竜牙の団長、タスク
セガリ村に辿り着いてから数時間が経過した。
辺りはすっかり日も暮れて夜になっている。
明日に備える冒険者たちだが、ここで大きな問題が一つ発生した。
「はっ、ハックション!!」
とても、とても寒い。兎にも角にも寒いのだ。
ドーイさんによると『大討伐』が発令された時はまだ異変は起きていなかったらしく、鎧を始めとした防具の類こそ装着しているが誰も彼もが比較的薄着でこの『大討伐』に臨んでいる。
一応村の中心にはキャンプファイアーが、他にもそれぞれが火を出して暖をとってはいるものの地面や辺りの凍った家から来る冷気や時折吹く風によって炎で暖まるよりも早くどんどん体の熱が奪われていく。
「おい!!もう我慢ならねぇ!!責任者はどいつだ!!」
「そうだそうだ!!こんな寒いなんて聞いてねぇぞ!!何考えてやがる!!」
行軍の際は文句一つ言わなかった冒険者たちだが、流石にこの寒さには耐えきれなかったらしく集団で抗議する奴らが現れた。
「そういやドーイさん、この『大討伐』の冒険者たちを指揮してるのって誰なんですか?」
大声で怒鳴る連中を傍目で見ながら、彼らの言っている内容の中で少し気になったことを聞いてみる。
「それならさっき言ったA級パーティ『竜牙』の代表、タスクさんだな。進んでる時に指示出してる人がいただろ?お、ちょうどあそこにいるな」
ドーイさんが抗議する人たちと対峙する人物を指差す。
そこではタスクと呼ばれた若い男が顔色ひとつ変えずに目の前の人たちの声を聞いていた。
「おい!指示出してる奴はお前だな!!」
「タスク、お前か!!お前のことは前々から気に入らなかったんだよ!!」
「お前があそこで引き返してりゃあこんな寒い思いしなくて済んだんだぞ!!」
「そうだそうだ!!俺たちがコツコツ頑張ってやってるのにたった一年でA級になりやがって!!」
今のこの状況についての文句だけでなく、本人への不満まで溢れ始めた。なんか嫌な流れだ。
責任取れだの頭下げろだのと野次の熱が段々強くなっていき収拾がつかなくなりそうになったその時だった。
ガバッ!!っとタスクと呼ばれた男が勢いよく頭を下げた。
「エリックさんにバートさん!フレッドさんにグレイさん!!本当にごめんなさい!!あなた達の怒りはよく分かりました!」
「あっ、ああ。分かればいいんだよ・・・って俺の名前を知ってるのか?」
「ええ、もちろんですフレッドさん。尊敬すべき先輩方のお名前を知らないはずがありません!当然1人でゴブリンの村を壊滅させた偉業も知っています!嬉しいなぁ、こんな所で会えるなんて!」
「━━━━へっ、へへっ。そうか!俺のファンだったか!そうかいそうかい」
「そしてあなたは『鉄砕』のエリックさん!あなたが素手でメタルビートルの殻を粉砕した話はいつ聞いてもわくわくします!!」
「━━━━そ、そんなに凄ぇ話じゃねぇよ。まあ、俺にとっちゃあ?あんな虫一匹正面から倒すのなんか赤子の手をひねるも同然よ!」
━━━━その後もタスクと呼ばれた男は次々とそこにいた冒険者一人一人の名前と自慢話を言い当てた。
今にも殴りかからんとしていた野次馬達はいつの間にかタスクの周りで楽しそうに笑い合っている。
嫉妬心こそあれど、心の何処かでは尊敬していたのだろうか。そしてその人物に自分の事を知っててもらえたのが相当嬉しかったのだろうか。
本当に申し訳なさそうな顔と屈託のない笑顔で他の冒険者と会話するタスクさん。とてもA級パーティーの凄い人とは思えないほどのフランクさだ。
「凄い・・・みんな仲間にしていってるって、ドーイさん!?」
横を見るとドーイさんが誇らしげに腕を組んでいた。
「流石タスクだぜ。なあクロウ、俺ぁあいつが駆け出しの頃に冒険者のイロハを教えてやったんだ。凄いだろ?」
俺を見るなりすぐに近づいてきて親切に教えてくれた辺り、いろんな人に教えてあげてるんだろうしドーイさんもあの人たちみたいな事言われたんだろうなぁ。
自慢気に話してくるドーイさんに少し殴りたい衝動が芽生え始めるが、とても助けられている事実を思い出しなんとか抑えた。
少し目を離した隙にタスクさんが周りにいた冒険者の全員を鎮めたようだ。それを見てうん、と納得した様子の彼が口を開いた。
「冒険者の皆さん!ここまで着いてきてくださり本当にありがとうございます!!あともう少しだけですからお力をお貸しください!!皆さんを労う為に温かいスープを用意しました!ひとり一杯、どうぞ召し上がってください!!」
「「「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!竜牙万歳!!タスク万歳!!」」」
歓声に迎えられて家の影から2人の大きな男がこれまた大きな大きな鍋を運んできた。
あんな大きな鍋に大量の食材、どうやって運んできたのだろうか?そう思って大男が出てきた方をよく見ると、木でできたリヤカーのようなものが3つ並べられていた。
「うわあ、全員に料理を配るなんて太っ腹ですね」
「こんなん初めてだ!俺たちも貰いに行こうぜ、クロウ」
━━━━長蛇の列を並び、ようやく手渡された容器にはなみなみとシチューが入れられていた。
「やった!シチューゲット!」
「そうだな、ありがてぇ!」
元の位置に戻っていざ実食。そうしようとした瞬間だった。
ギュルルルルルルルゥゥと言う音と共に過去最大の腹痛が到来した。
「ううっ・・・」
「どうした?クロウ?」
「すいません、寒さでお腹がやられたみたいで・・・ちょっとトイレしてきます・・・」
「そうか。気をつけて行ってこいよ」
ふらふらとした足取りで、村の離れへと向かった。
「ふぅ、死ぬかと思った」
30分にも渡る激戦の末、なんとか痛みの元を出し切った俺はドーイさんの所へと戻る。
こりゃあ、シチュー冷めちゃっただろうなぁ。
「お、帰ってきたかクロウ」
「ただいま、ドーイさん。━━━━ッ!?」
そうしてシチュー皿に目を向けた俺は目を疑った。
なんか、よく分からない生物がシチュー皿に顔を突っ込んでいる。
「え・・・?は・・・?」
爬虫類か?ぷつぷつとしている背中を見せながら、ぱっと顔を上げた生物の顔はデフォルメされたトカゲのような可愛らしいものだった。
「キュ?」
こちらに首を傾げると一鳴き。あら可愛い。
って違う!!
「俺のシチュー!返せ!!」
「キュキュッ!!」
俺の怒りにありえない速度で逃げて行ったトカゲもどき。奴が食って行った皿を見ると、びっくりするほど綺麗に平らげられていた。
「俺の、シチュー・・・」
「なんだあいつ・・・すまん!あまりにも静かに食ってたせいで気づかんかった!!強い魔物は竜牙の人らがセンサーで見つけてくれるからって油断してた!」
ほんとにそうだよ・・・ちゃんと見ててくれよ。
俺の中のドーイさんの評価を少し下げつつ、シチューを配っていた方向を眺める。
「まだ、貰えるかな」
そう思い、既に列の無くなっている鍋の元へと歩く。
「すいません・・・もう全て配り終えてしまっていて、もう無いんです」
「ああ・・・」
鍋の中身は空っぽになっていた。
重たい足取りで戻る。
「はぁーーー」
ため息を吐きながら持ってきたパンを齧る。
暖かいシチュー食べたかったなぁ。
ドーイさんが何か話しかけてくれていたようだが、何も耳に入らなかった。
そうして心も体も冷え切った中、丸く蹲って無理矢理眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます