戦いの前

━━━━━ここはワルドローザ王国より西に位置する、何の変哲もない森である。名前もなく、人による整備もされていないただの森。

 しかし、今この森にはガチャガチャと何やら金属の擦れるような音が響いていた。


「おい、次の部品持って来い!早くしろ!」


 音の主はゴドラゴ帝国より来た1万の兵である。

 王国に気づかれる事なく、ほぼ喉元と言っていいくらいの距離まで接近したゴドラゴ帝国の兵士が王国へと攻め入る最後の準備をしているのだ。


 そしてその帝国軍の臨時拠点の最奥にて、椅子に座す人物がいた。服も、人種も、何一つ統一されておらず一目見るだけで個性豊かな、という感想が生まれる帝国軍の中でもその人物は一際目立つ格好をしていた。


 彼の肩を覆う大きな毛皮のマントの下に、ピシッとした黒の軍服が見える。しかし、それだけの格好であれば確かに珍しくはあるが個性豊かな帝国軍の中で目立つかと言われれば些か疑問が生じる。

 彼の特徴はその顔と手にあった。


 彼の銀髪の下に見える顔、その左半分はなんと。その中に位置する左の眼は白く濁っており明らかに本来の機能を失っている。

 彼は痛々しいその火傷跡を少しも隠そうとせず、寧ろ周りに見せつけるように堂々としていた。


 そんな彼の指には右手に3個、左手に4個の指輪が嵌められ、それぞれに我一番と輝く大きな宝石があしらわれていた。

 そしてその宝石の輝く手で持つのは大きな杖。その杖の先端には、今鉱山から取ってきてそのまま乗せたと言われても不思議ではないくらいにゴツゴツとした荒削りの赤い鉱石が乗せられているが、この鉱石も宝石に負けず劣らずの輝きを放っており、彼は一体どれほどの財力を持っているのかと見る者を驚かせる。


 この姿を見た者なら誰でも理解できるだろう。

 彼は魔術士だ、と。


 彼の名前はイグニス。

 帝国が誇る最高戦力、『天帝十殿堂』の『第二位』に位置する炎の魔術士である。


 退屈そうに頬杖をつくイグニス。

 彼の前に息を切らした男が近づいてきた。後ろから少し遅れて2人の女性もやってくる。


「その様子を見るに、失敗したか」


 彼の重い声が響く。

 イグニスと対峙する息を切らした男。彼は王国でタスクと呼ばれていた男である。

 少し前に正体不明の少年の出した未知の魔術に襲われ、撤退を余儀なくされた彼は息を切らしながら口を開いた。


「し、失敗しました。ですが魔術師をはじめとする邪魔な冒険者の約半数は消して参りましたっ!」


「そうか。?」


 残念がる様子もなく、喜ぶ様子もなく、淡々と続けるイグニス。

 その様子にタスクは静かに冷や汗をかく。

 この報告では成果が足りないと?次の報告で彼の期待に応えられなければ消されるかもしれない。いや、かもではない。間違いなく消される!


「はいっ!我らが皇帝、レオンハルト・ゴールドソード様の探す魔術士を見つけたかもしれません!」


「ほう、私の不在中に帝国城を襲い第三位を殺したあの魔術を放った術士か」


 彼が口元を少し緩めるのが見えた。

 よし、なんとか気を引けたか。


「ええ、あれは黒い球体を放つ魔術でした。報告にあったものと同じはずです」


「そうだな、私ですらそんな特異な魔術は見たことがない。そんな魔術、2人と扱えないだろう。一応聞くが、少年だな?」


「そうです、黒髪の少年です」


「ふむ、これも報告にあった証言と一致しているな。そうか、かの術士はワルドローザにいる・・・か。よし、下がっていいぞ」


「はっ!」


 助かった!と心の中で息を吐くタスク。

 彼は礼をすると、後ろの2人を引きつれて立ち去った。


「これは、ハズレクジを引いたか?ただでさえあの王国を落とすには兵力が足りんというのに使える兵は前回の遠征同様雑兵ばかり。なんだ?皇帝は私を消したいのか?はぁ、非道いお方だ。本当に・・・」


 周りで忙しそうに動く部下を眺めながら愚痴を呟くとイグニス。

 しかし、それを言う彼の口元は何故か大きく歪んでいた。







━━━━━時は少し遡り、ここはとある空間。

 セガリ村の近くにある洞窟から繋がる道を延々と進んだその奥底。

 つまり、本来『大討伐』で足を踏み入れるはずだった場所である。


「ナンダ?ソウゾウシイナ?」

 

 そこで丸まるようにして寝ている存在がいた。

 氷のように白い体躯には4本の足がついており、背中には大きな羽が2本生えている。


 強大すぎるが故に足元から漏れ出る魔力の奔流からは、ぽこっ、ぽこっと次々に粘液生命体スライムが産まれ続けている。

 それは気怠そうに足元の粘液生命体スライムたちをクジラの食事のように雑に丸呑みすると大きなゲップをした。


「マリョクヲ、カンジル。マタニンゲンカ?」


 明らかに人ではない存在でありながら、人語を話すもの。圧倒的な体躯に規格外の魔力量、そして霊長である人間に勝る頭脳を持つもの。

 それはこの世界の食物連鎖の頂点に君臨する最強の種族、『ドラゴン』であった。


 眠りを妨げる邪魔者どもめ。攻めてくるなら我が糧としよう。ここまで来れずに帰るならそれでよし。

 そうして自らの作り出した迷宮が攻略されるまで寝ていようと結論づけた龍がもう一度眠りにつこうとしたその時、


ドガァァァァァァン!!


 洞窟内に大きな衝撃が走った。

 天井から岩が幾つも落ちてきて、身体へと降り注ぐ。そして運悪くその中の一つが龍の頭へと直撃した。


「グガアァッ!!」




━━━━衝撃が止んだ後も、ぱらぱらと小さな石が落ちてくる。そんな洞窟内に大きな声が響き渡った。


「ナンダ!?アノマリョクハ!?」


 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。

 地上に蟻のように沢山の人間がいることが感知できた。さっきの反応は一体どいつが使った魔力だ?

 更に感覚を研ぎ澄ませて、魔力を探す。


「イタ・・・」


 あいつだ。今現在、地上を粘液生命体スライムに乗って移動している人間を見つけた。

 あの魔力量の魔術を放てるとなると、奴自身の魔力量も相当だろう。あの餌を逃すわけにはいかない。

 そして私の眠りを邪魔した報いも受けてもらわなければならない。


 それにしても物凄い速度だ。方向からして目的地はあの都市か。今から行っても追いつけないだろう。仕方ない、あの都市ごと喰らってしまおうか。

 


「ヤツヲ、クラウ。ソシテ、ワレハフタタビ━━━━」


 そう決めると龍は身体を震わせると地面に手をかざす。

 そろそろ使ってもいいだろう。数年に渡って自らの魔力を浸透させて馴染ませたこの土地の魔力なら問題なく使えるはずだ。

 そして龍はこの土地に宿る魔力を吸い始める。




━━━━そうしてワルドローザ王国へと向けてゴドラゴ帝国のみならず、最強種であるドラゴンまでもが進軍を開始することとなった。

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