故郷の味
日も暮れ始めたところでマルコムさんと別れた俺たちは明日に備えるためにホテルへと戻った。
フロントさんへ報告をして、それじゃあ部屋に戻ろうかというタイミングでフロントさんに呼び止められた。
「クロウ様、本日のディナーの時間は如何なさいますか?」
「ディナー?ここ、夜ご飯が出るのか?」
「そうなのだわ。それじゃあ、いつも通り19時でお願いするのだわ!」
「畏まりました。それでは19時に303号室へとお越しください」
困惑する俺の横からぴょこんっと出てくるや否や慣れた様子でディナーの時間を指定するアリミナ。
気の利く子だ。そう思いながら玄関のホールにある大きな時計を見ると時計の針は6時を少し進んだくらいを差している。もうちょっと時間があるから一旦部屋に戻れるな。
宿泊している部屋、206号室へと歩く俺たち。
「なあアリミナ、ここのご飯って何が出るんだ?」
「ええと・・・いろんな美味しいものがあるのだわ!」
そうか、答えになっていないけど美味しいならいいか。
そんな会話をしながら206号室の前へと着いた俺は部屋の鍵の開けて部屋に入る。
アリミナとセレクタを迎えに来た時は部屋の玄関口までしか行かなかったから部屋の中まではよく見えなかった。
しかし、いざ中に入ると天井には幾つもの凝った硝子の装飾で飾られたシャンデリアが垂らされ、地面には精巧な絵が描かれている絨毯が敷かれておりその荘厳な雰囲気にどこかの国の王様にでもなったかのような気分にさせられた。
そして特に目を引いたのは部屋の奥にあった可愛らしい天蓋の付いたキングサイズのベッドだった。
『プリンセスホテル』の名前は伊達じゃないな。
部屋の雰囲気に圧倒されながらも今のうちに明日の準備に取り掛からねば、とふかふかの椅子に座ると机の上に武器屋で購入した諸々を出す。
弓と矢に矢筒、短剣、そして身を守る革のベスト。
1ゴールドでは最低限の装備を最低限の質で揃えるだけしか買えなかった。もっと全身を守る防具が欲しかったのだが、そういった装備は防具だけで5ゴールドくらいしており手が出せなかったのだ。
しかし、泣き言は言ってられない。これで明日戦いに行くのだ。
顔をパシンと叩いて気合いを入れる。
「━━━━そろそろ時間なのだわ!」
いつの間にかディナーの時間になったようだ。
1人で明日の『大討伐』について考えを巡らせている俺にアリミナが声をかけた。
「じゃあ、食べに行こっか」
「クロウ様ですね、どうぞお入りください」
「うわぁ、すごい!バイキングだ!」
俺たちを待っていたのは幾つもの皿に様々な料理。麺類にパン、野菜料理に肉料理と多種多様な食べ物が並ぶ豪華なバイキングだった。
「まさか・・・あれは・・・!」
そこで俺は運命の再会を果たした。
それは白い米の上に乗った魚の刺身。日本のソウルフード、寿司だ。もう二度と食べられないと思っていたが、こんなにも早く再開できるとは!!
「それは確かスシなのだわ!そこのショーユをつけて・・・ってもう食べ始めてるのだわ!?」
我慢なんて出来るわけないじゃないか!
更にとにかく寿司を盛ったら頂きます!!と言ってすぐに食べ始める。
真っ赤な赤身の乗った寿司はマグロの引き締まった食感と酸味のある旨みが、蜜柑のような色の寿司は濃厚な脂の乗ったサーモンの味がした。そしてその後には山葵のツーンとした刺激が鼻に来る。
ああ、これだこれ!!見た目こそ少し違うが味は完全に寿司じゃないか。
その懐かしさに目の端から涙が溢れるのを感じる。
「クロウお兄ちゃん、なんで泣いているのだわ?」
「ちょっと、美味しすぎてな・・・」
「そうなのだわ?私はぐにゅってしててちょっと苦手なのだわ・・・」
そんな会話をしていると突然、セレクタが俺の膝にトスンっと座った。
「セレクタ?どうしたんだ?」
そう聞くとこちらに向けてあーんと口を開いた。
「寿司が欲しいのか?」
無表情でこくんっと頷く。
どれにしようか・・・よし、これにしよう。
俺はサーモンの寿司を選ぶと、刺身を捲って中の山葵を取り除いてやる。そしてセレクタの小さな口に入るように三分の一ほどに分けてやると、それを醤油に漬けて彼女の口へと運んだ。
もっくもっくとしっかり噛んでから飲み込んだ彼女は満足したようで、その無表情のまま自分の椅子へと帰っていった。
その後も俺は大きな皿の上の寿司が無くなるまで、その味を堪能した。
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