それじゃ、行くとするかい

「━━━━坊やは寝たようだね」


 扉一つ隔てた先の気配を探り、確認する。

 扉の先で寝ているのは大体一月ほど前に拾ってきた少年、シロサキクロウだ。


 ふと彼を初めて見つけた時のことを思い返す。

 

「いやあ、あの時はびっくりしたねぇ。『帰らずの森』のこんな奥にまで来る物好きがいるとは思いもしなかったもんさ」


 あの時は本当に驚いた。

 三年間も目にしていなかった人間を見つけたのだから。




 ここはS級ダンジョン『帰らずの森』。それもだだっ広いこの森の最奥である。

 S級ダンジョンとは、名前の通りS級冒険者が何十人もの人数でパーティを組んで探索するのが基本。

 冒険者達はそこに眠る『神器アーティファクト』や魔物から得られる高価な素材を求めてダンジョンへと潜るのだ。


 しかし、この森は得られる物がほとんど無い。

 ただ森が広がっているだけで『神器アーティファクト』はおろか、何か物が見つけられた記録すらない。

 そして魔物の方はというと、危険な割に金にならないヤツらばかりとなっている。玖郎にも振る舞ったようなミノタウロスや森鹿(モジカ)の肉は絶品なのだが、ミノタウロスは敵対するのであれば単純にとても強く、森鹿もじかは危険に敏感で逃げ足が早く普通の冒険者では目にすることすら出来ないだろう。

 更にはなんとか討伐することができたとしても、肉はすぐに腐る。探索に半月以上は必須となるこの森において、肉を持ち帰ることは不可能に近い。


 とまあこんな理由でS級にまで登り詰めた猛者がわざわざ潜る場所ではないのだ。


 だが逆に、隠れ場所としてはうってつけである。

 危険な魔物のおかげで最奥まで到達する冒険者はいないし、先述の通りそもそも『帰らずの森』に足を踏み入れる冒険者自体が稀だ。

 悠々自適に1人で狩り暮らしを楽しんでいた。




 そこに、あの少年。シロサキクロウは現れたのだ。

 始めは自分のように身を隠そうとしている名のある冒険者や私を探す『ゴドラゴ帝国』のやつらかと思い、遠くから観察するだけに留めた。


 だけど様子がおかしい。この森で襲ってくる魔物では1番弱いと言われている血舐狼レッドウルフにすら負けて食われかけているではないか。

 上位種、肉喰狼デッドウルフへと進化している個体が3匹もいる稀な群れではあった。

 肉喰狼デッドウルフは知能が高く追い込み漁やブラフなど作戦を立ててくる。そのためこの個体が1匹いるかどうかで危険度が大きく変化するのだ。

 そうは言っても狼は狼だ。この森の最奥まで到達した人間が手こずるはずはない。ましてや敗北することなどあり得ない。

 

 興味が湧いた。

 ダンジョン内でもし死にかけている者がいたとしても、他の冒険者であれば因果応報、自己責任と言って放置するものが多いだろう。

 しかし私は興味が湧いた。気になって仕方なかったのだ。そして助けた。




 話を聞くと、何故かあの村の跡地を覆っていたあの壁の中から出てきたらしい。

 確かに気になってはいた。そもそもこの森に身を隠すことが選択肢に挙がった理由がこの村、そして自らが一時期住んでいた家があったからなのだ。


 今からおよそ80年ほど昔、まだ自信だけが先走り、己が弱かった時代を思い出す。

 瞬く間にS級へと昇級し調子に乗っていた私たち4人のパーティはこの森に無謀にも足を踏み入れたのだ。

 そして結果は惨敗。3日ほど進んだ所で単眼鬼サイクロプスの群れに襲われて死にかける事となった。

 その窮地を救ってくれたのがこの村の人だった。


 救助され、案内された後に聞いた話によると、この村に住む人々は遥か昔、何世代も前からこの村で暮らしているらしい。

 その人たちのお世話となり一年ほど滞在した。その際に自分たちの家まで作ってもらったのだ。




 だが、それを思い出し三年前にここへ来た時にはもうこの村は無く、一面真っ新な地面だけが残っていた。

 そしてその中心には、謎のドーム状の魔法の壁が存在していたが中へ入ることはできなかった。

 不幸中の幸いか、村から大分離れた場所に作ってもらった私たちの家だけはなんとか残っていた。


 この少年なら、あの村が消えた真相を知っているはず。

 そう思って話を続けていたが、なんと彼は記憶喪失だと言うのだ。始めはおかしいと思ったがあまりの無知さにその弱さ、信じるには十分だった。




「いやあ、それにしてもあの弱っちかった坊やがこんな短期間で血舐狼レッドウルフを討伐できるようになるとはねぇ」


 上位種の肉喰狼デッドウルフがおらず、群れの数も少なかった。危険度で言えば恐らくD級がいい所だろう。だがしかし出会った時の玖郎であれば負けていたはず。


 自らの弟子の大きな成長がこんな喜ばしいものだとは思わなかった。

 このままいけばS級も夢ではないのではないか。そう子煩悩にも考えてしまう。最も、子供など人生で終ぞこさえることは無かったのだが。


「ああ、このままずっと坊やの成長を見守ることができればよかったんだけどねぇ━━━━━」




━━━━━突如、遠方でとても大きな気配が出現したのを感じた。それも9体。


「来たね。それじゃ、アタシも行くとするかい」

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