関係者のようです。魔力反応もこれが貴方のものという事を示していました。それでは、お通りください」

 

 ギィィと門が開かれた。


「ありがとうございます、シズクさん!助かりました。それにしても便利ですねそれ」


「でしょ〜。これ、凄い便利なのよ〜」


 ワルドローザ王国へと帰ってきた俺たち。

 シズクさんは自分の口から伝えた方が早い、と王に帝国軍をことを報告しに行くようだ。


「それじゃあ、またね〜」


「ありがとうございました!」


 そうして俺はアリミナとセレクタの待つ宿、もといホテルの元へと足を向けた。

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