希望の灯

「はーい、それじゃあ次のどうぞ!!」


 タスクは何事も無かったかのように、列に並んでいる者たちの先頭へ。いや、我先にと周りの人間を押し退けて1番前へと辿り着いた者へと解毒剤を配る。


 地面にはさっきまでドーイさんだった肉塊が転がり、ゴザンが大剣についた彼の血液を払っている。


「はっ、ははっ・・・・・」


 俺は呼吸が乱れ、笑っているように息を吸う。

 頭が真っ白になった。

 この悪夢はいつになったら覚めるんだ?


 しかし、地面からは相変わらず吐瀉物と大量の血液が混じった刺激臭が鼻を刺し、これが夢ではなく現実だと主張してくる。


 俺がこの地獄に打ちひしがれて、固まっているうちに沢山の人間が死んだ。そして遂にはここまで優しくしてくれたドーイさんすら死んでしまった。

 こうしている今も、其処彼処から怨嗟の声が聞こえてくる。


くそっ!!


 俺は口内を強く噛んだ。痛みによって狂った息のリズムが少しだけマトモになる。

 そして今も互いを押し合う列の最前を見る。


 あの男、この地獄を作り、今もなお笑顔で自分のばら撒いた毒の解毒剤を配っている男。そしてドーイさんの事を何ともないように殺した男。


 タスク!!


 あいつだけは許せない。

 誰かがあいつを殺さなければならない。

 誰かがこの地獄を終わらせないといけない。


 あいつらを放っておいたらどうなる?

 そんなの決まっている。

 この地獄が終わった後は王国が次の地獄となるだろう。それはダメだ。アリミナとセレクタは絶対に守る。


 弓でタスクの頭を潰すか?

 いや、俺たちの周囲を囲む見張りに、空を飛んで上空から監視している術士がいる。

 こいつらがいる限りそれは不可能だ。すぐに発見されて射るどころではないだろう。


 なら、列に並んであいつに短剣で不意打ちをかますか?それもダメだ。

 もう既に何人かが挑戦していたが、ゴザンとかいう男に全て防がれて殺されていた。


 


 他の関係無い冒険者まで巻き込んでしまうかもしれない・・・どこかの誰かが解決してくれるかもしれない・・・使えば意識を失ってしまう都合上腹が決まらなかったがドーイさんが死んだ今、ここに至ってようやく使う覚悟が決まった。


 既に2回使ったんだ。使い方はなんとなく分かっている。

 俺は、タスクへと殺意を込めて右の掌に意識を集中させる。


 あいつに殺されたお前ら!!貸せ!!

 お前たちの無念を!!お前たちの怨みを!!俺があいつを殺してやる!!

 神でも悪魔でもなく!俺が!!


━━━━━そして、俺の右手に力が宿る。


 俺は輝きを放ち始める右手にすぐさま布を巻く。これで少しはバレるまでの時間が稼げるはずだ。


「おい、あそこのやつ、なんかがおかしくないか?━━━━手をよく見ろ!光ってやがる!魔術士だ!捕まえろ!!」


 ちっ、もうバレたか。俺は力の波動を放出している右腕を隠しながら列にたかる人混みに紛れる。

 視界の隅で俺を見つけたやつが上空の術士に報告しているのが見えた。


「アイレさん!!魔術士が列に入り込みました!!狙いはおそらくタスクさんです!」


「なっ、術士!?そんなやつ今までどこにっ!いや、魔術を使えるのに私たちが把握してない冒険者となると危険度は低い。が、もしもの場合もある・・・お前たち!直ちに見つけ出し、タスク様を守れ!!」


「「「はっ!!」」」


 すぐに上空から命令を飛ばす術士、周りの包囲網の奴らが持ち場を離れてある者は列の中へ、ある者はタスクの前へと移動を始めた。

 まずいっ!急げ!!奴らに見つかる前に!!


 人混みをすり抜けながら、ひたすら前へと進む。

 しかし、中ほどまで進んだところで声が聞こえた。


「いたぞ!あそこだ!!」


 手から放たれる光がいつの間にかかなり強くなっていた。更には溢れ出る力の奔流によって、ビュウビュウと風が吹き始めてしまう。

 上空はおろか、列の外からも俺の位置がバレバレだろう。


「もう少し・・・もう少しなんだ!」


 俺は必死に前へと進む。

 が、突然後頭部に衝撃が走った。


「うっ、くぅっ・・・」


「はっ!残念だったなぁ!鬼ごっこはここまでだ!!」


 あまりの衝撃に地面に倒れ伏す俺を嘲笑う『竜牙』の団員。目の前で暴力が振るわれ、怯える冒険者たちが俺と男の周りから人が離れて距離を取り、俺と男だけの円ができた。


「どんな魔術を使うかしらねぇが、とりあえずその光ってる腕を切り落としちまおうか」


 男は鞘から剣を引き抜くと、俺に使って近づいてくる。


「おい待て!止まれ!!お前っ、今何をしようとしてるのか分かってるのかっ?」


「ああ?俺ぁ今、俺たちに刃向かう危ない奴を殺そうとしてんだよ。見苦しいぞ、男だろ。抵抗すんなって」


「王国で人が沢山死ぬんだぞ!!俺ならっ、あいつをっ、タスクを止められる!!」


「はぁ、人なんて世界中どこでも死んでんじゃねぇか。別に珍しい事でもねぇよ。それによ、帝国軍はあいつだけじゃねぇぞ?タスクさんを倒したところで止まんねぇって」


 ああ、こいつには何を言っても無駄だ。

 もうどうしようもないのだろうか。

 多分あと十数秒で発射できるけど、もう間に合わない。


「アリミナ、セレクタ、ごめん・・・」


「おっ、ようやく観念したか?じゃあ終わ━━━━がはっ!?」


 俺が全てを諦め、男が剣を振るおうとしたその瞬間、突然男が前へと倒れた。

 そして、その背後には震えた手で剣を持つ見知らぬ冒険者がいた。


「俺だって・・・俺だって王国で妻と娘が待ってるんだ!!こんな少年が頑張っているのに黙ってられるか!!」


 そしてその冒険者は俺の前へとくると、手を差し伸べた。


「ほら、まだやれるだろう?諦めるにはまだ早いさ」


 俺はその手を取ると、立ち上がる。

 俺の胸に再び熱い火が灯った。


「本当に君はタスクを倒せるのかい?」


「はいっ!!もちろん!!」




━━━━━そして、希望の灯は他の冒険者へと伝わる。


「そうだ!俺だって本当は王国を守りたいんだ!帝国になんてついてたまるか!!」


「お前ら!『竜牙』の奴らを止めろ!!」


「少年を守れ!うおぉぉおぉぉぉぉお!!」


 行ける!!

 あとはアイツまでの道があれば・・・そうだ!!


「誰かっ!俺を上に飛ばしてくれませんか!!」


「おうよ!ワシの盾に乗りな!!」


「助かります!!」


 大きな盾を持つ男が、屈んで上向きに盾を構えた。

 すぐさま俺はその上へ乗る。


「それじゃあ行くぞ!おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして驚くべき速さで俺は真上へと打ち上げられた。

 俺の右手の輝きが更に強まる。ちょうど、撃てるようになったようだ。


「来いっ!!」


 掌から右手の輝きとは対照的に、全ての色彩が奪われたかのような漆黒の塊が生成される。


「こんな高さまで!?っ、タスク様が危ない!!」


 自分よりも高く跳躍した俺に驚く空を飛ぶ術士は、急いでタスクの元へと何らかの魔術を発動させる。

 風の障壁が、タスクの前に現れた。


 だが、そんなの関係無いっ!!

 俺は掌をタスクへと向け、左手で照準を合わせる。

 そして━━━━━━━━

 

「いっけええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ドゥンッ!!と重い音を放ちながら放たれた弾丸がタスクの元へと物凄い速さで近づく。

 漆黒の弾丸と、風の障壁がぶつかり、


ギャリギャリギャリギャリィィィ!!


 と辺りに異音を響かせる。

 お互いが拮抗しているかのように思えたが、限界がきた風の障壁にヒビが入る。


「まずいっ!?タスク様ぁぁぁ!!」


 そして限界に達した障壁がパキィンと音を立てて崩れ去る。

 もう止める物が無くなった弾丸は一直線にタスクの元へと飛んでいく。


「なっ!なんだっあれ━━━━!?」


 風の障壁が破られる音でようやく異変に気づいたタスクが、弾丸の方を向く。

 そして彼が言い終わるより速く、弾丸は彼の体を、


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


「ゴザン!!」


 弾丸が彼の体を抉る直前、大剣を持った大男が彼の前へと立ち塞がった。

 彼の構える大剣と漆黒の弾丸がぶつかり合い、再び金属音のような異音が響く。


「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ずりずりと大男が後ろへと後退りする。

 だが、抵抗に対抗するかのように漆黒の弾丸の回転がだんだんと強まっていく。そして、


バキンッ!!


「がっ━━━━━━━━」


 聞いたことのないような重い音が響き、直後にあり得ない速度で弾丸はゴザンとタスクを貫通して飛んでいった。


ドガァァァァァァン!!


 そして少し遠くに見える凍った丘にぶつかった弾丸が大爆発を起こすと、辺りに静寂が訪れた。






「ふっ・・・ふっ・・・」


 弾丸が通った場所に立っていた2人の男がいる。

 1人は砕け散った大剣の塚を握りしめながら、胴体の半分と左腕が消え去り立ったまま絶命している男。

 そしてもう1人は、右腕の肘から先だけが消え去った男。


 タスクは、利き手であろう右腕が欠損しながらも生きていた。

 だがしかし、息は小刻みで、貼り付けていた笑顔は消え去り、疲れ果てたような、驚いたような表情をしていた。


「な・・・なんだ・・・あれは、一体・・・誰が・・・」


 飛んできた方向を見ると、今まさに空から落ちている少年を見つけた。

 彼か。こんな異常な魔術を放ったのは。いや、そもそもあれは魔術と言えるのだろうか。


 それに今回の『大討伐』にあたって、全ての冒険者の情報は頭に叩き込んできた。しかし、あんな魔術を扱う者がいるなんて情報は聞いていない。

 というか、そもそもあの少年は誰だ?魔術以前に彼についての情報が無い。冒険者ギルドからスパイでも送られていたのか?

 いや、俺たちの行動は完璧だった。誰にもバレていないはず・・・もしかして身内に裏切り者が?


 ダメだ、答えが出ない。

 あまりに大きすぎるダメージに思考がやられているようだ。


「ノンナ、さん・・・アイレ、さん・・・」


 自らの抱える術士の名前を呼ぶ。

 声を出すたびに傷が痛む。

 急いでいる様子で2人がこちらへ来た。

 

「申し訳ございませんタスク様!はっ!?その腕はっ!!ああああ!」


 無くなった俺の右腕を見たアイレがオドオドとしている。ノンナは、俺と目を合わせようとせずに黙っている。


「今は・・・いい。撤退だ・・・」


「はっ、はいっ!!」


 アイレの風魔法で俺とノンナの体が宙へと浮かぶ。

 本当は他の仲間も連れて帰りたい所だが、アイレの風魔法で運べる人数は3人が限界なのだ。


 冒険者たちは・・・B級の奴らは全員殺したはずだ。そして今、王国にはS級はおろか他のA級も居ない。C級以下でも市民よりは圧倒的に戦力になるから持って帰りたかったが、まあ無理だな。

 時間稼ぎは出来ただろうし、戻ってもそこまで痛手にならないはずだ。


 問題はあの規格外の魔術を放ったあの少年だ。

 あの少年についての情報を皇帝へと伝えなくては。


 最後に、俺を守って死んだゴザンを見る。

 彼が守ってくれていなかったら、俺は間違いなく死んでいただろう。

 帝国からの仲間であり、とても優秀な戦力だった彼を失うのはとても辛いが背に腹はかえられない。


 ああ、冒険者たちから矢が飛んできている。早く撤退しなくては。

 そうして俺はアイレの風魔法で運ばれその場を後にした。






━━━━━ヒュォォォォォォォォォォォォ


 落ちている。

 漆黒の弾丸を放ち終えた俺は今、絶賛自由落下中だ。

 悔しいことにタスクの野郎は死んでいないようだった。


 あまりの悔しさに唇を噛んで涙を流したい所だが、魔術の反動でピクリとも力が入らないし、視界が霞んで何も見えない。まるで自分の体じゃないみたいだ。


 これは、流石に死んだか?このままいけば、あと数秒で俺は地面に叩きつけられる。それで俺は終わりだ。

 

 ほとんど何も見えない視界だが、地面が近づくのは分かる。

 ああ・・・3、2、1━━━━━━━




 あれ?生きている。

 身体が柔らかい何かに抱擁されているようだ。

 ああ、眠い・・・

 だけど、そこで俺の体は限界に達した。


 そうして俺は意識を失った。

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