解毒剤

 どうして、こんなことに・・・?


「う゛う゛!!うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


「ぐる゛じい゛っぐる゛じ━━━━━」


「おっ・・・おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 辺りに狂ったように泣き叫ぶ声、毒によって悶え苦しむ声、地面に吐瀉物を吐く声がこだまする。


 地獄が広がっている。


「うぅ、げほっ・・・タスクさん、僕を貴方の仲間に入れてください」


 そして遂に解毒剤を求め、タスクの軍門へと降る最初の冒険者が現れた。

 タスクは昨日からずっと変わらない笑顔のままその冒険者の元へと行くと、彼の肩を優しく叩いた。


「ええ、よく勇気を出してくださいました。こちらが解毒剤です。どうぞお受け取りください」


 そしてスッと液体の入った瓶を取り出すと、冒険者は震える手で瓶を受け取った。


「や、やった・・・これで助かるぞぉぉ!」


 冒険者は瓶に入った液体を全て飲むと喜びの声をあげてタスク達『竜牙』の奥へと進んだ。


 その様子を見ていた冒険者達が1人、また1人とタスクの元へと駆け寄り解毒剤を受け取る。

 解毒剤を受け取ろうとする冒険者が長い列を作ったところでタスクは顎に手を当てて考える仕草をとった。


「ふむ、こんな時でもみんな律儀に並ぶんだ。つまんないなぁ。なんかもっと面白いことは・・・あ、そうだ」


 そして無邪気そうに悪魔のような事実を伝える。


「皆さーん!!実は解毒剤!300本しかありませーん!!大体3人に1人しか助かりませーん!!早い者勝ちですよー!!」


 冒険者達が一瞬固まる。列に並んでいる誰もが前、横の人物へとゆっくりと目を向けた。

 堰を切ったようにすぐさま綺麗な一直線だったはずの列はぐちゃぐちゃに潰れ、怒号が飛び交った。


「おいお前!どけ!!」


「俺が助かるんだぁ!!」


「口から泡吐いてる奴が列に並ぶんじゃねぇ!!」


 皆が我先にと他者を押し出して自らが列の前へと進む。中には手ではなく、武器を取り出して前の者を殺すものまで現れた。


「うわ!あそこ、ひっどいことしてるなぁ・・・あ、はい。解毒剤どうぞ!!」


 この地獄を作り出した張本人はまるでこの件には自分は関与していないというような態度でこの惨状を眺めている。



━━━━━その阿鼻叫喚の地獄を、俺はただの少しも動かずに見ていることしか出来なかった。


「は・・・何がどうなって・・・」


 地面から漂う自らの吐瀉物による刺激臭が鼻を刺す。

 自分が魔物を何匹も殺したから、ロゼアさんの死に際を看取ったから、死なんてもう慣れた。

 そんな甘い思い込みは一瞬で覆された。


 首の無い死体、泡を吐いて痙攣している人、おそらく解毒剤の争奪戦に敗れ後ろから走る人たちに踏み潰された者。

 人ってこんなにも無残に死ぬんだ。


 ロゼアさんの死は、言わば戦士の死であった。

 しかし目の前に広がる死は違う。

 子供がアリを踏み潰すような、生命を生命と感じていない無邪気な悪意が命を弄ぶ者による虐殺だ。


 タスクに弓を射ってみるか?運良くあいつを殺すことが出来たならこの地獄からみんなが解放されるかもしれない。いや、無理だろう。

 タスクに勇猛果敢に突撃した人たちを思い出す。

 彼らはみんな間違いなく俺より強かった。先頭のやつに至っては斧を振るところすら見えなかったじゃないか。

 矢一本撃ったところで間違いなく誰かに防がれて、反撃されて、それで終わりだ。


 俺は自らの無力さを悟り、下を見た。

 少しでもこの惨状から目を逸らしたかったのだ。

 そう絶望に打ちひしがれていると、横から声が聞こえた。


「はは、ははははは・・・嘘、だよな?タスクさんがそんなことする訳ないよな?」


 ドーイさんだ。ドーイさんが虚ろな表情でタスクを見ている。

 彼はふらふらとままならない足取りでタスクの元へ歩きだした。


 するり、するりと列で争っている者たちの隙間をすり抜けていく。

 ガッとドーイさんの肩を掴んだ冒険者もいたが、彼の霊のような虚ろな表情に気圧されて腰を抜かす。


 そして遂に最前列まで辿り着いたドーイさんはタスクと対面した。


「それでは次の方ー!こちらが解毒剤です!どうぞ!!」


 そうニコニコと笑顔で解毒剤を差し出すタスク。

 しかしドーイさんは解毒剤ではなく、彼の腕をガシッと掴んだ。


「なあ、タスクさん!なんであんたこんな事やっちまったんだ!?誰かに操られてるんだよな!?教えてくれよ!な!?」


 それを聞いたタスクは小首を傾げると口を開いた。


「んー??」


「へ・・・?俺だよ俺!ドーイだよ!!あんたが駆け出しの頃、色々教えてやっただろ!!」


 それを聞いてようやくピンと来たらしく、タスクは手を叩いた。


「ああ!!貴方でしたか!ドーイさん!独り身で万年D級の36歳、人当たりは良いが頭に血が昇りやすい一面から組んだパーティーはことごとく解散。魔術は扱えず得意武器は片手剣に盾の自己完結型。だが攻守共に突出した点は無く、自らが器用貧乏な点には気づいていない・・・って、ああ!すみません!!メモの内容が口から出ていたようです!!」


 自分の発言に驚き、あわあわと何度も頭を下げるタスク。

 そしてゆっくりと頭を上げると、笑顔で口を開いた。


「それで、どうかしましたか?」

 

 あまりの衝撃に大きく目を見開いて口をぱくぱくしていたドーイさんだったが、ハッと我に返ると掴んだ手の力を強めた。


「この際タスク、あんたが俺をどう思ってようが関係ねぇ!!今まで楽しそうに俺たち冒険者とやってきたのは嘘だったのかよ!お前が今殺した奴らと楽しく食べたり飲んだりしてたのはよ!!」


「ふむ・・・貴方は一つ勘違いしていますね。っとその前に。さっきから掴んでるです」


 ブォンッ!!


 その瞬間、タスクの横に立つ大男、ゴザンの持つ大剣が振り下ろされドーイさんの右腕が切断された。


「ぐあああぁぁぁぁァァァァァァァァァァ!!」


 彼が切断面を押さえながら絶叫する。

 あまりの痛みに立っていることが困難となり、地面へと転がる。

 地面に赤い血液が流れ出るドーイさんを見下ろしたタスクが掴まれていた腕をさすると、笑顔のまま話す。


「ふぅ・・・貴方は勘違いをしています。私は初めから帝国側の人間だったのです。楽しい、なんて一瞬たりとも思っていませんよ。って聞いてます?ああうるさい。もういいです。さようなら」


 タスクがそう言うと、ゴザンはただひたすらに叫び続けるドーイさんに対して、大きく剣を振りかぶって━━━━━━


グシャッ


 ナニカの潰れる音と共に、それは振り下ろされた。

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