逆じゃねぇか!!

 それじゃ、早速出発しようか!!

 立てかけておいた弓と矢筒を取り出発しようとするが、


「━━━動けないんだけど。ねぇ、セレクタ。掴んでるその足、離してくれないかな?」


 いつの間にかセレクタが俺の足を抱えるように掴まっていた。なにしてるの君。


「・・・いやなの」


「えぇ・・・どうして?」


「ままが、いいとのがた、はなすなって、いってたの」


 舌足らずで抑揚の無い言葉遣いでセレクタが言う。


「それ、多分だけど。意味間違ってない?」


 そう聞くと、人形のように固まるセレクタ。数秒間動きを止めた後、俺の足を抱きしめてこちらを見上げたままの彼女が口を開いた。


「・・・どういうことなの?」


「セレクタのお母さんが言ってたのは、多分本当の手で掴んで離さないって事じゃなくて相手の心を掴めって事じゃないかな?」


「こころ、つかむの?」


「いやいや、本当の手では掴めないんだけどね。例えだよ例え。相手が喜ぶように色々尽くして、自分のことを好きになってもらえって言いたかったんだと思うよ」


 再びセレクタが固まる。ただでさえ瞳孔が開いていて焦点が合っているか怪しい娘だ。眼を見つめると、もう一度あの瞳に吸い込まれていくような錯覚が蘇りそうで怖くなってしまう。

 長い咀嚼を終えたのだろうか。彼女が俺の足をパッと離すと俺の真後ろに立った。


「わからないけど、わかったの」


 どっちだよ!?まあ離してくれたなら良いんだけどさ。俺が移動すると、親鳥に離れまいとする雛のようにとことこと真後ろをぴったり着いてくる。

 セレクタはセバスに預けておきたいが、この様子だと預けたところで無理矢理にでも着いてくるだろう。仕方ないか。

 

 気を取り直して、出発する。


 やる事は1人で狩りをした際とほとんど変わらず、変わった所と言えば時々後ろにちゃんとセレクタがいるか確認することくらいだ。

 ただこの子、気配が全くと言っていいほど無いんだよなぁ。普通は後ろに人が立ってたら気づくはずなのに、全然分からない。

 そうして俺とセレクタは森を歩いていく━━━━






━━━━慣れた手つきで森鹿の血抜きをする。

 途中で何匹か危険な魔物も居たが、気付かれることなくやり過ごし無事に森鹿を狩ることに成功した。


「狩りも慣れたもんだなぁ」


 自分の成長に対する喜びをしみじみと感じながら横にいるセレクタに視線を移す。

 セレクタは表情筋一つ動かさず、真顔でただ血が流れ出ている木に吊るされた森鹿を見つめていた。






「━━━━おお、これは良い獲物を狩ってきたな!おかえり、クロウ君。」


 帰路の途中も特に危ない出来事はなく、無事に元の場所へと戻ってきた。結局セレクタは行きと帰りの道中含め一度も言葉を発さなかった。


「ふぅー・・・疲れたー。それじゃあ、あとはよろしく」


 背に抱えた森鹿を下ろすと、セバスにあとを託す。

 岩陰に腰を下ろすと隣にセレクタもちょこんと座った。


 セバスは服の中から一本のナイフを取り出したかと思うと目にも留まらぬ早業で森鹿を解体し始めた。


「す、すごいっ!なんだあの早さは!」


 最初は解体にナイフなんておかしいと思った、けれどもその疑問を吹き飛ばすかのようにあり得ない速度で森鹿がブロック状へと解体されていく。

 驚きの中それに眼を奪われているといつの間にかセレクタとは逆方向に居たアリミナが口を開いた。


「凄いでしょう凄いでしょう?セバスは凄いのよ!流石は私の執事なのだわ!」


 えっへんと胸を張って鼻高々にドヤ顔を披露しているアリミナ。

 普通の人であれば鬱陶しさを感じるであろう状況だが、セバスの技量かアリミナ自身の外見か。全く不快感を感じることなく寧ろそうする事自体が当然のような気さえしてくる。

 透き通るような白い肌にエメラルドのような瞳。そして髪は淡い金髪、分かりやすく例えるならクリーム色が適しているだろう。

 そんなドヤ顔の彼女を観察していると、アリミナがこちらを向いた。


「そういえばシロサキクロウ、アナタのだわ?」


 変な語尾の彼女がこちらに尋ねてくる。


「ワルドローザ王国に向かう途中なんです」


 今はロゼアさんと帝国の話はしなくていいだろう。そう思い、目的地だけを答える。


「あら、そうだったの。奇遇だわ、私たちもちょうどワルドローザ王国に向かう途中だったのだわ」


 『ゴドラゴ帝国』から『ワルドローザ王国』・・・地図を取り出して位置を見る。

 ゴドラゴ帝国は大陸の西側の大部分を占めており、ワルドローザ王国は大陸の東側の3分の1ほどを占めている。そして二つの国の間には『ソルティア共和国』と『帰らずの森』が位置している。

 これは中々思い切ったな。大陸の西から東に逃げるなんて。だが確かにゴドラゴ帝国から1番安全そうに見えるのはワルドローザ王国だ。



 うん?なんか少し嫌な予感がする。

 俺は大陸東側のワルドローザ王国に向かおうとしているんだよな?そしてアリミナ達を助けた時、彼女らは俺の進行方向の先から走ってきた。でもってアリミナたちはゴドラゴ帝国から逃げてきたと。ということは俺の進んでいた方向は・・・・・・



「こっち逆じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 俺の悲しみの絶叫が辺りにこだました。

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