地獄

「ううっ・・・さむ」


 朝が来た。

 太陽が出れば寒さも多少はマシになるかと思ったが、依然として体は震え続けている。

 顔を洗いたい所だが川の水は凍っているし、水筒に入っている水分は貴重な飲み水だから使うわけにはいかない。


「はぁ〜・・・」


 寝れば多少はメンタルが回復するだろう。そんな俺の予想は外れ、ただただ行き場の無い怒りだけが残った。


「あのトカゲ、次見かけたら絶対食ってやる」


 朝ごはんに硬いパンを齧りながらそう1人愚痴る。

 そんな俺に話しかける人物がいた。


「よおっ!クロウ!調子はどうだ?」


「ああ、ドーイさん。寒いし、お腹は空くし、最悪ですよ」


 昨日仲良くなった壮年の冒険者、ドーイさんだ。

 彼は俺の隣に腰掛けると干し肉を取り出して食べ始めた。


「そうか、昨日はすまんかったな。俺がちゃんとあんたの飯を見ておけば・・・」


「ほんとですよ」


「まあ『大討伐』の目的の一つ、セガリ村の奪還は完了したんだ。早けりゃ今日中に帰れるさ。頑張ろうぜ?おっ、ちょうどタスクさんが何か言うみたいだぞ」


 セガリ村中心の開けた広場の更に中心に立つ人物がいた。A級パーティ『竜牙』の団長、タスクさんだ。

 名前を聞いた時はA級パーティの団長という肩書きも相まってゴリゴリの筋肉マッチョを想像していたが、いざ見てみると俺と年齢も恐らくあまり変わらない好青年であった。


 そんな彼が大きく息をする動作をすると、わざとらしくおっほんと咳払いをした。そして少し間を空けた後、口を開く。


「えーと、『竜牙』の団長のタスクです!『大討伐』の残りの作戦目標は『村近くの洞窟に突如発生した穴の調査』となります━━━━━」


 ニコニコと人の良さそうな笑顔を周りに振り撒きながら演説をするタスク。

 その人畜無害そうな笑顔のまま続けた。


「━━━━が、本日は私たち『大討伐』の討伐隊計1003名は北西で待つ『』の部隊と合流します!!何か異論がある方はいらっしゃいますか?」


「は・・・?」


 急に何を言ってるんだこいつ?任務を捨てて『ゴドラゴ帝国』と合流?なんで?

 困惑する俺を置いて声が上がった。


「ちょっと待て!何言ってんだ!?異論あるに決まってるだろ!『ゴドラゴ帝国』って言っちゃあ王国の敵じゃねぇか!!」


 そんな声を聞いて、貼り付けた仮面のようにピクリとも動かないその笑顔のままタスクが答えた。


「ええ、その意見はごもっともです!貴方の言う通り、この後『ゴドラゴ帝国』が『ワルドローザ王国』へと進軍を開始します。ですがご安心ください!貴方がたが私達に恭順してくださるのであれば家族や身内の安全は保証しましょう!!」


 ちょっと待て!?この後『ゴドラゴ帝国』が『ワルドローザ王国』へ進軍する!?

 いよいよ本当に訳が分からない。


「はぁ!?『ゴドラゴ帝国』は侵略戦争を繰り返してるヤバいとこだろ?去年『ソルティア共和国』だって無理矢理侵略されたじゃねぇか!ここにいる奴らにはあそこから逃げてきた奴だっているんだぞ!信じられるか!」


「そうだそうだ!!俺たちは帝国の奴らを止めるために王国に来たんだ!それに俺たち冒険者が帝国側についたら王国で頑張ってる奴らが負けちまうじゃねぇか!!」


「「「そうだそうだ!!」」」


 昨日のように野次が飛ぶ。しかし昨日とは異なり、今回の悪者は間違いなくタスクだ。

 俺は帰るぞ!やらこの売国奴め!やら罵声が飛び交う中、タスクはその顔色を変える事なく彼らを見据える。そんな中、タスクの後ろに立つ少女が口を開いた。


「『黙れ』」


━━━━━ッ!?なんだ!?喉が何かに押さえつけられている!?声が出ない!!


「よし、これで静かになりましたね。貴方達の反応は予想通りです!なので、一つ手を打っておきました!!」


 何かの力によって声が封じられた。

 そんな中、鬼気迫る表情の冒険者達の視線を釘付けにしたのはタスクが取り出した小さなビンだった。


「皆さん!これが見えますかー?そろそろ効果が出始めると思うんですが、実は昨日のシチューには毒が入っていたんですよ!!これはその毒の『解毒剤』です!!王国を捨てて帝国に付いてくださる方にはこれを差し上げます!!」


 ドサッ!


 ちょうどその時、誰かが倒れた。

 口からは泡を吐いており、体が痙攣している。

 その1人を皮切りに1人、また1人と倒れ出す人が現れた。彼らは声を出すことを封じられ、悲鳴や苦しみの声を上げる事すらできずに意識を失っていく。


 これは詰みだ。どうしようもない。

 誰しもがそう思った瞬間、名の知らない1人の男が立ち上がった。


「お゛い゛、ぐれないっでなら、うばっぢまえば、いいんだろ?」


 口から血を吐きながら啖呵を切る男。

 そして声は出せないが、それに続いて武器を構える戦士達。

 だが、タスクはそれをまるで気にせず、振り返って後ろの少女に話しかけた。


「ノンナさん。魔術が甘いですよ?完全には効いていない人がいるではありませんか」


「すみませんっ・・・」


「「「う゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」」」


 無視された事に激昂したのか、後ろを向いたのを隙と判断したのか。冒険者達がタスクに向かって突撃する。


「じね゛ぇ!!だずぐ!!」


 その1人が目にも止まらぬ速さでタスクの目の前まで走り、手に持った斧を大きく振りかぶった。

 反応しない、あるいはできないタスクの目の前まで迫ったその斧が彼を真っ二つにせんとするその瞬間━━━━━


 斧の先端と人の上半身が宙へ舞った。

 少し遅れてどちゃり、と嫌な音を立てて肉塊が地面へと転がる。


 いつの間にかタスクの前には大男が、その体躯より巨大な大剣を持って立っていた。

 確かあいつは昨日鍋を運んできた男だ。

 大男はぶぉんと大剣を横に振るうと、付着していた血液が地面へと飛び散る。


「ゴザンさん、お見事です」


「「「まだだぁ!!!」」」


 先頭が死んだ犠牲を無駄にするまいと後続が走る。


「今のを見て皆さん、これが無駄だと分からないのですか。まあ帝国に付かない方は必要ありませんし、死んでもらいましょうか。それではさようなら」


ヒュン━━━━!!


 風を切る音がした。否、それはだった。

 彼が手を振ると一吹の風が流れ、辺りには数百人単位の首が転がった。

 パン、と手を叩くとタスクが口を開いた。


「よし、これで反乱分子は全員消えたことでしょう。それではもう一度聞きます。私たち『ゴドラゴ帝国』について来てくださる方は声をあげてください」


 だがしかし恭順の声は聞こえない。

 はて?とわざとらしく首を傾げ、その後うーんと下を向き考える人のようなポーズをするタスク。


 そして、顔を上げた彼の口は歪み嗤っていた。


「ああああ、すみません。まだ声が出せないのでしたね。ノンナさん」


「『解除』━━━━」


 その瞬間、ここにいた冒険者達に声が戻った。


「う゛う゛!!うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


「ぐる゛じい゛っぐる゛じ━━━━━」


「おっ・・・おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 辺りに狂ったように泣き叫ぶ声、毒によって悶え苦しむ声、地面に吐瀉物を吐く声がこだまする。


 一瞬にしてこの場は阿鼻叫喚の地獄へと変貌を遂げた。

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