焚き火を囲んで
「逆じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃっ、クロウ様・・・急に大声を出すのは辞めてほしいのだわ」
「クロウ君、先ほど辺り一体に魔物がいない事は確認しているとは言え、こんな危険地帯で大声を出すのは感心しないな。それと次、お嬢様を怖がらせることがあれば・・・分かっていますね?」
セバスが血の付いたナイフを手に持ちながら、凄い剣幕でこちらを睨んでいる。
「ごっ、ごめんなさい」
急いで謝る。神頼みで決めた進行方向が本来の目的地とはほぼ真逆の方向だったという衝撃の事実に、つい我を忘れて叫んでしまった。
神様は方向音痴だったらしい。
「分かればいいのですよ。分かれば。皆さん、森鹿の解体が終わったので焼き始めますよ」
一口サイズに切り分けられた肉に串を刺していくセバス。今日の夜ご飯は串焼きのようだ。
野営とはいえ王族の執事が出す料理だからてっきり見たこともない華やかな料理が出てくるのかと思ったが、
「意外と庶民的だ」
セバスがこちらを向く。あ、しまった。声に出てた。
怒られるかな?なんて思いながらびくびくしていると、意外にもセバスはふふっと笑った。
「そうだな。私も食べるのはとても久しぶりだ」
そう言うと、肉を刺し終わった串達を小さな焚き火に近づけて焼き始めると同時に語り始めた。
「私はスラムの出身でな、親の顔すら知らない。そこには幾つかの派閥があり、その一つに身寄りのない子供達が集まって作られた集団があったんだが、私もそこに属していた。みんな毎日のように犯罪を犯して生計を立てていて間違いなく社会から見れば悪人、クズの集まりだったよ。だが、仲間思いの奴らではあった。そこで1日の終わりにみんなで集まって食べた思い出の食べ物が一串銅貨5枚の串焼きだったんだ」
そう話すセバスの顔を見ると、懐かしむような顔の奥底に悲しむような怒りのような感情が見えた気がした。
相当な苦労をしたんだろうな。自分から何があったのか聞くのは憚られるが、それだけは理解できた。
「どうして、こんな大変な話を今日出会ったばかりの僕に?」
「ああ、どうしてだろう。初対面の人にこんな昔話をするのは初めてだ。初対面でなくとも今までたった2人にしか自分から話した事は無いのに。何故だろうな。貴方は信頼できる。そう私のカンが言っているんだ」
セバスが言うと横で聞いていたアリミナがひょこっと出てくると会話に参加した。
「そうよ、セバスがこの話をするのはとっても珍しいのだわ!シロサキクロウ、あなたは光栄に思うべきよ!」
そう言うとふんっ、と胸を張ってドヤ顔をした。
ん?ちょっと待て。なんであんたが誇らしげにしてるんだ?どっちかって言うと俺が褒められる流れだったろうに。可愛いからまあいっか。
「よし、このくらいなら良いでしょう。皆さん、熱いうちに気をつけてお食べください」
おお!完成したみたいだ!!
セバスがアリミナ、俺、セレクタの順番に串焼きを手渡していく。
全員に串焼きが渡ったのを確認した俺は、串を手に持っているため今回は頭を少し下げて食事前の挨拶をした。
「それじゃあ、いただきます!」
すると不思議そうにアリミナがこちらを見ていた。
「それは、なんなのだわ?」
「これは食べる前に俺が殺した
それを聞いたアリミナが衝撃を受けたような表情をした後、数秒経って口を開いた。
「それいいのだわ!私もするのだわ!」
いただきます!と元気よく言うアリミナ。それに続けてお嬢様が言うのであれば私も、と続くセバス。
そうして食べる準備が終わった俺は、満を持して肉を口に運んだ。
「美味い!!」
これだよこれ!!溢れ出るジューシーな脂にそれを引き立たせるホクホクの熱!
ロゼアさんがいなくなってから火の起こし方を知らない俺がどれほどこれを食べたかったか。
久しぶりの焼いた肉を味わっていると、横で声が聞こえた。
「きゃっ・・・セバス、これ熱いのだわ」
「お嬢様、こちらは雑菌を処理するために念入りに加熱しております。ですが、こうすれば多少はマシになるかと」
アリミナから串を受け取ったセバスは一口サイズに切られた肉を更に細かく切ると、何度もふーふーしてから、アリミナの口に差し出した。
「あーん・・・美味しいのだわ!」
なんとも微笑ましい光景だろうか。親子、或いは兄妹のようなやり取りを眺めながら肉を味わう。
すると突然、セレクタが俺の両足の隙間に入るようにして俺の前へと座った。
どういう事だろうか?そう思っていると、セレクタがこちらに串を差し出した。促されるままに受け取ると、その小さな口をこちらに向けて開いた。
俺にも同じことをしろと?
セレクタは相変わらず無表情で瞳孔の開ききった目をしていて何を考えているか分からないが、今回は何となくその意図が理解できた。
「セバスさん、これも切ってもらえますか?」
「もちろん、いいですよ」
セバスにお願いして肉を細かく分けてもらう。
そしてその串焼きをふー、ふー、と冷ましてからセレクタの口へと近づける。
すると、小鳥のように小さな口でぱくっと先端の一つを啄んだ。何十回か咀嚼し、飲み込むと再び同じように口を開いた。
なんか、餌付けする親鳥になった気分だ・・・。
これを何度か繰り返して、串の肉が残り半分ほどになったところでセレクタが俺にもたれかかった。
「おなか、いっぱいなの」
え、これだけで?俺は多分10本くらい食わないとお腹いっぱいにならないのに。
明らかに一般人の食事量より遥かに少ない量で満腹になったらしい彼女を見ると、はぁ、はぁと息を上げ少し苦しそうにしていた。
「どうした!大丈夫か!?」
「だいじょうぶ・・・なの」
具合が悪いようだ。本当に胃が小さい人で、ただ食べ過ぎただけだったり、脂物の食べ過ぎで気分が悪くなっているだけなら良いのだが俺には見分けがつかない。
焦る俺に気づいたセバスが近づいてくる。
「クロウ君、どうした?」
「セレクタの様子がおかしくて・・・」
セバスが俺にもたれかかっているセレクタの体を素早く触診する。しかし、時間が経つにつれてだんだん重い顔へとなっていく。
「すまない、脈が早くなっていることしか分からなかった・・・外傷への心得は多少あるのだが、内臓や病への知識は持っていないんだ・・・」
これが続くようなら、早く森を脱出して医者を探さないと。そう俺が思っているとセレクタがこちらに振り向いた。
「だいじょうぶ、なの・・・」
こちらを見上げながら話すセレクタ。依然として苦しそうにしており、明らかに大丈夫ではない。
「おいおい、絶対大丈夫じゃないだろ。どこか痛いところはないか?」
「だいじょうぶ、だから・・・捨てないで・・・・・・」
━━━━ッ!?
消え入るような小さな声が聞こえた。
それで大体分かってしまった。セレクタの置かれていた環境が。そして、今の彼女の心境が。
無表情で瞳孔の開いた飲み込まれるような黒い瞳から、確かに流れた一条の雫を見て決心する。
そして俺は彼女の手を握ってその決心を伝える。
「俺は君を絶対見捨てない。何があっても助けてあげるから」
それを聞いた彼女は、目を閉じるとすぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠り始めた。
これで良かったんだよな?そう思って視線をセバスとアリミナの方へと向ける。が、セバスは明後日の方向を向いており、アリミナは紅潮した顔でこちらを見つめていた。
「ク、クロウ様、大変格好良かったですわ!!」
きゃー、と顔を手のひらで覆いながらも指と指の隙間からこちらを覗くアリミナ。
はっ━━とさっき言った言葉を思い返す。
やば、格好つけすぎたかも。アリミナと同じように段々顔が赤くなっていくのを感じる。
だって仕方ないじゃん!セレクタを安心させるためにはさ!!
誰に向けたものなのか、頭の中で言い訳をする。
俺とアリミナの頬の熱が冷めたタイミングでセバスが後片付けを始めた。
1人に任せるわけにはいかない。俺も手伝おう。
そう思い、俺にもたれかかっているセレクタを動かそうとするとセバスが手で静止してきた。
「クロウ君、君は動かなくていい。寝ているセレクタ君を起こさないようにね」
「ありがとうございます」
とてもありがたい。セバスの言葉に甘えた俺は、セレクタの手を握ったまま後ろから抱きしめるようにする。これなら寝ていてもセレクタが倒れる事はないだろう。本当はすぐにでもベッドの上に寝かせてやりたいが、今はこうするのが限界だ。許して欲しい。
セレクタの甘い香りを直に感じながら、俺は眠りについた。
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