英雄の死

「がはっ・・・」

 

 胸を深く貫いた腕が引き抜かれ、口から大量の血を吐きながら倒れるロゼアさん。

 明らかな致命傷を負った彼女を早く助けたいが、白髪の男の威圧感で体が動かない!


 くそっ!!動け、動けよ!!まだ何も恩返しできてないんだ!!

 呼吸するのがやっとの中、歯を食いしばって全身に力を入れるが、金縛りにあったかのように依然として体は動かない。


 そうしているうちにも彼女の命は刻一刻と喪われていく。


「ぐぐぐっ・・・うぐぐぐぐぐががががががぁぁぁ!!」


 動け!!動け動け動け動け動け動け動け動け!!

 この際殺意でも痛みでもなんでもいい!!ロゼアさんを助けられるなら!!

 口の端と握った拳から血が垂れる。

 力を入れすぎて毛細血管がいくつか切れたのか、鼻と目からも血が流れて始める。


 アイツを!殺す!!

 心を塗り潰すドス黒い感情と痛みに身を委ねる。

 するとようやく脳のストッパーが壊れたのか体が少し動くようになった。


 何千、何万回と繰り返した動きで弓を構える。

 人の命を奪う?そんなことどうでもいい。

 ギリギリと軋む音を立てながら狙いを定めると、その手を離す。


 ヒュッ!カァンッ!!


「なんでっ・・・!!」


 その矢は間違いなく当たった。

 しかし白髪の男の皮膚を貫通するどころか、傷の一つもつける事なく弾き飛ばされた。

 でもそれでいい、こっちに注意を向ける事が出来たなら!!


 

━━━━しかし、男は気づく素振りすら見せなかった。


「感謝する。これで我は真の『最強』へとまた一歩近づいた」


 矢を気にも止めず、いや、本当に気づいていないのか。そんな様子で白髪の男はロゼアさんに語りかける。

 

 クソっ!!クソっ!!

 二射、三射と繰り返し撃つが、全て同じ結果になった。そして次の矢を取ろうとすると、もう矢筒に矢が無いことに気がついた。

 なんでだよっ!!

 俺の力じゃ奴に傷を一つ付けられないのか!!


「第三位は、と・・・生きておるな。第三位よ、そら起きろ。『転移門ゲート』を開け」


「・・・・・・はっ!はい!!」


 白髪の大男は杖の男を起こすと、周りの兵を拾い始めた。最終的に羽の生えた女と刀を持っていた小柄な男、大きな盾の男にトンガリ帽子の女の計4名を担いで来た。

 それに合わせるように杖の男が人が通れるサイズの円型の『窓』を出現させる。

 

「ふむ、生きている者はこれで全てか。これで任務は終わりだ。帰還するぞ」


 白髪の男と杖の男が今にも『窓』を通ろうとする。


 待てよ!!

 そう呼び止めようとするが、声が出ない。


 矢はない。手にあるのは短剣だけだ。

 それを半ばヤケクソ気味に投擲するが、奴らに届く距離ではなく地面に転がった。


 そうして奴らは『窓』を通り終え、姿を消した。






 そして白髪の男が消えたことで、威圧感が消え体が自由に動くようになる。


「ううっ・・・うあぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああ━━━━━」


 威圧感によって腹の中に留められていた絶叫が体外へと出る。

 何も出来なかった・・・何の役にも立てなかった!

 その無力感を噛み締めながら叫ぶ。

 俺に!アイツらを倒す力があれば!!






 その願いを聞いたのは神だったのか悪魔だったのか。しかし、確かに願いは届けられた━━━━━


「━━━ああぁ!?」


 胸の奥のドス黒い感情が右の手の内に集まるのを感じる。今更、何だこれ。


 ふと奴らが通った『窓』が目に入った。

 どんどん小さくなっていっており、もう人が通れるほどの大きさは無いがまだそこに存在している。


 コレヲ・・・アソコニ・・・・・・!!


 そんな声が聞こえた気がした。そして俺は掌を窓へとかざす。

 だんだんと手の光が強まるにつれて、力の奔流が流れ始める。掌から溢れ出る暴風に耐えかね、もう片方の手で抑えつける。

 そして力が限界へ到達し光が目を開けていられなくなるほどになったその時━━━━━漆黒の弾丸が手から放たれ『窓』の中へ吸い込まれていった。

 

「はぁっ、はぁっ・・・」


 極度の疲労感が体に走り、一瞬で息が切れる。

 何だったんだ、一体。




「ガハァッッ・・・」


「ロゼアさんッ!!」


 何はともあれ危機は去った。怒りに身を任せている場合ではない。

 ロゼアさんの声が耳に届き我に返る。

 当初の目的は彼女の救助だったはずだ。


「ああ・・・負けちゃったよ・・・見たかい・・・坊や」


「ああああどうしたら・・・とにかくっ!喋らないでっ!!」


 地面の土は真っ赤に染まり、胸からは止めどなく血が溢れ続けている。


「いいんだよ・・・もうダメなことはアタシが1番わかってる・・・・・・それより話を聞いておくれ・・・・・・」


「ううっ、そんな・・・」


 ドス黒い感情はすっかり消え失せ、今度は悲しみが押し寄せる。


「この森を抜けたら・・・東へ向かうんだ・・・・・・ワルドローザって国の王に・・・・・・アタシの話をしな・・・・・・」


 彼女から出た血液と手足の先が光の粒子となって散り始めた。


「ロゼアさんっ!手足が!!」


「ああ・・・きれいだね・・・・・・いまのうちに・・・・・・これを・・・・・・」


 穏やかな顔で、消えていく自らの手足を見るロゼアさん。

 今にも無くなりそうな彼女の手のひらには鍵があった。

 涙で曇る視界の中、なんとか彼女の手が消えて無くなる前に受け取る。


「もうちょっと・・・・・・ちからになって・・・・・・やりたかったんだけど・・・・・・ごめんよ・・・・・・」


「うっ、ぐすっ・・・いえ、十分ですっ・・・今までっ、ありがとうございましたっ」


 彼女の手足が無くなり、上半身だけになる。


「そうかい・・・・・・よかった・・・・・・そこにいるのは・・・・・・・・・あたしも・・・・・・・・・・・・そこに━━━━━━」


 最期に笑顔を見せ、彼女は完全に粒子となった。




「ううっ、ううううっ、うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ━━━━━!!」


 彼女を殺したあいつらへの憎しみ、彼女を助けることが出来なかった自分への怒り、そして彼女が死んでしまった悲しみ。

 その全てがごちゃ混ぜになって泣き叫ぶ。







━━━━━どれほど時間が経ったのだろうか。その日の太陽が昇るまで俺は誰もいなくなったこの場で彼女の粒子が消えていった空をただ茫然と見つめていた。

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