まるで人形のような少女

 え、怖いんだけど。誰、この娘。

 依然として黒髪の少女は俺をじぃーっと見つめている。

 表情の変わらない作り物のように綺麗な顔に、輝くような黒い艶を放つ長髪。まるで精巧な人形を等身大にしたような少女から俺は目が離せない。

 あれ、ていうか彼女。だんだん近づいてきてない?


 彼女の顔と俺の顔との距離がだんだんと縮んでいっている気がする。

 彼女の甘い香りがだんだん濃ゆくなっていき、彼女の肌には毛穴が一つも見えないんだなと分かるほどにまで接近してきた。


 甘ったるい香りが頭いっぱいに広がり、何も考えられなくなっていく。彼女の瞳を覗くと、何処までも吸い込まれていきそうなほど深い黒だった。もっと、奥まで見たいな。じゃあ、もっと近づかないと・・・

 どこか他人事のように感じて、まるで体が自分のものではないかのように思えて、彼女の顔へと引っぱられていく。

 そして彼女の唇に自分の唇が近づいていき・・・




「━━━━━なんだこれっ!?ダメだっ!近づくな!!」


 俺は今何をしようとしていた?

 なんとか正気を取り戻して少女から離れる。

 すると、これまで無表情無反応だった彼女が少し目を見開いて眉を上げた。そして体を少し傾けて、再び俺をじぃーっと見つめ始めたと思うと初めて口を開いた。


「ちゅー、しないの?」


「しないよ!!逆になんで!?」


 いやいや、初対面の相手にそんなことする訳ないだろ!!


「とのがた、なのに、しないの?」


「だからしないよ!!怒るよ?」


 再度聞いてくる少女に断りを入れる。見ず知らずの男にそんなことしようとするなんて、一体どういう教育を受けてきたんだ?

 少女は少し眉を下げると、


「おこるのは、いやなの」


 と平坦な声で続けた。怒られるのは、嫌かぁ。

 見た目もさることながら、声も感情が乗っておらず台詞を棒読みしているような感じだ。

 本当に人形なんじゃないか?という説が俺の中で生まれ始める中、横にいるセバスチャンを見ると驚いていた。


「貴方、話せたのか・・・?今まで私が何をしても反応がなかったのに。だが、話せるならよかった。それでは貴方、名前を教えてもらいましょうか」


 ・・・・・・。反応がない。可哀想なセバスチャン。

 ガン無視されたセバスチャンが固まっている中、あることを思いつく。俺なら聞けるんじゃないか?


「君、名前はなんて言うの?」


「セレクタ、セレクタなの」


 2回も教えてもらえた。やったね。

 隣で固まったままのセバスを背伸びしたアリミナがなでなでしている。


「可哀想なセバス。人生そういうこともあるのだわ」


 美少女が美青年を慰めている。こんな些細な風景ですら絵にして飾れそうだ。なんとなくそんな風に思いながら、俺はセレクタに質問を続ける。


「セレクタちゃん、なんでアリミナちゃんとセバスチャンとは話さないのに僕とは話すんだい?」


「ちゃんは、いらないの」


「ちゃんは不要ですわ」


「チャンは必要ありません。どうぞセバスとお呼び下さい」


 同時にツッコまれた。あとなんか1人だけ違うのが混ざってなかったか。仕方なく言い直す。


「セレクタ、なんでアリミナとセバスとは話さないのに僕とは話すんだい?」


「ちがうの、ふたりだけ、じゃないの」


 2人だけじゃない・・・と言う事は『アリミナとセバスだから話さない』んじゃなくて逆に『俺だから話す』のか?


「もしかして、僕とだけ話せるとか?」


「そうなの」


 こくり。頭を下げて頷きながら肯定するセレクタ。

 よかった正解で。これで間違ってたら相当痛い人みたいじゃないか。

 だけど何でだ?セレクタと会ったのは今日が初めてだ。見た目でなんとかなっているが、見ず知らずの人に世界中であなたとだけ話せる、なんて急に言われても正直なところ怖いだけだ。


「じゃあなんで僕となら話せるんだい?」


「じょうけん、ままが、いってたの」


 じょうけん。条件か。何か分かんないけど知らず知らずのうちにこの娘が話せる対象になる条件を満たしてたってことか。訳が分からないし、親も親だ。そんな変なこと子供に教えるなよ。


 ぐぅ〜〜〜。

 

 顔も知らないセレクタの母への怒りを感じていると、間の抜けた音が響いた。

 違うぞ!?俺じゃないぞ?


「ああ、お嬢様。食糧が尽きてから飲まず食わずですもんね、仕方ありません。食事を取りましょうか。と言っても材料を集めるところから始めないといけないのですが」


「ええっ!?セバス!?ちっ、違うのだわ!私じゃないのだわ!」


 顔を真っ赤にしてすぐさま否定するアリミナ。

 その様子が面白くなった俺は、ほんとかな〜?という目で彼女を見る。その様子に気づいた彼女が恥じらいと共に更に赤くなっていき、遂には熟れた林檎のような色になると顔を手で隠してしまった。


「ごほんっ。クロウ様、助けて頂いた身で厚かましいお願いなのだが何か食糧を確保してきて貰えないだろうか?代わりと言ってはなんだが、火おこしと調理は私がやろう」

 

 咳払いと共に、セバスが提案する。

 火おこし出来るの!?やった、これなら肉が食えるぞ!

 

「分かりました!そういう事なら何か狩ってきましょう!」


 願ってもいない提案に二つ返事で了承する。

 それじゃあ、早速出発しよう!

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