お金がない

マルコムはニヤリと気さくに笑うとこちらに手を差し伸べてきた。


「よし。異常は無しっと・・・これであんたは晴れて自由の身だ!ワルドローザ王国へようこそってな!!」


「そうですか!ありがとうございます」


 俺は彼の手を掴んでベッドから立ち上がった。


「最初から思ってたんだが、俺に敬語はよせ。ガキが堅っ苦しい喋り方する必要ねぇさ。気持ち悪くって仕方ねぇ」


「そ、そうか・・・分かった?」


「なんでハテナが付いてんだよ。って、まあいいか。おいお前らも挨拶しろ!」

 

 そう言うとマルコムの後ろにいた2人が前に出てきた。


「よっ!俺はフッツ!マルコムさんと同じ王国守護隊だ!!」


「僕はウル。同じく王国守護隊だ」


「2人ともよろしく」


 2人と挨拶を交わす。

 フッツとウルは20代前半、もしかしたら10代後半かも?という若い顔つきだ。

 逆にマルコムはおそらく30代は超えているであろう年季の入ったベテランの顔つきをしている。


「よし、それじゃあ行こうじゃねぇか」


「え、どこに?」


「もちろんあんたのツレだよ。あいつらお前が倒れた場所からこの国まで助けを呼びにきてたんだぞ。あとでちゃんとお礼を言ってやんな」


「アリミナとセレクタがいるのか!こんなとこに居られない!早く行こう!!」


 セバスからの頼み事なんだ。何があろうとアリミナとセレクタが最優先だ。


「お・・・おい、俺の言う事は無視かよ。まあ元気なのはいいことか。おいフッツとウル!そう言う訳でちょっと行ってくるからあんたらはここの院長に説明しといてくれ!!」


 そうして俺たちは建物から出た。






「うわあ!!街だ!!建物も沢山あるし!人も沢山!!」


「どうした少年・・・急に脳みそ落っことしちまったみたいにバカになってるぜ・・・って、泣いてる?大通り見ただけで泣くって一体どんな僻地から来たんだよあんた」


 外に出た瞬間、呆気に取られてしまった。

 見上げるほどの高いビルも無ければ道路も無ければ車も走っていない。日本とはまったくもって文明も文化も違う街ではあった。

 しかし歩く人それぞれが違う服を着ているカラフルな風景に屋台のおじちゃんが出す独特な客引きの声。楽しそうに会話する母と娘もいれば忙しそうに走る商人もいて、仲間たちと会話している若者たちもいた。そんな大勢の人が生活するその光景に何故だか自然と涙が溢れてくる。


 ああ、本当に俺は森から出られたんだ。




 感動した俺が落ち着いた頃にマルコムが足を止めたのは周りの建物とは装飾の数が違うキラキラとした建物だった。


「おし、到着だ」


「・・・本当にここにアリミナとセレクタが?っていうかここは何です?」


「宿だよ、宿」


「そう、ですか・・・」


 宿?いやいや、高級ホテルだろこんなの。こんな豪華なホテルなんてテレビの海外特集でしか見たことないぞ。

 ってかこんな所に泊まるなんてお金はどうした・・・


 あ。嫌な予感がして、腰に手を当てる。


「ああ、あああああああ・・・」


 さっと血の気が引くのを感じる。

 無い。ロゼアさんの家から持ってきた持ち物が全部、無い。

 まさか・・・


「ちょっと急いでアリミナとセレクタに会ってきます!!」


「おいちょっとま・・・行っちゃったよ」


 呼び止めようと手を伸ばすマルコムだったが、届かず少年は宿へと入っていった。

 が、すぐに宿からこちらへ戻ってきた。


「━━━━━追い返されました!2人の部屋番号知らないですか?」


「ああそうだよ、それを教えようと思ってたんだよ。ったく。206だ、分かったな?」


「ありがとうございます!!」


 そうして俺は高級ホテルのような宿へと入る。


「ようこそいらっしゃいま・・・また貴方ですか。一応仕事なのでお聞きしますが、御用件はなんでしょうか?」


 フロントの女性の元へ行くとまたお前か、と冷たい目で見られた。

 さっきアリミナとセレクタに合わせてください!と言った時は「まずはその方の部屋番号をお教えください」の一点張りであった。そして最終的に警備の人を呼ばれかけたので逃げるようにしてホテルから出てきたのだ。


「206号室の者に合わせてください」


「それでは、こちらの部屋に宿泊なさっている方の御名前を教えていただけますか?」


「アリミナとセレクタです」


「最後に、貴方の御名前を教えていただけますか?」


「シロサキクロウです」


 フロントの女性は奥の棚から一つの書類を取り出すと中身を確認し始めた。


「・・・ふむ、部屋番号よし、名前よし、後から来るお客様のお話は・・・されてますね。その追加のお客様の名前は━━━━シロサキクロウ」


 そうぶつぶつ呟いた女性は、漁っていた書類をパタンと閉じるとこちらにニコッと貼り付けたような笑顔を見せた。


「大変失礼致しました。ですがご理解下さい、この『プリンセスホテル』は宿泊者の安全を何よりも大切にしているのです。それでは、大変遅くなりましたがこちらが206号室の鍵でございます」


「ありがとうございます」


 礼を言って一本の鍵を受け取る。


 そうして俺は壁に幾つもの絵画が掛けられている階段を登り、真ん中に綺麗なカーペットの敷かれてある廊下を歩く。

 206・・・そう番号の書かれてある扉に辿り着くと渡された鍵を差し込み、ガチャリと回す。そしてドアノブを握り、扉を開くと部屋の奥に見知った少女2人がいた。


「クロウお兄ちゃん!クロウお兄ちゃんなのだわ!!」


「やっと会えた・・・ここまで来るの大変だったんだぞ。アリミナ」


 そうして俺は2人と再会した。





「━━━━━そう言うわけで、ここで泊まっていたのだわ!!」


 と、ほぼ空になった財布替わりの麻袋を机の上に置きながら何故か自慢げに説明し終えたアリミナ。横では無表情のセレクタがベッドに座りながらこちらを見ている。


「はぁ〜〜〜〜〜」


 感動の涙・・・ではなくため息を吐いてしまう。

 理由はもちろん、お金がほとんど無くなっていたからだ。このホテルの宿泊料は豪華な外観と違わず相当高価なものらしい。それも一泊するだけで小さな家であれば買えてしまうほどに。

 ただ、責める事は出来ない。最初はアリミナが世間知らずのお姫様で可愛い高級宿に泊まっているとだけ思っていたが、話を聞くとそういう訳ではないと分かったからだ。


 曰く、この宿・・・もといホテルはこの国で一般人が行ける1番安全な場所として有名らしい。

 そしてマルコムがアリミナとセレクタ、2人の少女が泊まるには安いホテルでは危険だと言ってここを案内したというのが事の経緯だそうだ。

 

 言わばこの出費は俺が気絶している間アリミナとセレクタを守れなかったツケのようなものなのだ。


 憂鬱な気持ちで残りのお金を数える。銅貨が6枚に銀貨が2枚、金貨に至っては0枚だ。

 この世界の物価はまだ知らないが、下手したら今日の飯に困るレベルでピンチだと言う事は分かる。


 もう一度ため息が出そうになった時、ロゼアさんの言葉を思い出した。

 そうだ、ワルドローザの王様にロゼアさんの話をしろって言ってたよな・・・もしかしたら王様が助けてくれるんじゃないか?

 そうと決まれば話は早い!早速出発だ!!


「ため息ついたり、急にやる気になったり、どうしたのだわ?」


「まあいいんだよ。取り敢えず、アリミナとセレクタも一緒に行くぞ!!」


 そうして俺たちは高級宿を後にした。

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